病院で出張本屋さんを開いてみたら ──あのとき、本があってよかった。そう感じてもらえるために

葉々社 小谷輝之

Specialライフスタイル本・書籍

入院患者の方々から直接聞いて分かったリアルな要望

「からだのとしょしつ」の一角に、葉々社の出張本屋を週1回提供

出張本屋は店舗が休みの毎週月曜日、9時30分から15時まで開いている。持ち込む本は20冊程度。丈夫な紙袋に本、釣り銭、電子決済用の端末、電卓などを入れて、ハンドキャリーをしている。

始めた当初は、病院に勤務している医師や看護師、スタッフらも来店するかもしれないということで、人文書や社会科学書など、少し硬派な本も持参していたが、ふたを開けてみると病院関係者はあまり本を見に来ないことがわかった。おそらく仕事が忙しすぎて、ゆっくりと本を見に来る余裕がないのだろう。そのため、本のセレクトは入院患者のためだけに絞った。古本は持っていかず、すべて新刊でそろえ、重厚な読み物よりは軽い読み口のものを多めに持っていく。

入院患者の方々と話をするときによく出てくるのが、「重たい本は読めない」「集中力が続かないのでページ数が多いものはきつい」「どこから読んでも楽しめるものがいい」「装丁がきれいな本が欲しい」などの意見だ。自分が入院患者だとしても同じような意見をもつかもしれない。

これらのリアルな要望を叶えつつ、タイトルに「死」という文字が踊っていない本を慎重に選ぶ。詩や短歌、エッセイ、短編で構成された小説を中心に、自然科学書や哲学、旅の本を時折加える。おもしろい意見だなと思ったのは、「病院の食事がシンプルなので、おいしそうな料理の本は読みたくない」と言われたことだ。たしかにそうかもしれない。いまは我慢のときだ。どんな本が売れるのか、決まった傾向はないように思うが、本を見に来てくれた患者にオススメした本は、わりと受け入れられることが多い。

本屋として、患者の人生のあるシーンに立ち会う

出張本屋の開始から2年近くが経過し、いろんな患者との出会いがあった。免疫疾患で入院していた女性は、見た目は元気そうなのだが、長期入院を課せられ、結局、40日近くの時間を院内で過ごすことになった。彼女はもともと本が好きということもあり、毎週月曜日になると、待ってましたとばかりに本を2冊買っていった。こちらがオススメした本を買うこともあったし、彼女が希望する本を持参することもあった。会った日は読んだ本の感想を聞き、病院生活が暇であることも聞く。あまりにも暇なので建物内で「ポケモン GO」をしているという。ただ、移動距離が限られているため、なかなかポケモンをとらえることができないと嘆いていた。

別の女性は、葉々社にも来店したことがあり、入院するにあたり出張本屋を楽しみにしていたという。彼女からは入院中に読みたい本の注文をもらった。本人は外出することができないため、本屋として本を届けることができてうれしいかぎりである。

近所で暮らす常連が外来のついでに立ち寄ってくれたこともあった。いつも顔を合わせている方と病院内で会うのは何だか不思議な気持ちだったことをよく覚えている。

出張本屋に来てくれた女性が退院後に葉々社を訪問してくれたこともある。入院しているときに購入した『NATURE ANATOMY ネイチャー・アナトミー 自然界の解剖図鑑』(大和書房)がとてもよかったので、もう一冊購入したいと。姉にサプライズでプレゼントするから、もし姉が葉々社に来たとしても、そのことは話さないでと釘を差された。

本を買う人たちは、ただ買うだけではなく、それぞれの思いを本に乗せたり、もしくは託したりしながら買っていく。ある人にとっては、人生のターニングポイントになる本かもしれないし、今後の人生の傍らにずっと寄り添ってくれる1冊になるかもしれない。本屋の仕事とはそういう側面もある仕事だ。

果たして、出張本屋を始めたことで平日の売上不足をカバーできたのか。答えは残念ながら「ノー」である。毎週定期的に本を持っていったとしても患者が毎週来るわけではない。ただ、単純にお金には代えられない仕事であるとも思う。本屋として、患者の人生のあるシーンに立ち会っていることはたしかだからだ。

あのとき、本があってよかった。
そう感じてもらえるように、晴れの日も雨の日も風の日も出張本屋は続く。
(初出:『本をともす』著者:小谷輝之/発売:時事通信出版局 )

本を買ってくれるお客さんのために何ができるか

本を売るという商いを続けていくうえでもっとも大切なことは、本を買ってくれるお客さんのためになにができるのかということだ。この3年間、その問いの答えを考え続けてきた。

企画案を書き、相談をして、実行する。これを繰り返すことで本屋としての幅と魅力が増してきたように思う。今回、掲載したテキストは、私が執筆した書籍『本をともす』からの抜粋だ。本屋が好きな人、本がないと生きていけない人たちのことを想像しながら原稿を書いた。さらに、本屋の仕事や経営に関する具体的な数字も多く掲載しているため、書店経営に興味のある方にもぜひ役立ててほしい。 全国各地に小さな本屋がもっと増えていくことを願っている。
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葉々社 小谷輝之

本屋と出版社
2社の出版社勤務を経て、2022年4月に東京・梅屋敷で本屋「葉々社」を開店。ひとりで本屋の運営を切り盛りしながら、出版社としての本作りにも取り組み中。Twitter:@youyousha_books

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