アジア文学・エッセイに共感が止まらない！？──独立系書店店主が選ぶ「アジア諸国の傑作」5選

2024.10.11

多文化社会シンガポールの新たな側面を知る

アジアの中でも有数の最先端ビジネス都市国家であるシンガポール。マレーシアから独立して約60年、4つの公用語を持つ多文化社会を形成している複雑さゆえ、そのルーツやバックグラウンドを通すと、知られざる側面が見えてくる。

著者は、シンガポール生まれのマレー系詩人、作家。現代シンガポールにおけるマレー系住民の日常を描いた48の掌編がぎゅっと詰め込まれている。それらは人生のほんの一瞬を切り取ったスケッチのようで、唐突でつかみどころがない印象すらある。だが、読み進めていくうちにマレー系住民たちの宗教や人種問題、家族との距離感や格差など、さまざまな現実や壁に気づいていく。

軽やかで淡々とした文章だが、人々の光と影を浮き彫りにしていく力強さと重みのある著者の筆力が見事だ。華やかな国家というイメージの裏に潜む、マイノリティとしてのマレー系住人の所在なさや、生きづらさがうかがえる。シンガポールが持つ多様性そのものへの解像度が上がる、味わい深い作品である。

『マレー素描集』
発行：書肆侃侃房
著者：アルフィアン・サアット著／藤井光訳
定価：2200円（税込）
発行日：2021年9月30日
判型：四六判変形
頁数：248P
ISBN：978-4-86385-464-2
http://www.kankanbou.com/books/kaigai/0464

世界のSF文学をけん引する中国作家たち

中国文学で、現在最も勢いのあるジャンルであるSF。Netflixで実写化ドラマもヒットした『三体』など、中国SFが数年前からじわじわと世界的に注目されている。

本書は、中国出身でアメリカ在住の作家、ケン・リュウ氏が編さんを担当したアンソロジー。SFショートショート『紙の動物園』で著名な編者が、若手作家を中心に歴史や文化的背景を踏まえずとも理解しやすい作品を優先して集めたという。刺激的な描写や設定もあるが、社会問題へのメタファーかと勘ぐらずに、そのまま物語の世界に身を任せてほしい。

作品はもちろんだが、巻末に収録された「中国SFを中国たらしめているものは何か」という研究者のエッセイも必読。経済発展のための代償を抱え、危機と繁栄が同時に存在する中国において、特定の歴史的条件と対峙してきたSF作家たちの未来に対する見解は多岐にわたる。その無数の差異が他国に類を見ない作品を生み出していることがうかがえ、中国SFの特徴が詳細に解説されている。

SFを読むことは、想像力を養うだけでなく、連帯や勇気、他者への理解など未来につながる気づきも与えてくれる。中国SF入門者に最適でありながら、1つのジャンルにくくれないほどの幅広さと奥深さを体感できる1冊だ。

『折りたたみ北京　現代中国SFアンソロジー』
発行：早川書房
編者：ケン・リュウ
定価：1100円（税込）
発行日：2019年10月3日
判型：文庫判
頁数：528P
ISBN：978-4-1501-2253-9
https://www.hayakawa-online.co.jp/shopdetail/000000014346

身近な相手として向き合うきっかけに

海外文学は、歴史や文化、生活様式から国民性まで、著者という主観を通して書かれた国そのものを体感できる。ここで紹介した作品の多くは、そこで暮らす人々のささやかな営みに光を当て、私たちと同じ、すぐそばにいるようなシンパシーを感じさせる。

文学やエッセイを入り口にしてアジア諸国に興味を持ち、地理的な近さや歴史的因縁も含めて、当事者同士として他者への理解を深めるきっかけにもなるだろう。日本人が知っておくべき事柄を他国の目線から学び、何より質の高い文章力と物語の世界観をじっくり楽しんでほしい。