新聞の苦境と小規模メディアの盛況 メディアの生き残り術を考える:鵜の目「鷹木」の目

鷹木 創

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「ペイウォール」は“諸刃の剣”

日経新聞をはじめとした多くの全国紙は、オンライン版ではペイウォールを立て、課金ユーザーだけが記事すべてを読めるようにしています。ただ、この戦略は諸刃の剣だと思っていて。日経BP社のケースが反面教師になると思うんですよね。

2000年代ぐらいって、日経BP社の媒体の存在感が強かった記憶があるんです。「日経ビジネス」をはじめとしたBPのWeb媒体は、当時としてはページビュー(PV)も多かった。そこがいち早くペイウォールを立てました。
 
その後、東洋経済新報社やダイヤモンド社など、BPの競合たちがWebに注力し始め、無料記事で億単位のページビューを稼ぐようになり、相対的にBPの存在感が薄れました。BPの記事は昔はよく見ていたはずなのに、記事がソーシャルにも流れて来なくなったという印象があります。結果的に2020年には日経新聞が日経BPを吸収してBPの媒体群を整理統合していきます。

ペイウォール戦略は、メディアが生き残るマネタイズの選択肢としてはアリなんですが、リーチが広がらなくなります。リーチと課金を両立するのはなかなか難しいですよね。

日経新聞デジタル版の有料会員は約90万人いるそうです。日経はビジネスに特化した新聞という、ある種のニッチさがあるのが強み。日経なら「自分の業界の記事は見ておくか」と思うけれど、例えば朝日新聞の社会面で見る記事にお金を払うかというと、似たような記事は他の媒体にもあるから、無料媒体の他の記事を読むようになりますよね。日経以外の一般紙は厳しい状況だと思います。

「月3000円」の会費は高いのか

テクノエッジやデイリーポータルZもそうなのですが、もう少し小さなメディアではメディア自体はオープンなまま、ファン向けの有料コミュニティを開設し、読者から支援をいただくという試みが行われています。

今、テクノエッジの有料コミュニティ「テクノエッジアルファ」は月額3000円(年額3万円)で100人の先行限定会員がいます。メリットは、専用のDiscordコミュニティに参加し、編集長のIttosaiを含めた編集部員とコミュニケーションできることと、有料イベントに無料で参加できることです。「Ittosaiの記事が読みたいから月3000円払って応援したい」という気持ちで払っていただくイメージですね。

3000円は高いですよね。でも、それだけ払ってくれるならば、テクノエッジに文句を言ってくれてもいいよという気持ちでやっています。月500円や100円だとユーザーにとっては簡単に会員になれますが、500円で文句を言われてしまうのはつらいなあと。金額を決めるに当たって、社内でいろんな議論がありましたが、年間3万円以上払ってくれる方に文句を言われるなら「悪かった、直そう」と思えるよね、と。

テクノエッジは社員5人ぐらいでやっているので、人件費を含めた最低限の運営費が月500~600万円。月3000円払ってくれる会員が1000人集まると月300万円になるので、黒字化がだいぶ見えてくる。300万円は、タイアップ広告で換算すると2本分ぐらいです。

そういえば、私がかつて編集長を務めていた「Engaget日本版」で、無料だった読者イベントを有料にしたことがありました。社内では反対もあったんですが、3000円で1000人集まれば300万円になります。イベントのスポンサーでいえば「ゴールド」スポンサーが500万円ぐらいだとすると、「ブロンズ」や「シルバー」と呼ばれるようなゴールドに次ぐランクになります。そこまで出してもらえればありがたいと感じるし、参加してくれた人のためにイベントをやろうと思えますよね。逆に、スポンサーだけからお金をもらうかたちだと、どうしてもスポンサーの方だけを向いた内容になってしまいます。

「サービスとしてのメディア」を考える

テクノエッジアルファは、第1期としてまず100人でいったん締め切りました。この100人は、ファーストペンギンだから活気があってみんな面白いんです。

100人のうち、Discordコミュニティに登録してくれているのが80人ぐらい。うち、20人ぐらいが熱心に投稿してくれます。月1000円になる「学割」もあるので、高校生もいるんです。Ittosaiも熱心に投稿して、とても盛り上がっています。いまのところ荒れる気配もないですね。

今後ユーザーインタビューを進めて、読者が本当に望んでいるものを洗い出して、サービス化した上で、第2期を募集できればと思っています。

一般的にメディアには取材機能や記事をつくる機能はあるけれど、細かいニーズには対応できていません。テクノエッジアルファの会員からはニーズを引き受け、クライアントからの要望としてシステマティックに聞けるかたちにしてあげるのが大事なのかなと。それが記事なのか、会員向けサービスなのかは分かりませんが。

読者からの要望をサービスに反映するという運営は、アプリ開発に似ています。前職のスマートニュースでは、定期的に読者にインタビューして、その内容をプロダクトに落とし込んでいました。それをメディアでもできるんじゃないかなと思っていて。SaaS(Software as a Service)のように、メディアをサービスとして提供する「Media as a Service」(サービスとしてのメディア)みたいなのが成立するんじゃないか。

ただ、ブランドとサービスは両輪で成り立たせなくてはいけません。ブランドとしてのIttosaiが好きで、そのメディアが困っているならお金を出していいよ、という人を集めたいんですね。「この機能を追加するから、そこに課金して」といったかたちに落とし込みすぎるのも怖い。機能や特典目当てだと、それがなくなったら人が離れてしまいます。

テクノエッジは“Ittosaiカルチャーメディア”だと思っていて。個人の魅力に集約するのがメディアの一つの形だと思っています。YouTuberなんかもそうですよね。個人の魅力で100万、200万とユーザーがつく。それをうまくブーストするプラットフォームがあればいいなと。

メディアを支える“ユーザーピラミッド”仮説

メディアビジネスを考えるにあたり、読者をピラミッド構造で分析してみましょう。頂点には、課金会員がいます。その次に、無料のメールマガジンやニュースレター会員がいる。その次にサイトをブックマークして直接見てくれる人がいて、その下に、スマートニュースやYahoo! JAPANといった外部配信サイトで記事を知る人がいる。

何かのきっかけがあると、下のラインにいた人が段階を上がってくれるのではないかと考えていて、スムーズに上ってくれるかたちが作れるといいかなと思っています。メディアへの貢献度は段階が下がるほど低くなるんですが、すそ野を広げることで全体が広がるし、段階を上がってくれて、最終的にアルファ会員(課金会員)になってくれればいいなと。

テクノエッジのドメインを見てくれるユニークユーザー(UU)は100~200万人います。うちニュースレター購読者が月1万人ずつ増えていて、3月には10万人を突破しそうです。つまりUUのうち、メルマガ会員率は10%ほど。そして、有料ユーザーが100人いますから、UUの0.01%が有料ユーザーになる。このロジックが正しいなら、リーチを増やし、メルマガ会員を増やしていけば、有料会員も増えるということになります。

そういう意味でも、テクノエッジは記事をペイウォールの向こうに置くつもりはありません。今、日本のテクノロジーメディアで一番面白いのは(僭越(せんえつ)ながら)テクノエッジだと思っています。なので、面白い記事でテクノエッジを伸ばしていけば生き残る価値も出てきそう。そこで、リーチを伸ばして会員候補に届くようにしていく。

女性誌の読者モデルの構造はすごいと思っていて。女性誌で読者モデルになった人は、喜んでブログに書いてくれたりする。読者が自ら媒体を宣伝してくれるんです。テクノエッジアルファも読モみたいな存在になりたいですね。今はお金を払えばアルファ会員になれるけれど、例えば、編集部が認めた人を「ベータ」会員に引き上げるという制度を作って、会員がベータ会員であることを喜び、宣伝してくれたりしたらうれしいなって。

寄付モデルの可能性は

メディアのビジネスとしては、記事は無料で出して、納得した人や支援したい人から寄付を募るという形態もありますよね。文春オンラインは2023年に「寄付プラン」を始めています。1500円以上の寄付をすることで、媒体をサポートできるというものです。有料記事は寄付とは別で買う必要があるし、見返りは特にありませんが、開始2カ月で350万円の寄付を集めたそうです。 

今ある媒体でいえば、例えば朝日新聞は寄付モデルに向いていると思います。無料の記事を読み終わった後に「この記事の取材経費はいくらでした。こういう記事が読みたい人は寄付してください」と表示する。かかった経費も含めて生々しく出せば、支援されやすいんじゃないのと。

全国紙には各地に支局があり、記者ネットワークが築かれていましたが、それが今、崩れようとしています。ビジネスはほとんど、自社ビルを売ったり、土地を貸したりすることで成り立つ“不動産モデル”になりつつある。もう一度本業に立ち返り、記事への寄付モデルなどを前向きに検討したほうがいいんじゃないかと思います。

そういう意味で、メディアプラットフォームのnoteがやろうとすることは、すごくよく分かります。noteは記事を最初から、あるいは途中から有料化することもできますが、記事全体を公開しておいて、読んだ後に寄付してもらうこともできます。記事を開く前の課金だと、読者にとっては賭けになってしまいますから、読んだ後で寄付、というかたちでの課金は正しいと思いますね。小さい媒体はリーチが勝負だから、読者が少ないままペイウォールを立てると縮小してしまいます。

ただ、今テキストメディアは成熟期で、今後爆発的に伸びることはないから、何かを探さないといけないと思っているんですけれどね。伸びるところでやらないと……。

テクノエッジも、動画をやったり、SNSを頑張ったり、いろんな方面を試していきたいですね。
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鷹木 創

編集主幹
2002年以来、編集記者や編集長などとしてメディアビジネスに携わる。インプレス、アイティメディアと転職し、2013年にEngadget日本版の編集長に就任。 その後スマートニュースに転職。国内トップクラスの機械学習を活用したアプリ開発会社においてビジネス開発として活躍。2021年からはフリーランスとして独立、IBM、Google などのオウンドメディアをサポートしている。

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