研究者のマニアックな視点と五感でムシを知る—— 上野の国立科学博物館 特別展「昆虫 MANIAC」

花森 リド

Specialアウトドア・お出かけイベントカルチャーライフスタイル

ガのラブソングに耳を澄まし、素数ゼミの大合唱に圧倒される

昆虫マニアックは五感でムシを知る昆虫展です。

例えば聴覚で「素数ゼミの大発生」がどのくらい大規模なのかを感じたり。そう、2024年は素数ゼミが重なる、セミだらけの年です。アメリカには17年周期で大発生するジュウシチネンゼミと、13年周期で大発生するジュウサンネンゼミがいます。「17」も「13」も素数だから素数ゼミと呼ばれています。で、17と13の最小公倍数である221年に1度、素数ゼミたちが同時に発生するのです。

ジュウサンネンゼミとジュウシチネンゼミの標本。並んでいる数は素数ではないですが、レイアウトがとても美しい

国立科学博物館の研究員は、この好機を逃さずに現地調査を実施。そしてセミといえば……そう、鳴き声。大大大発生したセミが鳴きまくるとどうなるの? 研究員が録音してきてくれた音を聞いてみましょう。

恐る恐る穴の中に頭をさしいれると「じゃじゃじゃーーーーー!」みたいなセミの大合唱が!耳を澄ます必要が全くない。もう大騒ぎ!

そして「ガのラブソング」も聞けました。ガは羽と鱗粉をこすり合わせて超音波を発します。その超音波は、ときに求愛行動で繰り出されるラブソングの役目も果たすのだそう。人間には聞こえないくらいの超音波で奏でられるガのラブソングを、人間の耳でも聞けるように音を低く調整したものが動画で紹介されていました。ガの種類によってリズムも旋律も違います。みんなそれぞれ“持ち歌”があるようです。

さらに「ハチの扉」では「虫こぶ」の感触を指で確かめたり。

インクタマバチの幼虫が生活していた虫こぶを指先で転がしてみました。カリッと硬い質感!

もちろん嗅覚だってフル稼働!

研究員のお気に入りである「シタバチ」の標本。シタバチが好む香りの成分を実際に嗅ぐことができました。失礼ながら臭いんじゃなかろうかと心配していましたが、意外とかぐわしかった

1mmのムシだって「無名だけど面白すぎる」とフィーチャーされる昆虫展

マニアックな世界はまだまだ続きます。昆虫展ではおなじみの標本の一部だってこんなふうに裏表から観察できます。

「標本と一緒に写真を撮ろう」と思ったのは今回が初めてでした。ちなみに反対側からムシの標本に見とれているお客さんの顔もじっくり拝めてしまいます。ムシ仲間!

そしてムシの体の仕組みだってとことん深掘り!

「タマムシ色」のメカニズム

数名のコレクターによるタマムシコレクションがたっぷり並んでいました

構造色の解説ではタマムシ以外の標本も! キレイですね

そんなめくるめく昆虫マニアックの展示で、私が一番「なんなんだこれは」と感動したのがこちら。

まさか甲虫にも“格差”があるとは

音声ガイドではコウチュウ類を監修した国立科学博物館の野村博士が「無名だけど面白すぎる甲虫ベスト3」を発表してくれました(なので、本展に行く方は、ぜひ音声ガイドも借りてください。音声ガイド機をレンタルすると、運が良ければ特典で「ムシの証明写真(オオナガトゲグモ)」がもらえます)。

その「無名だけど面白すぎる甲虫ベスト3」の第3位がこちら。マサカカツオブシムシ!

ババーン! 体長1〜2mmくらい!

野村博士による「面白ポイント」に耳を傾けながら、じっと目をこらしてマサカカツオブシムシを見つめていると、米粒サイズどころじゃない小さな姿にクラクラしてきます。標本の隣に貼られた拡大写真がなかったら、たぶん私はこの展示を見落としてしまっていたはず。コウチュウ類のスーパースターことカブトムシとは全く違うタイプの存在感……。

そんなマサカカツオブシムと向かい合うこと数分。私は虫眼鏡がなんのためにあるのかを身をもって知りました。無名だけど面白すぎる甲虫のナマの姿をじっくり拝むために虫眼鏡を持ってくればよかったよ。

研究者にも苦手なムシがいる?家に“G”が出たらどうする?

「ゾーン3ムシと人」は、人間とムシとのつながりをさまざまな視点から解説するゾーンです。

害虫や人の役に立つムシ、環境の変化で姿を消してしまったムシ、都内で見かけるようになったムシ、そして最近見つかったばかりの新種のムシたちが紹介されていました。

とても狭いエリアだけで生きていたイシガキニイニイが再び見つかる日は来るのでしょうか

チョウやガの標本の羽が傷ひとつなく美しいのは、三角紙に包まれて研究室まで運ばれてくるおかげなんですね

そして最後に昆虫マニアックの監修に携わった研究員たちが紹介されています。これもとてもよかった。実際に会場で読んでいただきたいです。

それぞれの研究員に「あなたにとってムシとは?」「苦手な(または苦手だった)ムシは何ですか?」、そして「家にG(ゴキブリ)が出たらどうしますか?」なんて質問も! ムシ博士といえど「ムシならオールジャンル大好き! 」というわけではない事実や、“G”の対処法が率直に語られています。たとえば「無名だけど面白すぎる甲虫ベスト3」を熱く語っていた野村博士は「体の柔らかいムシ」が苦手なのだそう。甲虫は硬いですもんね。

そして会場を出る直前に、ムシ博士たちから、ある「熱いメッセージ」が送られます。ムシのことはそれほど大好きというわけではなかった私の胸にも深く残る、シンプルで情熱的な言葉です。

マニアックな視点でムシについて学んで、ムシがスーパー大好きになったわけではないけれど、会場の外に出て上野公園を歩きながら「今この瞬間にも、私の周りにムシがいっぱいいるんだ」と注意深くあたりを見渡していたことは確かです。やがて幸運にもフワッと飛んできたチョウ(たぶんアカボシゴマダラ。特定外来種だとこの展覧会で学びました)に「アッ!」と目がくぎ付けになるような、そんな昆虫展でした。あと上野公園で暮らすコロコロに太ったハトの羽の奥にもムシが隠れていそうだな……なんて思ったり。

昆虫マニアックは10月14日まで開催中です。昆虫マニアも、そうでない方も、ぜひ五感でムシの多様な世界を体験してほしいです。

展覧会名:特別展「昆虫 MANIAC」
会期:2024年7月13日(土)〜10月14日(月・祝) 
会場:国立科学博物館( https://www.kahaku.go.jp/ )110−8718 東京都台東区上野公園7-20
開館時間:9時~17時 (入場は16時30分まで)
※毎週土曜日は19時まで開館延長(入場は18時30分まで)
休館日:9月2日(月)9日(月)、17日(火)、24日(火)、30日(月)
入場料(税込):一般・大学生 2100円、小・中・高校生 600円
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花森 リド

ライター・コラムニスト
主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」、「Engadget 日本版」、「映画秘宝」などで執筆。
X:@LidoHanamori

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