アジア文学・エッセイに共感が止まらない!?──独立系書店店主が選ぶ「アジア諸国の傑作」5選

葉々社 小谷輝之

Specialライフスタイル本・書籍
距離も近く親しみのあるアジア諸国。円安の昨今は、海外旅行先としてもますます人気が高い。ただ、観光を楽しんでその国を好きになり、深く知りたくなっても、生活者の価値観や日常を知る機会は意外に少ないものだ。

その橋渡しとなるのが、ニュースや旅行では知ることのできない生の声に満ちている文学やエッセイだ。歴史や社会問題、文化的背景が色濃く反映されている作品が多く、人々は私たちと同じように悩み葛藤しているのが分かる。国は違っても、時に自分と同じ感覚や心に響くものに触れると、その国がぐっと身近になる。人々の共感や気づきは、我々が日常を生きるうえでのヒントや救いになることもあるだろう。

文学やエッセイを通じて、その国で生きる1人の誰かを知り、思いをめぐらせることは、ワクワクする経験につながる。観光だけでは見えてこない、そこに暮らす人々の内面を知ることで、また違った視点でその国を楽しめるはずだ。そんな、アジア諸国を豊かな視点でとらえられるオススメの書籍5選を紹介したい。

1台の自転車と絡み合う壮大な台湾ヒストリー

旅行先としても人気の高い台湾だが、文学作品を読んだことのある人は多くないかもしれない。数々の国に統治され発展してきた独特の背景を抱えながらも、日本人にはどこかノスタルジックな空気感が漂ってくる。

本書は、失踪した父親とともに消えた自転車の行方をたどるドラマであり、2018年度国際ブッカー賞候補にも選出された長編小説だ。著者である台湾の人気作家・呉 明益は「台湾独自の歴史を学び、自分たちの物語を書きたい」と、自身の体験や戦争を体験した年長世代への思いを込めたという。

父が失踪してから20年、自転車コレクターとなっていた主人公は、父が乗っていたものと同じ車体番号の自転車と再会する。自転車の修復を進めるうちに、パーツ一つ一つにまつわるエピソード、そして所有者たちの歴史が色濃く描かれていく。

物語の設定は、戦中の台湾から日本統治下、戦後までマレー半島やビルマ(現ミャンマー)のジャングルなど、時空と空間を縦横無尽に駆け巡る。また、彼は自然や動物への観察眼にも優れ、台湾固有の風土が鮮明に描かれている点が特徴的だ。主人公とともに幻想的な物語の世界にどっぷり浸れるだろう。同時に、台湾の歴史や日本との深く複雑なかかわりについて新たな気づきも生まれる作品だ。
『自転車泥棒』
発行:草思社
発行:文藝春秋
著者:呉 明益 著/天野健太郎 訳
定価:1155円(税込)
発行日:2021年9月10日
判型:文庫判
頁数:480P
ISBN:978-4-1679-1758-6
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167917586

知らなかった韓国が見えてくる渾身のブックガイド

K-POPやドラマなど、世界を席巻し、斬新で実験的かつ心動かされるコンテンツが魅力の韓国。そんな華やかで楽しいエンタメ要素より、歴史や社会問題に苦しむ人々の生きづらさを真正面から描き続けてきたのが、韓国文学だ。

本書は、数多くの韓国文学を手がける翻訳家・斎藤真理子氏の初の自著となる韓国文学の読書案内。2010年代後半を起点として、植民地支配が終わる1945年ごろまでをさかのぼる形式で構成され、誕生した作品とその経緯、背景を具体的な事例とともに解説している。

韓国文学を語る上で、中心になるのはやはり戦争、分断、迫害。声を上げて自らを取り戻さざるを得ない市井の人々が翻弄された歴史を背負い、文学はそうした市民の声を代弁し続けてきた。大きな事件や事故が起こるたび、作家たちは痛みや傷に向き合い、物語として紡ぐことで弱者をない者にしない点が特長だ。

歴史はただの過去でなく、現在の韓国社会への影響やしわ寄せとして、今も存在していると思い知らされる作品が多いのも納得だ。ほとんどの日本人が「知らなかった」と痛感する歴史ばかりでもあり、著者の明晰かつ情熱あふれる解説には胸を打たれる。等身大の韓国を知る参考書として、ぜひ手に取ってほしい。
『韓国文学の中心にあるもの』
発行:イースト・プレス
著者:斎藤真理子
定価:1650円(税込)
発行日:2022年7月12日
判型:四六判
頁数:328P 
ISBN:978-4-7816-2093-0
https://www.eastpress.co.jp/goods/detail/9784781620930

日本そのもの!韓国の家事労働の考察

仕事をしていても専業でも、主婦であることに虚無感を覚えた経験がある人は多いのではないだろうか。労働の対価が金銭報酬である資本主義において、無償の家事労働は無価値とされ、家事担当者は社会の中で評価されない現実に直面する。同時に、その構造が資本主義の大前提であることにも、だ。

本書は、専業主婦になった著者が「家で遊んでいる」と言われることへのモヤモヤをきっかけに、15冊の参考文献を読みあさって自身の疑問を考察、分解していく韓国発のエッセイだ。

『アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か?』(河出書房新社)では、経済学の算定が男性を基本値としていることを指摘し、自分がかつて所属していた会社組織から排除されていた構造に気づく。著者は参考文献を読み進めるうちに、主婦に限らずすべての属性に必要な問題意識であることを認識する。自らの考えが変化していく過程が明快な文章で綴られる。

主婦の家事に限らず、さまざまな事情で家庭内ケアを行う人々は数多く存在する。誰かがやらないと生活が成り立たないが、無償であるがゆえに軽視されるというケア労働そのものの価値をどうやってあげていくのか。誰もが当事者になりうる問題について、建設的な思考が深まる1冊だ。
『主婦である私がマルクスの「資本論」を読んだら』
発行:DU BOOKS
著者:チョン・アウン 著/生田 美保 訳
定価:2420円(税込)
発行日:2023年1月20日
判型:四六判
頁数:256P
ISBN:978-4-8664-7189-1
https://diskunion.net/dubooks/ct/detail/DUBK329
30 件

葉々社 小谷輝之

本屋と出版社
2社の出版社勤務を経て、2022年4月に東京・梅屋敷で本屋「葉々社」を開店。ひとりで本屋の運営を切り盛りしながら、出版社としての本作りにも取り組み中。Twitter:@youyousha_books

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