AIは高齢者の味方になる、はずだった
生成AIが実用的なレベルになってきた昨今、筆者は「これはシニアにとって、とんでもなく役に立つ技術かもしれない」と思ってワクワクした。実際、プログラミングの知識がほとんどない中高生が1人でアプリを開発できるようになっているし、文系の筆者もプロンプトという名の魔法詠唱でさまざまなことが自動化できるようになった。初めてMosaic(初期のWebブラウザー)でインターネットにつないだときと同じぐらいの感動だった。
文字入力が面倒なシニアでも、日本語で話しかけるだけで使いこなせるし、人格を設定すれば話し相手にもサポートセンターにもなってくれる。シニアのスマートフォン利用を手伝ってきた身からすると、これほど相性のよさそうな技術はないように思えた。
以前、筆者はシニアのスマートフォン事情について「老後のQOLはスマホ次第!?綱渡りなシニアのスマホ事情は、早めの最適化がおすすめ」という記事を書いた。今回はその続編にあたるが、結果的にAIのシニア利用についてのワクワクは大外れ。主役は高齢者ではなく、いずれシニアになる50代の自分になってしまったのだ。
文字入力が面倒なシニアでも、日本語で話しかけるだけで使いこなせるし、人格を設定すれば話し相手にもサポートセンターにもなってくれる。シニアのスマートフォン利用を手伝ってきた身からすると、これほど相性のよさそうな技術はないように思えた。
以前、筆者はシニアのスマートフォン事情について「老後のQOLはスマホ次第!?綱渡りなシニアのスマホ事情は、早めの最適化がおすすめ」という記事を書いた。今回はその続編にあたるが、結果的にAIのシニア利用についてのワクワクは大外れ。主役は高齢者ではなく、いずれシニアになる50代の自分になってしまったのだ。
「テレビが壊れて絶望した」と言われて気がついた老後の寂しさ
都内在住の筆者は地元の自治会を手伝っている関係で、シニア世代の知り合いが多い。ある日、そのうちの1人から深刻そうな声で電話がかかってきた。どうやらテレビが映らなくなったらしい。テレビはすぐに買ったそうだが、届くまでの数日テレビが見られずつらいので、パソコンで見る方法はないかという相談だった。
その家にあったパソコンはテレビを見られなかったため、我が家で「YouTubeが見られない」という理由で使っていなかった古いテレビを貸し出したところ、びっくりするほど感謝された。
「毎日1人で話し相手がいなくて、どうしても誰かと話したくなる。テレビが壊れて、寂しすぎて絶望していた」という。笑い話のような口調だったが、テレビの音が消えただけで家のなかから人の声が完全になくなってしまう寂しさは筆者にも想像できた。
実は自分も、会社員からフリーになったとき、見てないテレビをつけっぱなしにしていたし、夜になると無性に口から言葉を出したくなって、帰宅した旦那にひたすら話しかけて嫌がられたことがあった。今も旦那が老後の話し相手になってくれるとは期待していない。
しかし生成AIならいつでも話ができるし、同じ話を何度されても嫌がらない。老後の相棒として、これほど頼もしいものはないのではないか。きっとシニアの知り合いの寂しさも埋めてくれるだろう、と良いことを思いついた気になった。
その家にあったパソコンはテレビを見られなかったため、我が家で「YouTubeが見られない」という理由で使っていなかった古いテレビを貸し出したところ、びっくりするほど感謝された。
「毎日1人で話し相手がいなくて、どうしても誰かと話したくなる。テレビが壊れて、寂しすぎて絶望していた」という。笑い話のような口調だったが、テレビの音が消えただけで家のなかから人の声が完全になくなってしまう寂しさは筆者にも想像できた。
実は自分も、会社員からフリーになったとき、見てないテレビをつけっぱなしにしていたし、夜になると無性に口から言葉を出したくなって、帰宅した旦那にひたすら話しかけて嫌がられたことがあった。今も旦那が老後の話し相手になってくれるとは期待していない。
しかし生成AIならいつでも話ができるし、同じ話を何度されても嫌がらない。老後の相棒として、これほど頼もしいものはないのではないか。きっとシニアの知り合いの寂しさも埋めてくれるだろう、と良いことを思いついた気になった。
1人暮らしのシニアにテレビが必需品なのは、雑談の声がすると安心できるという理由もある
ところが、反応は驚くほど薄かった
さっそく周囲のシニアに生成AIの話をしてみた。ところが反応は、こちらが拍子抜けするほど薄い。
「今やっている方法を、わざわざ変えたくない」
「この歳になると、新しいことを覚えたいという気力自体がなくなるんだよ」
とちょっとイラっとしながら説明された。言いたくないことを言わせてしまったみたいで、申し訳ない気持ちになった。
こちらは「便利になりますよ」と言っているつもりでも、相手からすれば「今できていることを、別のやり方に置き換えろ」と言われているに等しい。しかも、その学習コストを払える気力がもう残っていない。
前回の記事に、80歳を過ぎてからネットスーパーに切り替えるのはハードルが高すぎると書いたが、生成AIも同じ構図だった。これまでスマートフォンのことを何度も聞かれたのは、それが「どうしても必要だから」であって、生成AIはあくまで「できれば便利」ぐらいにしか思われていないし、「よく分からないから怖い」という。そんなニーズでは重い腰は上がらない。
「今やっている方法を、わざわざ変えたくない」
「この歳になると、新しいことを覚えたいという気力自体がなくなるんだよ」
とちょっとイラっとしながら説明された。言いたくないことを言わせてしまったみたいで、申し訳ない気持ちになった。
こちらは「便利になりますよ」と言っているつもりでも、相手からすれば「今できていることを、別のやり方に置き換えろ」と言われているに等しい。しかも、その学習コストを払える気力がもう残っていない。
前回の記事に、80歳を過ぎてからネットスーパーに切り替えるのはハードルが高すぎると書いたが、生成AIも同じ構図だった。これまでスマートフォンのことを何度も聞かれたのは、それが「どうしても必要だから」であって、生成AIはあくまで「できれば便利」ぐらいにしか思われていないし、「よく分からないから怖い」という。そんなニーズでは重い腰は上がらない。

赤池 淳子
編集・ライター
1973年東京都生まれ。IT系出版社を経て編集者兼ライターに。雑誌やWeb媒体での執筆・編集を行う。家電、旅行、まちづくり、子どものプログラミング教育などのテーマを追いかけている。













