NHK大河『豊臣兄弟!』秀長の選択— 秀吉と柴田勝家が主導権を争った賤ヶ岳、前線を守った秀長

小林 啓倫

Specialカルチャー映画・音楽

大岩山の危機と「美濃大返し」

天正11年4月、戦況を揺るがす事態が起きる。岐阜の織田信孝が再び秀吉に敵対する動きを見せたため、秀吉は軍勢を率いて美濃の大垣方面へ向かったのである。この間、秀長は前述の田上山砦に本陣を置き、秀吉不在下の羽柴軍を支える指揮官の1人として活躍したと考えられている。

総大将不在の隙を、勝家方の猛将・佐久間盛政(演:遠藤雄弥さん)は見逃さなかった。4月20日、盛政は羽柴軍の大岩山砦を奇襲し、守将の中川清秀(演:すがおゆうじさん)は討死する。長浜城歴史博物館が所蔵する賤ヶ岳合戦図屏風は、この20日の大岩山砦の攻防と、翌21日の追撃戦を左右の隻に描き分けており、当時からこの2日間が戦いの山場と認識されていたことがうかがえる。

知らせを受けた秀吉は、驚異的な速さで対応した。大垣から木之本までの十三里、約52kmを、わずか5時間で駆け戻ったと伝わる。世に言う「美濃大返し」あるいは「大垣大返し」だ(ただし5時間で52kmというのは誇張ではないかとのもある)。深入りしていた佐久間隊は撤退中に捕捉され、追撃戦の中で福島正則(演:松崎優輝さん)ら「賤ヶ岳七本槍」の武功が生まれた。さらに柴田方の前田利家(演:大東駿介さん)が戦線を離脱すると、柴田軍は総崩れとなる。勝家は越前の北ノ庄城に退いたが、羽柴軍に包囲され、4月24日、お市の方とともに自害した。

ここで見落としてはならないのは、大返しが成立した前提だ。秀吉が「戻れた」のは、戻るべき戦線が崩壊せずに維持されていたからだ。大岩山という一角は破られたものの、田上山をはじめとする羽柴軍の陣城群は持ちこたえた。大岩山の陥落に伴い、隣接する岩崎山の高山右近も砦を支えきれず退却したが、その将兵は秀長の陣所に収容されたと伝わる。前線が破られたとき、崩れを最小限に食い止め、敗走を潰走(かいそう、戦いに惨敗し、秩序や陣形を保てずにバラバラになって逃げること)にしない。秀長はその役割を果たしていた。トップの華麗な逆転劇の裏には、戻る場所を死守した留守番役がいた。

戦後の勢力図、播磨・但馬を任された秀長

賤ヶ岳の勝利により、織田家臣団の生き残り競争は事実上決着した。信孝は自害に追い込まれ、滝川一益も降伏。秀吉は織田家の一武将から、天下人への道を歩む存在へと成り上がる。この年の9月には大坂城の築城も始まり、「ポスト信長」の答えは誰の目にも明らかになった。清洲会議に列した4人のうち、勝家は滅び、丹羽長秀と池田恒興は以後、秀吉の優位を認めて従う側に回る。会議からわずか10カ月で、宿老たちの合議の時代は終わった。

その論功行賞で、秀長には播磨・但馬(現在の兵庫県南西部・北部)が任され、姫路城を居城とすることになった。姫路城は、かつて秀吉自身が中国攻めの拠点とした城であり、播磨も西国支配や毛利氏への備えにおいて重要な位置を占めていた。この地域の統轄を弟に委ねたことは、秀吉が秀長を一門の中核として厚く信頼していたことを示す人事と見ることができる。もっとも、播磨・但馬には秀吉政権下の諸将が各地の城や所領に配置されており、秀長の支配は彼らを束ねる重層的なものだった。それでも賤ヶ岳を境として、兄の代理として一方面を束ねる統治者へと、秀長の立場は明確に一段上がった。

秀長にとって賤ヶ岳とは何だったのか

賤ヶ岳の戦いは、秀長にとってどのような出来事だったのだろうか。七本槍のような武勇伝は残っていない。大返しという伝説も、彼のものではない。しかし現代人の目線から見ると、秀長の働きの意味がはっきり見えてくる。

その1つ目は、「トップの不在に耐える組織」を用意したことだ。経営者が新規案件や危機対応で現場を離れた瞬間に回らなくなる組織はもろい。現代の組織でも、エースの離席と同時に業務が止まる部署と、誰が休んでも淡々と回る部署の差は、平時には見えず、危機のときにだけ現れる。秀吉が岐阜へ出られたのも、大垣から迷わず駆け戻れたのも、留守を任せられる秀長がいたからだ。

2つ目は、勝敗を分けたのが決戦当日の武勇ではなく、1カ月におよぶ対陣を支えた築城と兵站という「日常業務」だったことだ。秀長はその中枢にいた。仕事の成否が佳境のひと押しではなく、それ以前の段取りで決まっているというのは、現代のビジネスパーソンにも身に覚えのある話だろう。

3つ目は、こうした地味な貢献が、播磨・但馬という論功にきちんと反映されたことである。目立たない仕事は評価されない、とは限らない。少なくとも秀吉は、弟の働きの価値を正確に見抜いていた。貢献が見えにくい仕事をしている人ほど、それを見抜ける評価者の下で働けているかどうかが、キャリアを大きく左右するのではないだろうか。
「美濃大返し」という英雄譚は、戻る場所を守り抜いた者がいて初めて成立した。派手な逆転劇の陰で静かに戦線を支える。それが賤ヶ岳における秀長の選択であり、その価値は450年経った今も古びていない。

【関連記事】

17 件

小林 啓倫

経営コンサルタント
1973年東京都生まれ、獨協大学外国語学部卒、筑波大学大学院修士課程修了。システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米バブソン大学にてMBAを取得。その後外資系コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業などで活動。著書に『FinTechが変える!金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』(朝日新聞出版)、『IoTビジネスモデル革命』(朝日新聞出版)、訳書に『ソーシャル物理学』(アレックス・ペントランド著、草思社)、『シンギュラリティ大学が教える 飛躍する方法』(サリム・イスマイル著、日経BP)など多数。

ranking

  • 1
    サムネイル

    日傘愛用者による「モンベル」と「サンバリア100」徹底比較レビュー、折り畳み傘がいい?それとも長傘?

  • 2
    サムネイル

    小学生がどハマりする生成AIキャラクター「イタリアンブレインロット」の中毒性と拡散力

  • 3
    サムネイル

    長持ちする?お手入れは?「東レサマーシールドII COKAGE+」「サンバリア100」「モンベル」比較レビュー

  • 4
    サムネイル

    ノンフライヤーで「業スー揚げ物」の限界に迫る!業スーの冷凍フライの逸品5選

  • 5
    サムネイル

    本当に釣れるの? ダイソーの釣り用品を購入! 実際に釣りに行った釣果は?

  • 1
    サムネイル

    日傘愛用者による「モンベル」と「サンバリア100」徹底比較レビュー、折り畳み傘がいい?それとも長傘?

  • 2
    サムネイル

    小学生がどハマりする生成AIキャラクター「イタリアンブレインロット」の中毒性と拡散力

  • 3
    サムネイル

    夏を涼しく!手軽に“ひんやり”を楽しめる家電エバンジェリストおすすめのキッチン家電5選

  • 4
    サムネイル

    長持ちする?お手入れは?「東レサマーシールドII COKAGE+」「サンバリア100」「モンベル」比較レビュー

  • 5
    サムネイル

    ノンフライヤーで「業スー揚げ物」の限界に迫る!業スーの冷凍フライの逸品5選

  • 1
    サムネイル

    日傘愛用者による「モンベル」と「サンバリア100」徹底比較レビュー、折り畳み傘がいい?それとも長傘?

  • 2
    サムネイル

    小学生がどハマりする生成AIキャラクター「イタリアンブレインロット」の中毒性と拡散力

  • 3
    サムネイル

    東京・横浜から日帰りで大人も子どもも楽しめる!小田原で壮大な「地球史」と老舗うなぎを堪能する

  • 4
    サムネイル

    ノンフライヤーで「業スー揚げ物」の限界に迫る!業スーの冷凍フライの逸品5選

  • 5
    サムネイル

    長持ちする?お手入れは?「東レサマーシールドII COKAGE+」「サンバリア100」「モンベル」比較レビュー

internet for you.