スタジオジブリの映画『君たちはどう生きるか』で思い知った「ネタバレ」と「考察」の足かせ

花森 リド

Specialライフスタイル映画・音楽

この映画の名前は?

スタジオジブリの長編アニメーション『君たちはどう生きるか』が封切られた7月14日は奇妙な日でした。上映日を待ち構えていた人たちで劇場の予約は満席だったというのに、SNSもYouTubeもTikTokもシーンとしていたのです。

いち早く見た人に感想を尋ねても、みな口をモゴモゴさせます。「見た」というそっけないキャプションとともに映画のチケットの半券をInstagramにアップしてみたり、「夏が終わるまでにもう一度見なくちゃ」とつぶやいてみたり。

プロモーションはポスター1枚のみで、あらすじも、キャストも、音楽も、本編映像の一部公開もナシ。リークすらありませんでした(スマホの新機種は大抵リークされるのにね)。

「こんな異例のプロモーションはジブリだからできたこと」と評する人もいます。確かにそうなのでしょう。私を含め、日本の1980年代中盤以降に生まれた人たちは、子どものころからスタジオジブリの作品を日テレ系列の「金曜ロードショー」で繰り返し視聴してきました。しかも「今日はトトロだよ!」とか言って、まるで給食で人気のおいしいカレーが出る日のような存在なんです。「何度目だナウシカ」なんてスラングがあるくらい何度も何度も見てるのに、それでもナウシカの日はカレーの日と同じくらいちょっと特別。『耳をすませば』の放映翌日なんてクラス中が祭りですからね。この愛と信頼感よ!

だから今回の静けさは、ますます特殊なものに思えました。

公式のプロモーションチームが守った「沈黙」を観客もちゃんと引きずっていることに私はとても感心しました。そして観客動員数が増えるにつれ、まるで共犯者が少しずつ増えていくようなのに、それぞれが何に加担しているのか誰も自覚していないようにも見えました。例えば、ある友人はFacebookにこんなことを書いたのです。

「見ました。ところでこの映画の略称って何?」

本当に誰も何も知りませんでした。『アナと雪の女王』なら“アナ雪”、『カメラを止めるな!』は“カメ止め”、ジブリの『風の谷のナウシカ』だって“ナウシカ”なのに、さて『君たちはどう生きるか』は……?(私は勝手に“君たち”と呼んでいますが、とくに賛同者はいません)

「(みんなが知ってる)名前がない」というのはかなり落ち着かない状態です。恐怖ですらあります。なのにこの映画はそのスタイルを貫き、そして観客がまとまる気配もない。しかも何か重大なネタバレを言うのをガマンしているようにも見えない(だいたい、そういうのは遅かれ早かれお調子者の誰かがバラすのに)。

いや、本当にこの人たちは、何も共有していないバラバラの存在なのか……?と、いよいよ気になってきたあたりで私も劇場に足を運び、まんまと沈黙のムーブメントに巻き込まれ、共犯者の仲間入りを果たしました。

共犯者である私が書く本稿は、内容については何も言いません。でも「なぜ言わないままで耐えられるのか」については書いてみたいと思います。それはスマホ片手に情報交換を繰り返す私たちにとって、かなり特殊な状況だったからです。

そうそう、私が観客を「共犯者のようだ」と思ったのには、もう1つ理由があります。みんな目の奥が妙に光っていたのです。しかもいろんな光り方をしていました。

「しっかり見てくるといいと思うよ」

いつもなら冗舌に語りそうな、ネタバレに無関心かつ無邪気な人たちですら、かろうじて絞り出すようにして言う感想が「わからん……」や「鳥……」でした。単語すぎる。

そして仲の良い友人にこっそり感想を尋ねても、切れ切れの言葉ばかり。しかも「これはネタバレにもなんにもならないと思うけど」という前置きつき(映画を見た後に思い返すと、たしかにネタバレでもなんでもない話ばかりでした)。思い切って「ねえ、鳥なの?」とこちらが水を向けても「鳥だねえ」としか答えてくれない。でも「しっかり見てくるといいと思うよ」とも言ってくれるのです。まるで子どもを新しい世界に送り出すお母さんみたい。

いったいどれほどアブストラクト(抽象)で前衛的な映画なんだろうか……とハラハラしながら劇場(旅行で訪れていた山形県天童市にあるイオンモール天童内のイオンシネマ。イオンモール天童は“イモ天”と呼ばれているらしい)に向かい、じーっと見てきました。

途中、隣に座ったカップルがヒソヒソと「ねえ、わかんないんだけど……」と不安そうにつぶやくのも込みで、なんだかとても良い体験だったのは確かです。劇場に足を運んだ者同士が2時間ほど同じ空間の似たような座席に腰掛け、誰かが長い時間をかけて作った映画を見る。人間が大昔から繰り返してきた「演劇を見る」ことそのままの素朴で力強い行為でした。

上映後、「このパワフルさはなんなんだろうなあ」とモグモグ考えながら賑やかなイオンモール天童を歩いたのは、たぶん一生忘れないと思います。
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花森 リド

ライター・コラムニスト
主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」、「Engadget 日本版」、「映画秘宝」などで執筆。Twitter:@LidoHanamori

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