NHK大河『豊臣兄弟!』秀長の選択──「中国大返し」は奇跡ではなく、弟秀長の段取力だった

小林 啓倫

Special映画・音楽
2026年の大河ドラマ『豊臣兄弟!』。おなじみ戦国時代を舞台にしながら、豊臣秀吉(演:池松壮亮さん)の弟・秀長(演:仲野太賀さん)の視点から物語を描くという、新しい試みとなっている。

秀長は、天下人・秀吉の陰に隠れがちな存在だが、「彼なしでは秀吉は天下を取れなかっただろう」と評されるほどの人物だ。ドラマで描かれる秀長の姿を手がかりに、史料などを踏まえながら、彼がどのような選択を重ねていったのかを考えてみたい。

【関連記事】
NHK大河『豊臣兄弟!』秀長の選択──足軽と下克上
NHK大河『豊臣兄弟!』秀長の選択 ──秀吉と寧々が結婚したのはいつ?
NHK大河『豊臣兄弟!』秀長の選択 ──秀吉を押し上げた「横山城の3年間」とは
NHK大河『豊臣兄弟!』秀長の選択──同僚を斬り2度出奔した藤堂高虎は、なぜ秀長に心酔したのか
秀吉の天下取りを支えた秀長の選択、NHK大河『豊臣兄弟!』但馬・播磨時代を考察

本能寺の変、そのとき兄弟は230km離れた備中にいた

1582年(天正10年)6月2日未明、明智光秀(演:要潤さん)が京都・本能寺の織田信長(演:小栗旬さん)を襲い、信長は自害した。世にいう「本能寺の変」である。このとき信長側の有力武将たちは、それぞれ遠く離れた前線で敵と対峙(たいじ)していた。秀吉が率いる軍は、京都からはるか西にある備中高松城(現在の岡山県岡山市北区)を水攻めの真っ最中。秀長も兄に従ってこの陣中にいた。当時、秀吉46歳、秀長43歳である。組織のツートップが、本拠から230kmも離れた出先で、主君の死という未曾有の危機に直面した格好だ。

事件を知った秀吉は、ただちに毛利方との和睦をまとめ、軍を反転させて畿内へ駆け戻り、6月13日には山崎(現在の京都府乙訓郡大山崎町付近)で光秀を撃破する。備中高松から山崎までは約232km。本能寺の変からわずか11日で主君の仇を討ったこの大移動が、「中国大返し」と呼ばれるものだ。大山崎町の公式解説が「羽柴秀吉が瞬時にして下した的確な判断と迅速な行動、それによって天下争覇の勝負は決した」と評しているように、この撤退戦は秀吉の天下取りの起点として、戦国史上屈指の名場面とされてきた。『豊臣兄弟!』も、いよいよこの本能寺の変と中国大返しを描く局面に近づいている。

ではこの11日間、秀長は何をしていたのだろうか。

全長約230kmだったとされている「中国大返し」の経路(地名は現代のもの)(ChatGPTで生成)

水攻めの大工事を仕切った秀長

中国大返しについては、それがあまりに見事な成功を収めたため、「実は秀吉は本能寺の変を事前に察知していたのではないか」「いや秀吉こそが本能寺の変の黒幕だ」などという陰謀論めいた説までささやかれている。しかしそれは、あまりにもこじつけが過ぎるだろう。『豊臣兄弟!』でどう描かれるかはわからないが、秀吉は事件当時、毛利を相手に敵中深くで孤立していた。もし黒幕なら、信長の死が毛利方に伝わる前に和睦をまとめられる保証など全くない、極めて危うい状況に自らを置いていたことになる。

その「危うい状況」を脱し、中国大返しを成功させる絶対的な前提となったのが、出発点である備中高松城での軍事的優位の確立だ。そしてここで秀長は、重要な役割を果たしている。

高松城は周囲を沼地に囲まれた要害(ようがい)で、鉄砲や騎馬による強襲が困難な地形だった。そこで秀吉軍は、黒田官兵衛(演:倉悠貴さん)が考案したといわれる「水攻め」を採用するが、その大工事の現場総指揮を執ったのが秀長だった。この工事は、足守川の水をせき止めるために高さ約7m、基底部分の幅約22m長さ約3kmという巨大な堤防を、わずか12日間で造成するというものだった。これほどの短期間で大土木工事を完遂するには、膨大な数の農民を動員し、綿密な工程管理を行う必要がある。これを秀長はやってのけたのだ。

この土木工事が完了していたことで、毛利軍の主力である毛利輝元(演:濱正悟さん)、吉川元春(演:こばやし元樹さん)、小早川隆景(演:山本浩司さん)らが数万の援軍を率いて到着しても、秀吉軍は微動だにせず、水没していく城を前に圧倒的優位を保ったままにらみ合いを維持できた。そして本能寺の変が起きるとすぐに、講和交渉を強引にまとめ上げたのだ。

中国大返しの「殿」を務めた秀長

そして問題の「中国大返し」だが、この強行軍における秀長の役割は、撤退時の「殿(しんがり)」である。

殿とは、撤退する軍の一番後ろに位置し、敵の追撃を食い止める部隊のことだ。和睦が成立したとはいえ、毛利方が約束をほごにして背後から襲いかかる可能性はゼロではない。もしそうなれば、真っ先に矢面に立つのが殿だ。本隊を逃がすために自らは戦場に残る、戦国の戦において最も危険で、最も報われにくい役回りといっていい。実際、戦国期には殿を引き受けた武将が追撃戦で命を落とした例は枚挙にいとまがない。

なぜ秀長だったのか。もちろん「実の弟で信頼できるから」という点が大きいだろうが、他の理由からも、それが自然な人選だったといえる。

秀長は1577年(天正5年)から始まった中国攻めにおいて、但馬国(現在の兵庫県北部)の攻略を担当し、当時有数の産出量を誇ったとされる生野銀山(公式サイトによれば、江戸時代の最盛期には月産150貫、現代の価値で約2億円分の銀を産出していたという)を掌握、播磨の平定でも力を発揮してきた。撤退路となる山陽道の沿線事情、姫路城を中核とする補給体制、地元勢力との関係。それらをもっとも深く把握し、しかも銀という資金源も掌握していたのが秀長だったと考えられる。退路の安全を預けるなら、彼をおいて他にいなかったわけだ。

そして興味深いのは、秀長の殿について、具体的な戦闘の記録がほとんど残っていないことだ。これは秀長の働きが小さかったことを意味するのではなく、むしろ逆ではないだろうか。毛利方の追撃は起こらず、大勢の秀吉軍(一般には2万人とも3万人ともいわれる)は無事に播磨姫路へ帰り着いた。「何も起きなかった」こと自体が、周到な警戒と毛利方への目配りが機能していたこと、すなわち殿としての任務の完遂を物語っている。守りの仕事は、成功すればするほど記録に残らない。この構図は、以前の記事で取り上げた横山城時代の「軍政」とまったく同じだ。
18 件

小林 啓倫

経営コンサルタント
1973年東京都生まれ、獨協大学外国語学部卒、筑波大学大学院修士課程修了。システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米バブソン大学にてMBAを取得。その後外資系コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業などで活動。著書に『FinTechが変える!金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』(朝日新聞出版)、『IoTビジネスモデル革命』(朝日新聞出版)、訳書に『ソーシャル物理学』(アレックス・ペントランド著、草思社)、『シンギュラリティ大学が教える 飛躍する方法』(サリム・イスマイル著、日経BP)など多数。

ranking

  • 1
    サムネイル

    日傘愛用者による「モンベル」と「サンバリア100」徹底比較レビュー、折り畳み傘がいい?それとも長傘?

  • 2
    サムネイル

    “ドアなしのヘリ”でウクライナ前線へ──元陸将・廣惠次郎がIT企業で挑む「サイバー防衛」

  • 3
    サムネイル

    小学生がどハマりする生成AIキャラクター「イタリアンブレインロット」の中毒性と拡散力

  • 4
    サムネイル

    夏の思い出を「作品」レベルに——AI×アナログ撮影テクニックで万全!写真アップデート術

  • 5
    サムネイル

    ノンフライヤーで「業スー揚げ物」の限界に迫る!業スーの冷凍フライの逸品5選

  • 1
    サムネイル

    夏の思い出を「作品」レベルに——AI×アナログ撮影テクニックで万全!写真アップデート術

  • 2
    サムネイル

    小学生がどハマりする生成AIキャラクター「イタリアンブレインロット」の中毒性と拡散力

  • 3
    サムネイル

    日傘愛用者による「モンベル」と「サンバリア100」徹底比較レビュー、折り畳み傘がいい?それとも長傘?

  • 4
    サムネイル

    ノンフライヤーで「業スー揚げ物」の限界に迫る!業スーの冷凍フライの逸品5選

  • 5
    サムネイル

    設置簡単、引っ越しも安心の窓用エアコン!家電エバンジェリストの選び方&おすすめ5製品

  • 1
    サムネイル

    小学生がどハマりする生成AIキャラクター「イタリアンブレインロット」の中毒性と拡散力

  • 2
    サムネイル

    日傘愛用者による「モンベル」と「サンバリア100」徹底比較レビュー、折り畳み傘がいい?それとも長傘?

  • 3
    サムネイル

    設置簡単、引っ越しも安心の窓用エアコン!家電エバンジェリストの選び方&おすすめ5製品

  • 4
    サムネイル

    次はスマホに付ける望遠レンズが来る⁉山根博士が紹介する最新中国カメラスマホとその実力

  • 5
    サムネイル

    ノンフライヤーで「業スー揚げ物」の限界に迫る!業スーの冷凍フライの逸品5選

internet for you.