筆者は大学を出てからずっと、地図に携わるエンジニアとして過ごしてきました。地図サービスを世に出す仕事のなかで、否応なく付き合わされてきたのが「住所」です。この7月には『ヤバい日本の住所』(幻冬舎新書)という本を出しました。日本全国の「ヤバい住所」を集め、なぜそんな住所があるのかを掘り下げた1冊です。本稿では著者自ら、この本がどうやって生まれ、書きながら何を考えていたのかを振り返ってみたいと思います。まずは、すべての出発点になったある「リスト」の話から。
筆者のMacの「メモ」アプリには、「住所検索できるかなリスト」というファイルがあります。さまざまなウェブ記事やSNSのポストなどを読んでいて、変わった住所、見慣れない住所を目にした時に、とりあえずこのファイルにそういった住所を放り込むことにしています。
仕事柄、というのもありますが、半分は趣味というか好奇心ですね。例えば本好きの中でも蒐集家と呼ばれるような人種の中には版ズレや乱丁といったイレギュラーな状態の書籍を好んで集める嗜好(しこう)の人がいますが、あれに近いメンタリティかもしれません。つまり「これ、住所検索できるのかな?」と首をかしげたくなる事例、住所を扱うシステムの網の目からこぼれ落ちてしまいそうな、ちょっと変わった事例が大好物というわけです。
筆者のMacの「メモ」アプリには、「住所検索できるかなリスト」というファイルがあります。さまざまなウェブ記事やSNSのポストなどを読んでいて、変わった住所、見慣れない住所を目にした時に、とりあえずこのファイルにそういった住所を放り込むことにしています。
仕事柄、というのもありますが、半分は趣味というか好奇心ですね。例えば本好きの中でも蒐集家と呼ばれるような人種の中には版ズレや乱丁といったイレギュラーな状態の書籍を好んで集める嗜好(しこう)の人がいますが、あれに近いメンタリティかもしれません。つまり「これ、住所検索できるのかな?」と首をかしげたくなる事例、住所を扱うシステムの網の目からこぼれ落ちてしまいそうな、ちょっと変わった事例が大好物というわけです。
発端は「住所なんて楽勝でしょ」への反論
で、特にはっきりした目的があるわけでもなく、ただそういう住所を集めていたところに、2023年6月のある日降ってきたのが、本書の「はじめに」にも書いたマイナ保険証絡みのSNSでの炎上騒ぎでした。いや、マイナ保険証うんぬんというよりむしろ、“住所の名寄せなんて俺ならExcelでたったの2時間で実現しちゃうぜ”騒動、とでも呼んだほうが適切でしょうか。
この騒動をかいつまんで説明すると、当時の河野太郎デジタル大臣の「将来的には住所の表記揺れ判断にAI技術を使うことがあり得るかもしれない」というテレビ番組での発言に、「AIなんて使わなくても、住所なんてExcelでチェックすれば楽勝でしょ?」といった、長年住所データと格闘してきた人たちにとっては不用意な、実に不用意なSNSへの投稿があったのです。それに対し、住所の取り扱いについて多種多様なトラウマを抱えた人たちが、一斉に助走を付けてクロスカウンターを打ち込みに行った事案です。
この騒動をかいつまんで説明すると、当時の河野太郎デジタル大臣の「将来的には住所の表記揺れ判断にAI技術を使うことがあり得るかもしれない」というテレビ番組での発言に、「AIなんて使わなくても、住所なんてExcelでチェックすれば楽勝でしょ?」といった、長年住所データと格闘してきた人たちにとっては不用意な、実に不用意なSNSへの投稿があったのです。それに対し、住所の取り扱いについて多種多様なトラウマを抱えた人たちが、一斉に助走を付けてクロスカウンターを打ち込みに行った事案です。
2023年6月当時、投稿されたXへのポストの1つ
筆者も最初は当然のようにおっとり刀で駆け付けようとしたのですが、「いやいや、これはまたとない機会だ、どうせなら正論を、厳然として世の中に存在する『不都合な住所』をこれでもかというくらい並べ立てて、完膚なきまでに論破してやろうじゃないか」と思い直しました。
そして前述の「住所検索できるかなリスト」を開き、その中から特に「これはないわ……」と皆が思うであろう事例をピックアップ。「ほらこれ正しく住所として取り扱えますか? できませんよねえ! こちらもご覧になってください!」と面白おかしく、かつ執拗に繰り返して書いたのが、本書の元になった「とにかく日本の住所のヤバさをもっと知るべきだと思います」というnoteの記事です。 おかげさまでこの記事はSNSでバズり倒し、挙げた事例はテレビでも取り上げられ、noteの「スキ」数は7000超えというなかなかの値をマークして、筆者は大いに溜飲を下げたものでした。
そして前述の「住所検索できるかなリスト」を開き、その中から特に「これはないわ……」と皆が思うであろう事例をピックアップ。「ほらこれ正しく住所として取り扱えますか? できませんよねえ! こちらもご覧になってください!」と面白おかしく、かつ執拗に繰り返して書いたのが、本書の元になった「とにかく日本の住所のヤバさをもっと知るべきだと思います」というnoteの記事です。 おかげさまでこの記事はSNSでバズり倒し、挙げた事例はテレビでも取り上げられ、noteの「スキ」数は7000超えというなかなかの値をマークして、筆者は大いに溜飲を下げたものでした。
事例を並べるだけでは本にならなかった
このように、本書の出発点は「どれ、いかに日本の住所が体系化され整然とした仕組みからほど遠いか、白日の下にさらしてやろうじゃないか」という、いわば日本の住所をディスって消費するような方向性でした。
ところがいざ、幻冬舎さんから書籍化の話をいただいて、実際に書きはじめてみると、これは思ったより難しいなと感じました。ひとことで言えば、noteの記事の延長で事例を並べ、その数を単純に増やすだけでは、まるで本の体裁を成さなかったんですよね。自分で読んでいても、そのうち平板に感じてきて途中で飽きる、面白くない。
バズっている流れに乗る瞬発力と、内容に素早く共感してもらうキャッチーさが大事だったnoteの短い記事と比べると、そういうコンテキストから切り離された本というパッケージにまとめるには、「何が起こっているのか」「どうマズいのか」だけではなく、その背景にある「なぜこんなことが起こったのか」といった、構造や歴史にまでちゃんと踏み込んで丁寧に語る必要があるのです。日頃からよく本を読んではいても、書くのは初めてだった筆者にとっては、あらためて気付かされるものがありました。
ところがいざ、幻冬舎さんから書籍化の話をいただいて、実際に書きはじめてみると、これは思ったより難しいなと感じました。ひとことで言えば、noteの記事の延長で事例を並べ、その数を単純に増やすだけでは、まるで本の体裁を成さなかったんですよね。自分で読んでいても、そのうち平板に感じてきて途中で飽きる、面白くない。
バズっている流れに乗る瞬発力と、内容に素早く共感してもらうキャッチーさが大事だったnoteの短い記事と比べると、そういうコンテキストから切り離された本というパッケージにまとめるには、「何が起こっているのか」「どうマズいのか」だけではなく、その背景にある「なぜこんなことが起こったのか」といった、構造や歴史にまでちゃんと踏み込んで丁寧に語る必要があるのです。日頃からよく本を読んではいても、書くのは初めてだった筆者にとっては、あらためて気付かされるものがありました。

河合 太郎
1973年、岐阜県生まれ。名古屋大学教育学部を卒業後、地図の企画制作販売を手がけるアルプス社で地図ソフトの開発に従事していたが、会社が民事再生を申請。それを買収したヤフーで「LatLongLab」など地図サービスの開発を行いつつ、Appleが新しく発表した自社製地図をディスっていたところを見つかり、そのままAppleに転籍、渡米。「マップ」アプリの改善を担当する。現在Sunnyvale在住。インターネット上の識別子はinuro。















