NHK大河『豊臣兄弟!』秀長の選択—豊臣秀長が兄・秀吉に「四国征伐に出陣するな」と繰り返したワケ

小林 啓倫

Specialカルチャー映画・音楽
2026年の大河ドラマ『豊臣兄弟!』。おなじみ戦国時代を舞台にしながら、豊臣秀吉(演:池松壮亮さん)の弟・秀長(演:仲野太賀さん)の視点から描くという、新しい試みとなっている。天下人である秀吉の陰に隠れがちだが、秀長は「彼なしでは秀吉は天下を取れなかっただろう」と評されるほどの人物だ。ドラマで描かれる秀長の姿を手がかりに、史料などを踏まえながら、彼が秀吉のためにどのような選択を重ねていったのか、考えてみたい。

今回の舞台は、四国である。天下統一の総仕上げとなる地で、大軍の総大将を任された秀長は、なぜか兄の出陣を繰り返し押しとどめていた……。

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天下統一の総仕上げ「四国征伐」

天正13年(1585年)、秀吉は土佐から興って四国のほぼ全域を制した長宗我部元親(演:磯部寛之さん)を屈服させるべく、10万を超える大軍を四国へ送り込んだ。いわゆる「四国征伐(四国攻め)」である。小牧・長久手の戦いで徳川家康を実質的に押さえ込み、紀州を平定した秀吉にとって、この戦役は天下統一の総仕上げともいうべき大規模な外征だった。

ところがこの戦いの最中、奇妙なやり取りが交わされている。秀吉は自ら海を渡って出陣する構えを繰り返し見せたのに対し、現場で総大将を務める弟・秀長は、書状で「必ず元親を討ち果たすので、兄上の出馬は無用」という趣旨の返答をし、兄の渡海をかたくなに押しとどめたのである。天下統一は兄弟の悲願ともいえる大事業であり、その重要な一環である四国征伐に兄が自ら加勢しに来てくれるなら、秀長にとっても心強い話だったはずだ。なぜ秀長は、兄が四国に乗り込むのを拒んだのだろうか。

長宗我部元親の四国統一

前史から確認しておこう。土佐の戦国大名・長宗我部元親は、土佐国岡豊城(現在の高知県南国市)の城主・国親の長男として天文7年(1538年)に生まれ、一代で土佐統一を成し遂げて「土佐の出来人」とも呼ばれた実力者である。

元親は織田信長(演:小栗旬さん)が覇権を握っていた頃から、四国統一を目指して版図を広げていた。そして『豊臣兄弟!』の中でも描かれていた通り、当初は信長との関係は良好だった。元親は嫡男の烏帽子(えぼし)親(元服儀式の際、親に代わって烏帽子をかぶせ、新しい名前を与える役割)を信長に依頼して「信親」の名を得ており、信長からは「四国は切り取り次第(自力で奪った領地は認める)」という許しを得ていたともいわれている。

しかし元親が阿波・讃岐にまで勢力を伸ばすと、信長は態度を一変させる。元親には土佐と阿波南部のみの領有を認め、残りは返還せよと迫ったのである。約束を反故にされた元親は、当然これに反発した。この対立の仲介役を担っていたのが、明智光秀(演:要潤さん)の重臣・斎藤利三(演:内藤剛志さん)だった。元親の正室が石谷氏の出身で、利三と縁戚関係にあったためである。2014年に岡山の林原美術館所蔵「石谷家文書」から関連書状が確認され、本能寺の変の直前まで元親と利三らが密接に連絡を取り合っていた実態が明らかになった。信長の方針転換が交渉役である光秀側の面目を潰し、変の誘因になったとする「四国説」が近年注目を集めているのは、この発見によるところが大きい。

実際、信長は三男・信孝(演:結木滉星さん)を総大将とする四国攻めの軍を編成していたが、渡海直前の天正10年(1582年)6月2日に本能寺の変が起こり、作戦は立ち消えとなった。元親は滅亡の危機を間一髪で回避したことになる。

信長の死後、中央で台頭した秀吉に対しても、元親は敵対姿勢を貫いた。賤ヶ岳の戦いでは柴田勝家と、小牧・長久手の戦いでは徳川家康と結び、いわば「秀吉包囲網」の一翼を担ったのである。その間に元親は阿波・讃岐・伊予への侵攻を加速させ、天正13年(1585年)春までに四国のほぼ全域を制圧した。しかし勝家が滅び、家康も秀吉との和睦へと向かうと、元親も講和を模索せざるを得なくなる。諸説あるが、交渉で秀吉は伊予・讃岐・阿波の返上と土佐一国のみの安堵を要求し、元親は阿波・讃岐の返上までは譲歩したものの、伊予の領有を強く主張して譲らなかったといわれる。秀吉にとって伊予は、協力関係にある毛利氏へ与えたい戦略上の要地だった。この不一致が交渉決裂を招き、秀吉は武力による服属へと舵を切った。

紀州平定から3方面同時侵攻へ

四国侵攻に先立ち、秀吉は入念な「地ならし」を行っている。天正13年(1585年)3月からの紀州征伐だ。標的となった根来衆・雑賀衆は、かねて元親と通じて秀吉に敵対してきた勢力であり、これを叩くことは背後の脅威の除去と、四国への渡海ルートの確保を同時に意味した。

この戦役は、天正13年(1585年)3月21日の出陣から4月22日の太田城開城まで、ほんの1カ月ほどで完了している。紀州を片付けた秀吉は、いよいよ四国へ向かう。当初は6月3日に自ら出陣する予定だったが、越中の佐々成政(演:白洲迅さん)がなお健在だったこと、また病にかかってしまったことから自身の渡海を見送り、秀長を総大将、甥の秀次(演:山田涼介さん)を副将に任じた。ここに秀長は、10万を超える大軍を預かる「四国征伐総司令官」となったのである。当時、秀長は46歳前後だったとされる。

6月16日を皮切りに、豊臣軍は3方面からほとんど同時に侵攻を開始した。主力の阿波方面は秀長・秀次率いる約6万で、淡路島経由で土佐泊浦へ上陸。讃岐方面は宇喜多秀家、黒田官兵衛(演:倉悠貴さん)、蜂須賀正勝(演:高橋努さん)らの2万余が屋島方面へ、伊予方面は毛利家の小早川隆景(演:山本浩司さん)、吉川元長らの3万余が今治浦へ、それぞれ渡海した。対する長宗我部軍は、総勢でも4万程度だったと推定される。

3方向から進められた四国征伐(ChatGPTで生成)

戦況は豊臣軍の圧倒的優位で進んだ。秀長軍は阿波の木津城を水の手(給水路)の遮断で開城させ、続いて元親が防衛の要とした徳島県内でも最大級の山城・一宮城(現在の徳島市)を包囲する。ここでも秀長は力攻めを避け、坑道を掘って水源を断つ持久戦術で7月中旬に開城へ追い込んだ。讃岐では屋島周辺の諸城が落ち、伊予でも小早川隆景率いる毛利軍が東予の制圧を終えて西へ軍を転じるなど、東西からの挟み撃ちの形勢が定まると、元親は重臣・谷忠澄(演:堀部圭亮さん)らの降伏勧告を受け入れ、7月25日に降伏を決断。8月6日には講和が成立する。

戦後処理の「四国国分」により、元親は土佐一国のみを安堵され、阿波は蜂須賀正勝の子・家政、讃岐は仙石秀久、十河存保、伊予は小早川隆景に与えられた。講和にあたって元親は、三男・津野親忠を人質として差し出したとされる。開戦からわずか2カ月足らずの決着だった。
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小林 啓倫

経営コンサルタント
1973年東京都生まれ、獨協大学外国語学部卒、筑波大学大学院修士課程修了。システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米バブソン大学にてMBAを取得。その後外資系コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業などで活動。著書に『FinTechが変える!金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』(朝日新聞出版)、『IoTビジネスモデル革命』(朝日新聞出版)、訳書に『ソーシャル物理学』(アレックス・ペントランド著、草思社)、『シンギュラリティ大学が教える 飛躍する方法』(サリム・イスマイル著、日経BP)など多数。

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