NHK大河『豊臣兄弟!』秀長の選択──「中国大返し」は奇跡ではなく、弟秀長の段取力だった

小林 啓倫

Special映画・音楽

「27里を一日一夜」は本当だったのか

ところで中国大返しといえば、「超高速の強行軍」というイメージが強い。その根拠は、秀吉自身が後に書状で「廿七里之所を一日一夜ニ姫路へ打入」、つまり27里(約108km)を一昼夜で駆け抜けて姫路城に入った、と記している点にある

だが近年、この通説に正面から疑問を投げかける研究がある。九州大学の服部英雄名誉教授は、「ほらの達人 秀吉・『中国大返し』考」と題した論考で、行軍の最中に書かれたリアルタイム史料を検証している。それによれば、秀吉本人が6月5日に発した書状(梅林寺文書)には、すでに備中高松の陣を引き払って備前国の野殿(現在の岡山市北区)まで来ており、状況次第で沼城まで進むと書かれているという。さらに別の同時代の書状からは、先遣隊が6月4日には備中をたち、6日に姫路城へ入っていたことが読み取れるとする。

つまり服部説に従えば、秀吉は通説のいう「6日に高松を出て7日に姫路着」ではなく、5日に出発して7日に着く、3日がかりの行軍をしていたことになる。1日あたり約9里(約36km)、たしかに速いが、不可能な速度ではない。では「一日一夜で27里」という派手な記述は何だったのか。服部氏は、これが後に秀吉と対立し始めた織田信孝に対して「あなた様をお救いするため昼夜駆け通した」とアピールする文脈で書かれた誇張、いわば秀吉一流の「ほら」だったと断じている。

もちろんこれも1つの説であり、通説どおりの強行軍だったとする理解も依然として根強い。ただ、一次史料の日付の整合性という観点では、服部説の検証は重い。「広く信じられていること」と「検証に耐えること」は別物だという話は、秀吉と寧々の結婚年論争でも見た通りである。

中国大返しは「奇跡」ではなく、「段取り」だった

服部説に立つなら、中国大返しの本質は超人的な脚力ではない。先遣隊を編成して進路の警備と宿の手配を先行させ、2万人の軍勢を複数の経路に分散させ、荷駄(にだ、馬などで運ぶ荷物のこと)は水運も使って運ぶ。姫路城にはあらかじめ軍資金と兵糧が蓄えられていた。2万人の移動とは小さな町が丸ごと引っ越すようなものであり、それを9日間で破綻なくやり遂げた、秀長の「段取りの勝利」こそが、大返しの実像だったことになる。

姫路城に帰り着いた秀吉が、城内に蓄えていた金銀と米を惜しげもなく将兵に分け与え、来るべき決戦への士気を高めたという逸話も広く伝わっている。後代の脚色が混じっている可能性はあるが、長距離の行軍を支えたのが兵站と動機付けの設計だったという点では、この逸話も同じ方向を指しているといえるだろう。

そう考えたとき、殿という秀長の持ち場の意味も変わって見える。最後尾を固める者がいるからこそ、本隊は背後を気にせず行軍速度を上げられる。秀吉が「京で光秀を討つ」という一点に集中できたのは、後方の不確実性を引き受ける人間がいたからだ。これは但馬・播磨の平定以来、占領地の経営という地味な仕事を担い続けてきた秀長にとって、いつも通りの役割分担だったのではないだろうか。

天下分け目の天王山

そして6月13日の、秀吉が光秀を打ち破る「山崎の戦い」。この戦いでも、秀長の配置は象徴的だ。山崎観光案内所の合戦解説によれば、秀吉軍は3隊に分かれ、秀長は黒田官兵衛らとともに左翼、天王山の山裾を受け持った。戦端が開かれると、秀長らの部隊は天王山中腹から進撃してきた明智方の松田政近・並河易家の両隊と交戦し、1時間ほど一進一退の攻防を続けたと伝わる。戦局を決めたのは、右翼の池田恒興(演:堀井新太さん)らが川を渡って敵の側面を突いた奇襲だった。

ここでも秀長は、勝敗を決める派手な一撃ではなく、戦線が崩れないよう「面」を支える側に立っている。撤退では最後尾、決戦では側面の支え。いずれも、失敗すれば全軍が崩れるが、成功しても名前が残りにくい持ち場である。この戦いの舞台となった天王山が、後に「天下分け目の天王山」として勝負どころの代名詞になったことを思えば、それを黙々と支えていた秀長のことも、もう少し知られてもよいのではないだろうか。

しかし、今年の大河はまさに秀長が主役。本能寺の変から山崎の戦いまで、彼のいぶし銀の活躍が描かれるはずだ。

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小林 啓倫

経営コンサルタント
1973年東京都生まれ、獨協大学外国語学部卒、筑波大学大学院修士課程修了。システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米バブソン大学にてMBAを取得。その後外資系コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業などで活動。著書に『FinTechが変える!金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』(朝日新聞出版)、『IoTビジネスモデル革命』(朝日新聞出版)、訳書に『ソーシャル物理学』(アレックス・ペントランド著、草思社)、『シンギュラリティ大学が教える 飛躍する方法』(サリム・イスマイル著、日経BP)など多数。

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