バブルか、真のイノベーションか? 注目を集める「Web3」――Web2.0/3.0からひもとく

小林 啓倫

SpecialWeb3・NFTインターネットテクノロジービジネス
個人的な話で恐縮だが、筆者は2001年から2003年にかけて、米国のボストンにあるビジネススクールに留学していた。当時はいわゆる「ドットコム・バブル」が崩壊した時期にあたり、ドットコム・ブームの中心地が西海岸だったこともあってか、東海岸の教授たちは怪しげな企業が一掃されたことに「それ見たことか」という雰囲気だったのを覚えている。

当時は「ドットコム」という言葉が一種のバズワードとなっていて、この単語を社名に付けた企業が株価を上げたり、多額の投資を集めることに成功したりするという現象が起きていた。その企業の手がける業務が以前と変わらなかったり、上手くいくかどうか疑わしい内容だったりしても、である。それがバズワードの持つ力のひとつで、そうした効果を意図して狙う人々も多かった。

そしていま、新たなバズワードが注目を集めている。それが本稿のテーマである「Web3(Web 3.0)」だ。奇しくもバンク・オブ・アメリカは「過剰な投機によって、現在の株式市場は2000年のドットコム・バブルの頃と非常によく似た状況にある」という評価を行っている。

「Web 2.0」提唱者の予測

2021年末、オライリーメディアの創設者であるティム・オライリーが、インターネットの未来に関する新たな見解を述べた記事を投稿した。彼はいわゆる「Web 2.0」を提唱した人物としても知られ、ネットの進化に関する優れた知見を繰り返し示している。ただし今回は、明るい未来を予測するものではなく、バズワードとなっている「Web3」に対してくぎを刺す内容だった。彼は記事に「Why it’s too early to get excited about Web3」(Web3に興奮するのが時期尚早である理由)というタイトルをつけ、Web3のビジョンに理解を示しつつも、文字通り「時期尚早である」とコメントした。

Web 2.0が提唱され、実際にさまざまなウェブサービスとして具現化されたのは、ドットコム・バブル崩壊後の2000年代中頃だった。それから20年が経過しようとしているいま、多くの人々が、インターネットは新たな進化のステージに入ったと信じている。オライリーはWeb 2.0を推進した人物のひとりとして、Web3にも諸手を挙げて賛成しそうなところだが、逆の立場を取ったわけだ。彼はなぜ、このような見解を示したのだろうか?

Web 3.0あるいはWeb3とは何か

今となっては思い返すのも難しいかもしれないが(あるいはそんな時代は知らないという読者も多いだろう)、かつてワールド・ワイド・ウェブの世界は、テキストと静止画だけで構成されていた。情報は基本的に、ウェブサイトの管理者から発信されるだけの一方通行であり、新聞や雑誌のような存在に近かったと言えるだろう。

しかしIT技術の進化や通信速度の向上により、ウェブはしだいに華やかに、そして双方向のやり取りが可能な場になってゆく。2000年代に入ると、お馴染みのブログやソーシャルメディア、動画配信サービスなどが普及し、一般の人々が自由にコンテンツを投稿したり、リアルタイムのコミュニケーションを楽しんだりすることが当たり前のようになった。こうした劇的な変化を「既存の延長線上ではないウェブの新たなバージョン」という意味を込めて「Web 2.0」と呼ぶようになったわけである。

その意味でWeb 3.0あるいはWeb3は、ウェブの世界に新たな革新的変化が生じることを示している。ではその変化はどのようなものなのか、というのが次の疑問になるが、事情は少し込み入っている。

Web3.0あるいはWeb3をめぐる経緯は現在、以下のような流れだろう。

 ● ティム・バーナーズ=リーの「セマンティック・ウェブ」が発端
 ● Web3は「暗号化技術を活用した分散型のウェブ」
 ● GAFAや政府の監視にNo
 ● ドットコム・バブルの再来?
 ● 熱狂が過ぎた後に始まる真の社会改革

Web 3.0という言葉自体は、最近出てきたものではない。「2.0」という、ソフトウェアのバージョンをイメージさせる表現(もともとそうしたニュアンスを出す狙いが込められていたわけだが)を耳にすれば、それでは「3.0」はどのようなものになるか?を考えたくなるものだろう。実際にWeb 2.0が提唱された当初から、来るべきWeb 3.0を予測しようという動きが存在していた。

オライリーの記事では、そうした検討を行った人物のひとりとして、ティム・バーナーズ=リーの名を挙げた。ワールド・ワイド・ウェブの生みの親として知られるティム・バーナーズ=リーは、2006年5月に掲載されたニューヨークタイムズ紙の記事で、Web 3.0は「セマンティック・ウェブ」になるだろうと予測した。

セマンティック・ウェブとは、あるウェブページに何が記載されているのかを示すデータ、いわゆる「メタデータ」が一定のルールに従って付与されているようなウェブ空間を指す。なぜそのようなウェブが望ましいのか。それはメタデータがあることで機械がウェブの構造や内容を理解しやすくなり、情報の収集や操作がより効率的に行えるようになるためだ。バーナーズ=リーは、そうしたセマンティック・ウェブこそ、Web 2.0の後に来る次世代のウェブだと考えたわけである。

セマンティック・ウェブの概念は、XMLやRDFのような個々の仕組みとして一部具現化されたが、バーナーズ=リーが2006年に予想したような形では実現されなかった。そしていま、新たなWeb 3.0のあり方として人々に支持されているのが「暗号技術を活用し、匿名化・脱中央集権化されたウェブ」という概念だ。このように、バーナーズ=リーが提唱した「Web 3.0」とは異なる意味を持つため、混同を避けるため近年の議論では「Web3」の表記が使われることも多い。

この意味での「Web3」を提唱したのは、英国のコンピューター科学者で、暗号通貨イーサリアムの開発にも携わったギャビン・ウッドであるとされている。彼は2014年に、この「暗号化技術を活用した分散型のウェブ」というコンセプトを提唱し、それをWeb3と呼んだ。

いま私たちが日常的に接しているWeb 2.0は、非常に中央集権化された世界となっている。ウェブ上でのリアルタイム双方向コミュニケーション、あるいは商取引を安全に実現するためには、巨大なITインフラが必要になる。そのため、いわゆる「GAFA」(Google、Amazon、Facebook、Apple)と呼ばれる巨大IT企業がウェブ空間を支配し、現在では多くのデータが彼らの運営するプラットフォーム上で管理されている。また政府による規制や監視もあり、権力に対抗するような動きを安全に行えるとは言い難い。そうした状況に「No」を突きつけ、匿名性も守られた形でウェブを活用できるようにすること、それがギャビン・ウッドの掲げたWeb3の理想だった。

いわば単純なWebサイトの集まりだったワールド・ワイド・ウェブから、Web 2.0時代のSNSなどを経て、分散化・匿名性を重視するWeb3が提唱され、いよいよ実用的な形で具現化されようとしている。ブロックチェーン技術がその土台となり、ウッドも開発に携わった暗号通貨や、NFT(非代替性トークン)などがその代表例だ。既に暗号通貨やNFTでは、数十億円という単位での取引が行われるようになっている。またブロックチェーン上に構築されたアプリケーションでは、中央集権的な管理者がすべてを采配するのではなく、そこに参加するユーザーたちがデータ等の所有権や管理権限を有しており、匿名性を保つこともできる。こうした具体的なサービスやプロジェクトに対し、2020年代に入ってから急速に企業が関心を寄せるようになっており、ベンチャーキャピタルによる大口の投資案件も相次いでいる。
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小林 啓倫

経営コンサルタント
1973年東京都生まれ、獨協大学外国語学部卒、筑波大学大学院修士課程修了。システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米バブソン大学にてMBAを取得。その後外資系コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業などで活動。著書に『FinTechが変える!金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』(朝日新聞出版)、『IoTビジネスモデル革命』(朝日新聞出版)、訳書に『ソーシャル物理学』(アレックス・ペントランド著、草思社)、『シンギュラリティ大学が教える 飛躍する方法』(サリム・イスマイル著、日経BP)など多数。

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