Steam運営のValveが手掛けるポータブル型PC「Steam Deck」はゲーム業界にパラダイムシフトを引き起こすか

池 紀彦

BtoCSpecialゲームテクノロジー

課題はSteam OS対応タイトルの数と「最適化」

Steam Deck最大の課題としてSteam OSへのネガティブな印象が挙げられる。Valve社は2013年ごろからSteam OSやそれが動作する「Steam Machine」という規格を提唱し、Steam OSを搭載したPCを販売しようと計画していた。しかし、正直なところあまり成果は得られず、現在に至っている。計画当時、Steam OSで動作する対応ソフトがそろわなかったことがその要因の1つとして考えられる。

これはつまり「最適化」の問題でもある。PS5やXbox Series Xといったゲーム機においては、搭載するAPU上で最も快適に各種ゲームタイトルが動くようにOSやゲームタイトルが最適化されることでゲームのパフォーマンスを最大限に発揮できるように調整されている。また、ゲーム開発者が開発で使用するための各種ライブラリなども、プラットフォーム側が提供している(ライブラリについては自社開発のケースもある)。どんなにすばらしいハードウェアがあったとしても、そこに最適化されたOSなどのソフトウェアがそろわない限り、理想は実現できない。
 
今回、Steam Deckの発表の中で、Valve社はAPUについて、単に既存のゲーム機で使われている物をそのまま供給してもらうのではなく、AMD社と共同開発しているとしている。つまり同社がリリースで謳うパフォーマンスについては、Steam OS上での動作を前提として、最適化のことも意識していると考えられる。
 
ところが12月発売予定にも関わらず、8月の現時点で「Steam Deck」開発者向けページでは、開発者がSteam OS上でゲーム開発するために必要な開発者キットは“準備中”とされている。実際に開発パートナーとして契約してみないと、正確な進行状況は分からないが、表に見えている限りでは、Steam OSに最適化されたタイトルがSteam Deck発売までにどのくらいそろうのか、不安も感じられる。

こうなるとタイトル数確保は前述のWindows用Steam対応ソフトが動作する互換レイヤーProton次第ということになる。だが、互換性を確保するための処理実行を考えれば、パフォーマンスが犠牲になる可能性は極めて高い。少なくともNATIVEのSteam OS対応ゲームと比較すると、そのパフォーマンスは劣ると予想される。

また、互換性を確認するにはコミュニティのProtonDBを参照するのが今のところ最も有効だが、現状ではWindows用Steamのゲームがリリースされてから、それを実際にProton上でプレイしたユーザーが投稿するレポートを情報元として、そこから互換性を検証したり、修正用のパッチを当てたりすることで、開発社側がより互換性を向上している。つまり、レポートの少ないマイナーなタイトルや、完全な新作については、ProtonDB上にもデータがなく、ユーザーにとっては動作するかどうかは不透明だ。マイナータイトルや新作がすぐにSteam Deckで遊べる保証や情報がないというのは、ゲーム機としては不安な要因になる。

Valve社としては、Protonの完成度を高めることで、膨大なSteamライブラリ資産の活用を目指しているのだと思われるが、それが発売日までにどこまで充実させられるかがSteam Deckの課題のひとつと言える。

Windows機として互換性を確保する方法も

また、互換性の観点から言えば、Steam DeckにWindows10を入れ直すという選択肢もある。「Steam Deckについてのよくある質問」には「Steam DeckはPCなので、(Windowsをはじめとする)他のOSも含め、好きなソフトウェアをインストールできる」と記載されている。Windows 10が正常に動作するのであれば、Steam OS以上の互換性が確保できる可能性が高い。
 
ただ、Windows 10での動作にも気になるポイントがある。まずはAMD社が正式なドライバを用意するか否か。Steam OS上でのドライバについてはおそらくAMDも、Steam Deckに最適化されたものを用意すると思われる。だが、同社がWindows 10までサポート範囲を広げるかについては、現時点ではアナウンスもなく、未知数だ。APUはCPUとGPUが一体となった特殊な作りのハードウェアのため、Windows 10がインストールできたとしても、その上で動作するデバイスドライバの作りが悪ければ、何かを起動するたびに青色の画面(ブルースクリーン)が立ち上がり、互換性以前の問題となってしまう可能性もある。

もう1点気になるポイントが、Windows 10上でのパフォーマンスだ。当たり前の話だが、Windows 10はゲーミングOSではなく、汎用的なPC用のOSである。そのため、動作中は搭載したPC上でゲームとは無関係のさまざまな処理を並行して行っている。ゲーム専用機では不要な処理も行われるため、パフォーマンスはその分低下する。せっかく既存のゲーム機と同レベルのAPUを搭載していても、Steam OS以外のOSではパフォーマンスが落ちる可能性も高い。

このように見ていくと、Steam Deck普及においては、どれだけのゲームがSteam OSで互換性を得られるか、あるいはWindows 10搭載に対してどこまでAMD社からの協力が得られるか、の2点が重要になると考えられる。

Steam OSでは物理キーボードなしでも操作できるようなシンプルなインターフェイスを備えるが、文字入力が必要な場合は、ソフトウェアキーボードで文字入力も行える

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池 紀彦

ゲーム&ガジェットライター
自ら触れて得た体感を形にする兼業ライター。ソフトウェア事業のディレクションと検証を行なう傍ら、パソコン雑誌編集部やAV機器メディア編集部を経て得た経験を活かし、パソコン、ガジェット、ゲーム、おもちゃなどのレビューを日夜各所で執筆。ThinkPadと程よい懐古物を好み、懐かしのゲームやパソコン、アニメ、漫画などをこよなく愛します。「やってみた」には定評あり。

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