2026年の大河ドラマ『豊臣兄弟!』。おなじみ戦国時代を舞台にしながら、豊臣秀吉(演:池松壮亮さん)の弟・秀長(演:仲野太賀さん)の視点から物語を描くという、新しい試みとなっている。
秀長は、天下人・秀吉の陰に隠れがちな存在だが、「彼なしでは秀吉は天下を取れなかっただろう」と評されるほどの人物だ。ドラマで描かれる秀長の姿を手がかりに、史料などを踏まえながら、彼がどのような選択を重ねていったのかを考えてみたい。
今回は秀吉の正妻、寧々(北政所、演:浜辺美波さん)に注目してみたい。
秀長は、天下人・秀吉の陰に隠れがちな存在だが、「彼なしでは秀吉は天下を取れなかっただろう」と評されるほどの人物だ。ドラマで描かれる秀長の姿を手がかりに、史料などを踏まえながら、彼がどのような選択を重ねていったのかを考えてみたい。
今回は秀吉の正妻、寧々(北政所、演:浜辺美波さん)に注目してみたい。
秀吉と寧々(北政所)、2人が結婚したのはいつ?(筆者がChatGPTで生成)
秀長の「相棒」的存在でもあった寧々
寧々は、戦国時代の武将・杉原定利の娘として生まれ、のちに母方の縁で浅野長勝(演:宮川一朗太さん)の養女となる。その後、秀吉の妻となるが、彼女は秀長にとっても「相棒」と呼べる存在だったという。
その理由は、2人が秀吉の暴走を抑えられる数少ない存在になっていたからだ。2人は、秀吉がまだ織田信長(演:小栗旬さん)の足軽だった頃からの付き合いで、秀吉の家族が貧しく、社会的地位も低かった時代を共に生き抜いた。いわば「苦労人同士」の強い連帯感があったとされる。血縁以上の戦友に近い感覚だったのではないか、との指摘もある。
秀吉が感情的になったり、無理な命令を下そうとしたとき、それを制止できたのは秀長と寧々だったとされる。秀長は「政治・軍事」の面から、寧々は「家庭・プライベート」の面から秀吉をいさめ、バランスを取っていた。
両者の間には、どの場面が、どのように秀吉をなだめるかという暗黙の役割分担があった可能性もある。
1563年(永禄6年)に来日したポルトガル人宣教師ルイス・フロイスの『日本史』には、秀吉の家族が非常に団結しており、低い身分から成り上がった者同士の強い連帯感があったことが記述されている。秀長と寧々はその中核にいた。
また、織田信長が寧々に宛てた有名な書状からも寧々の役割が察せられる。いわゆる「はげねずみ」の逸話が残るその手紙の中で、信長は寧々を「これほど見事な妻を、あの男(秀吉)が不満に思うはずがない」と絶賛している。これは、寧々が当時から秀吉をコントロールできる立場にあり、主君である信長からもその役割を認められていた証拠とされている。
秀長が病に倒れた際、寧々は非常に心配し、頻繁に使者を送ったり、祈祷を行わせたりしたと伝える記録もある。このことから、豊臣政権にとって秀長がいかに不可欠か、そして1人の家族としていかに大切かを、寧々は誰よりも理解していた可能性がうかがえる。
その理由は、2人が秀吉の暴走を抑えられる数少ない存在になっていたからだ。2人は、秀吉がまだ織田信長(演:小栗旬さん)の足軽だった頃からの付き合いで、秀吉の家族が貧しく、社会的地位も低かった時代を共に生き抜いた。いわば「苦労人同士」の強い連帯感があったとされる。血縁以上の戦友に近い感覚だったのではないか、との指摘もある。
秀吉が感情的になったり、無理な命令を下そうとしたとき、それを制止できたのは秀長と寧々だったとされる。秀長は「政治・軍事」の面から、寧々は「家庭・プライベート」の面から秀吉をいさめ、バランスを取っていた。
両者の間には、どの場面が、どのように秀吉をなだめるかという暗黙の役割分担があった可能性もある。
1563年(永禄6年)に来日したポルトガル人宣教師ルイス・フロイスの『日本史』には、秀吉の家族が非常に団結しており、低い身分から成り上がった者同士の強い連帯感があったことが記述されている。秀長と寧々はその中核にいた。
また、織田信長が寧々に宛てた有名な書状からも寧々の役割が察せられる。いわゆる「はげねずみ」の逸話が残るその手紙の中で、信長は寧々を「これほど見事な妻を、あの男(秀吉)が不満に思うはずがない」と絶賛している。これは、寧々が当時から秀吉をコントロールできる立場にあり、主君である信長からもその役割を認められていた証拠とされている。
秀長が病に倒れた際、寧々は非常に心配し、頻繁に使者を送ったり、祈祷を行わせたりしたと伝える記録もある。このことから、豊臣政権にとって秀長がいかに不可欠か、そして1人の家族としていかに大切かを、寧々は誰よりも理解していた可能性がうかがえる。
秀吉と寧々の結婚、1561年?それとも1565年?
さて、その秀吉と寧々の結婚だが、実は「1561年(永禄4年)説」と「1565年(永禄8年)説」の2つが存在している。前者の1561年説がいわゆる「定説」で、後者の1556年説は近年急速に存在感を増している説だ。
しかしたった4年の差なのだから、どちらだとしても大した問題じゃないだろうと思われたかもしれないが、今まさに『豊臣兄弟!』では、ちょうどこの時期が扱われている。
1月25日放送の第4回「桶狭間!」では、文字通り1560年(永禄3年)の桶狭間の戦いが描かれ、2月1日放送の第5回「嘘から出た実(まこと)」では、1564年(永禄7年)説と1566年(永禄9年)説が併存する鵜沼城の攻略が扱われた。
つまり「1561年説」と「1565年説」のどちらを採用するかで、ドラマ内の描写も変わってくるというわけだ。
結論から言うと、第5回の段階では2人はまだ結婚しておらず、どうやら鵜沼城攻略は1564年説、秀吉・寧々結婚は1565年説が採用されるらしい。
では、結婚年をめぐる2つの説は、歴史研究の中でどのように考察されているかを整理してみよう。
しかしたった4年の差なのだから、どちらだとしても大した問題じゃないだろうと思われたかもしれないが、今まさに『豊臣兄弟!』では、ちょうどこの時期が扱われている。
1月25日放送の第4回「桶狭間!」では、文字通り1560年(永禄3年)の桶狭間の戦いが描かれ、2月1日放送の第5回「嘘から出た実(まこと)」では、1564年(永禄7年)説と1566年(永禄9年)説が併存する鵜沼城の攻略が扱われた。
つまり「1561年説」と「1565年説」のどちらを採用するかで、ドラマ内の描写も変わってくるというわけだ。
結論から言うと、第5回の段階では2人はまだ結婚しておらず、どうやら鵜沼城攻略は1564年説、秀吉・寧々結婚は1565年説が採用されるらしい。
では、結婚年をめぐる2つの説は、歴史研究の中でどのように考察されているかを整理してみよう。

小林 啓倫
経営コンサルタント
1973年東京都生まれ、獨協大学外国語学部卒、筑波大学大学院修士課程修了。システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米バブソン大学にてMBAを取得。その後外資系コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業などで活動。著書に『FinTechが変える!金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』(朝日新聞出版)、『IoTビジネスモデル革命』(朝日新聞出版)、訳書に『ソーシャル物理学』(アレックス・ペントランド著、草思社)、『シンギュラリティ大学が教える 飛躍する方法』(サリム・イスマイル著、日経BP)など多数。












