ウォン・カーウァイが帰ってくる! 無力なマニアが4K修復版に気づき、夢見た劇場公開

花森 リド

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私は、香港の映画監督、ウォン・カーウァイが大好きです。彼の作る映画は、2000年代に10代後半~20代前半を生きた私にとって教義のような存在。20数年経った今もなお、ウォン・カーウァイだけは心の中で一番いい部屋にしまっています。

2020年2月。そんな私にある映画ニュースが飛び込んできました。2020年のカンヌ国際映画祭で『花様年華』(2000年公開)の4Kデジタル修復版(レストア版)が上映されるというのです。しかもウォン・カーウァイ自らが修復版を手がけたとのこと。

ここから私の白昼夢が始まりました──。

いつでもどこでも好きな映画を観ていたい……もしもあなたがそう思ったのなら、すぐにメディアを手に入れることをお勧めします。そうしないと永遠に再会できないかもしれません。生き別れになっていたウォン・カーウァイの作品と、幸いにも劇場で再会できることになった筆者が送った苦難の日々を知れば、きっとうなずいていただけることでしょう。

『ブレードランナー』がずっとうらやましかった

VHS、レーザーディスク、DVD、そしてBlu-ray。往年の名作SF映画がヤドカリのように次々とメディアを乗り換えて新発売される理由が、かつての私にはいまひとつ理解できていませんでした。そして、「いったい何度買えばいいんだよ」とブツブツ言いながら、それらを毎回ポチポチと買いそろえるSF映画ファンの心理も、とても不思議なものに思えました。

「いったい何度買えばいいんだよ」と眉毛をハの字にしながら財布の紐を緩める人たちが、自嘲しながらもちょっと気高く示す忠誠心は、当然のように「リマスター版」や「ディレクターズカット版」や、どこがどうファイナルなのかよく分からない「ファイナルカット版」の収集にまで行き着きます。

ですから、たとえば『ブレードランナー』のソフトが無数に並ぶ棚なら、そこら中のブレードランナーマニアの部屋にザラにあるわけです。そんなマニアの棚の前でデッカードやレイチェルの顔を見るたびに私は、「レンタルビデオ屋さんでもないのに、よくぞここまで買いそろえましたね」と感心していました。

しかしその数年後に「ブレードランナーはいいなあ、いっぱい発売されていて……」と、歯噛みして悔しがることになるのです。そう、今回ご紹介する映画監督、ウォン・カーウァイ作品のBlu-rayは、手に入りそうで全然手に入らなかったから。

「欲しい」と思った時には、もう売っていなかったウォン・カーウァイ

というわけで、20数年来、私の心の中の一番いい部屋にしまってきた、ウォン・カーウァイ。

フライング・ピケッツの「オンリー・ユー」を明け方に聴いてしまうのも、水仕事用のゴム手袋の色は絶対に赤か黒と決めているのも、全部ウォン・カーウァイのせい。パイナップルの缶詰を買うときに賞味期限をじっと見て「恋の賞味期限……」とつぶやいてしまうのもウォン・カーウァイの影響でしょう。そう、私が人目をはばからず繰り出す意味不明な乙女ムーブは、全部ウォン・カーウァイ由来のものです。

それに、私に映画の可能性を教えてくれたのもウォン・カーウァイなのです。作中で語られるドラマが、たとえ手に汗握る展開じゃなくても(というか退屈でも)、キャストが名優じゃなくても、最高な映画は成立しうる。映画が放つ美しい魔法を、ウォン・カーウァイ作品で目の当たりにしました。だから、何度でも見返したいし、部屋でだらだらと映像を流したい。

でも、学生の頃はお金がなかったので「自分でDVDやBlu-rayを買う」ということになかなか踏ん切りがつきませんでした。私が唯一持っていたのは、テレビの深夜放送でたまたま流れたものを録画したVHSのみ。というか、初期のウォン・カーウァイ作品を初めて観たのも、テレビの深夜放送でした。

劇場で観ることが難しいなら、せめて自分の部屋で好きな時に観たい。でも、私の手元にはパッケージがない。そうやって我慢をした数年後、自由な大人になったある日。私は、シングルベッドくらいの大きくてピカピカな4K対応テレビと、Blu-rayが再生できるPlayStation 4、さらに大げさなくらい立派な5.1chのスピーカーを手に入れました。

そして、「さあ、ウォン・カーウァイのBlu-rayを片っ端から買うぞ」と探してみたら……これがビックリするほど売っていなかったのです。新品は軒並み「販売終了」、流通しているものは、すさまじい高価格で中古市場に流れていました。今をときめく映像サブスクでも何作品かは配信されてはいたものの、しょせん、これらは期間限定のもの。

つまり、「いつでもどこでも自分の好きな時にウォン・カーウァイ作品を観る」ことは、私にとって実現不可能な夢となっていました。

愕然としました。私が真っ先に家へ迎え入れるべきだったものは、バカでっかい5.1chのスピーカーなんかじゃなくて、ウォン・カーウァイのBlu-rayだったのです。私とウォン・カーウァイのBlu-rayって、『天使の涙』(1995年公開)の男女のようにすれ違っている……などと言ってウットリできたかといえば、全然できませんでした。

かたや『ブレードランナー』は何度も何度も再発売され続けます。心底うらやましい。私だってウォン・カーウァイの映画ソフトを「何度買えばいいんだよぉー」とか言いながら買いたい。でも、私の手元にあるのは古びたVHSカセットのみ。

私がどんなに願ったとしても、何度レコードショップの在庫をチェックしても、ウォン・カーウァイ作品はそんなにちょいちょい発売されるわけじゃない。腹立たしい。どうすればいい? 諦める? いや。あんな不世出の映画監督を、世の中が放っておくはずがない。そう信じるしかありません。

ウォン・カーウァイが好きすぎてGoogle アラートを真面目に使い始めた

無力なファンである私は、怒りまくった揚げ句、Googleの情報収集ツール「Google アラート」に「ウォン・カーウァイ」というキーワードをセットすることにしました。Google アラートは、ユーザーが登録した単語にまつわる新しい検索結果が出るとメールでお知らせするサービスです。

それまでも私は仕事で使うキーワードをGoogle アラートに入力してはメールを流し見していましたが、完全に“義理”のような付き合いでした。それが、「ウォン・カーウァイ」を登録した日から、私とGoogle アラートの本気の付き合いが始まったのです。網を張った蜘蛛の気持ちで、良い知らせが私の元に届くことを待ちました。

とはいえ、来る日も来る日もウォン・カーウァイのニュースは0件。でも、いつか私のパソコンにうれしい知らせが飛び込むかもしれない。私は待つ女、私は蜘蛛。このシチュエーションは悪くない。そう念じているうちに、次第に楽しくなってきました。無心になって「可能性を待つ」ことは、その実現性の高さを問わず、こんなに楽しいことなのか。そうやって自分を慰める日々がしばし流れたのち、ついに「その日」が来たのです。
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花森 リド

ライター・コラムニスト
主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」、「Engadget 日本版」、「映画秘宝」などで執筆。Twitter:@LidoHanamori

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