SFから学べ!? 「空間コンピューティング」の可能性

小林 啓倫

Special
ビジネスの世界ではいま、「SFに学ぶ」という発想に注目が集まっている。SFとは文字通りサイエンス・フィクションのことで、何かほかの新しい略語が出てきたわけではない。冗談だと思われるかもしれないが、高性能のロボットや空飛ぶクルマといったテクノロジーが登場するエンターテインメント作品から学びを得よう、という動きが起きているのだ。

SFを実現する「空間コンピューティング」

テクノロジーの世界は進化のスピードが速く、新技術を使って世界を驚かせてやろうと思っても、逆に驚かされる側に回ってしまうことが多い。それはどうしても、人間が従来の延長線上で物事を考えてしまうためだ。

しかし豊かな想像力を働かせて生まれるSF作品は、画期的なテクノロジーの画期的な使い道を示してくれる。ならばそれを絵空事として片づけてしまうのではなく、新たなビジネスのヒントを得られる場として活用しようというわけだ。実際に、「高性能のロボット」はAI(人工知能)として、「空飛ぶクルマ」は人間が乗れる大型ドローンとして、それぞれ実現しつつある。

前置きが長くなったが、今回取り上げる「空間コンピューティング(Spatial Computing)」も、SFの世界ではいち早く提示されていた概念だ。いったいどんなものか、空間コンピューティングを実現したアプリケーションとして取り上げられることの多い、Taqtileという会社のManifestという製品をご紹介しよう。

Military Aircraft Maintenance Training with Augmented Reality
迷彩服を着た男性がジェットエンジンに向かって作業している。男性はゴーグルを付けていて、ゴーグル越しに何かを見ているようだ。ここで男性が見ている映像が映し出される。それは目の前にあるジェットエンジンと、その上に重なるように映ったCGで、作業の手順や注意書きのようなものを示している。さらにそのCGは、現実空間を無視するのではなく、まるで手順書が現実空間の決まった位置に浮かんでいるかのように映っている。

もうおわかりだろうが、これはジェットエンジンをメンテナンスする技術者に、作業の助けになるような情報を表示してくれるという製品だ。実際の設備や機器の保全を行う際、支援だけでなく、そうした作業の練習になることも用途として想定しているという。たとえば物理的なマニュアル類をいちいち手元で開くのではなく、視線をずらすだけで空中にマニュアルを表示できるのであれば、手を止める必要がなくなり作業がスピードアップするだろう。さらに操作が必要な個所に矢印が浮かべば、ケアレスミスもなくなる。まさに理想的な技術だ。

こうした「デジタル情報を現実空間にオーバーラップさせる」という発想は、SF映画やアニメの世界で古くから存在していた。それがいま、先端技術によって現実のものになろうとしているわけである。それをどのような用途に使い、どのような価値を生み出せるかは、もしかしたらエンタメ作品を見る方が早いかもしれない。

空間コンピューティングとVR/AR

先ほどのManifestの映像を見て、これをVR(仮想現実)やAR(拡張現実)のアプリケーションだと表現する方もいるだろう。確かにこのアプリケーションでは、VRやARの技術が活用されている。それでは「空間コンピューティング」という言葉が使われる場合、そこにはどのような意味が込められているのだろうか。

まずはVR/ARについて整理しておこう。VRはご存知の通り「Virtual Reality」を略したもので、ユーザーに対し、現実のように感じられる映像を映し出す技術を指す。ユーザーはその映像空間に完全に「没入」し、現実空間とやり取りすることはなく、基本的には映像空間の方も現実空間とのやり取りが発生することはない。

改めて言葉で説明すると難しく思えるが、こうしたVR技術もさまざまなSF作品で描かれており、既にお馴染みのものと言えるだろう。たとえば映画『レディ・プレイヤー1』では、「オアシス」という名の架空のVRサービスが描かれているが、このオアシスはヘッドセットとハプティクス・デバイス(振動などを通じて、仮想空間で起きた現象を現実空間にいるユーザーに伝える装置)を使ってログインするようになっており、ログインしたユーザーは現実空間からはまったく切り離された世界を経験することになる。現実空間で狭い部屋にいるためにオアシス内で巨大ロボットを操ることができない、などということはなく、仮想空間には広大で現実の物理法則を無視した世界が広がっている。

一方でARは「Augmented Reality」の略で、日本語では拡張現実と訳されている。その名の通り、これは「現実」を「拡張」する技術で、VRのように現実を一切無視した別の空間が現れることはない。ユーザーが現実にいる場所や、現実空間に存在する本物の物品にひもづく形で、デジタル情報を提供する。

たとえば2016年に登場し、瞬く間に大ヒットとなったスマホゲーム「Pokémon GO」では、モンスターが存在する架空の世界を舞台にしているものの、その架空世界は現実空間とリンクしている。モンスターが潜んでいる場所や、さまざまなアイテムを手にすることのできる「ポケストップ」と呼ばれる施設の場所などは、現実空間の位置にひもづいており、現実空間でその場所に近づかなければモンスターを捕まえられず、アイテムもゲットできない。これがまさに「AR」のコンセプトで、Pokémon GOのようなゲームだけでなく、観光案内(ある場所に行くとその場所に関する情報が得られるなど)のような実用的なアプリケーションとしても活用の場が増えている。

近年、こうしたARアプリケーションの中に、そのアプリケーションが実行されている端末の周囲の現実空間とリアルタイムにやり取りし、現実空間全体を使ってデジタル情報とのインタラクションができるようなものが登場してきている。そこで実現されているものこそ、「空間コンピューティング」だ。

Pokémon GOでは出現したモンスターを捕まえる際、スマホのカメラを使って画面上に現実空間の光景を映し出し、そこにCGのモンスターが表示され、あたかも現実空間の中でモンスターを捕まえるかのような体験ができるモードが用意されている。しかしこのモードでも、現実空間が狭い部屋の中だからといって、モンスターが逃げられず捕まえやすくなることはない。またモンスターがいる空間に手を伸ばして、自分の手がぶつかればモンスターを捕まえたことになる、などということもない。

しかし先ほどのManifestでは、情報は現実空間と完全にリンクしており、デジタル情報はジェットエンジンの物理的な場所を把握した上で表示される。またユーザーは現実空間において手を動かすだけで、そこに表示されているデジタル情報を操作できる。このように空間コンピューティングでは、現実空間とはまったく別の仮想空間が現れるわけでも、現実空間の一部とリンクしたデジタル情報が表示されるわけでもなく、現実空間と仮想空間が重なり合ったような感覚で、自由にデジタル情報とインタラクションできるのである。
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小林 啓倫

経営コンサルタント
1973年東京都生まれ、獨協大学外国語学部卒、筑波大学大学院修士課程修了。システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米バブソン大学にてMBAを取得。その後外資系コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業などで活動。著書に『FinTechが変える!金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』(朝日新聞出版)、『IoTビジネスモデル革命』(朝日新聞出版)、訳書に『ソーシャル物理学』(アレックス・ペントランド著、草思社)、『シンギュラリティ大学が教える 飛躍する方法』(サリム・イスマイル著、日経BP)など多数。

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