大学入試といえば、受験生と保護者にとっては人生の一大イベント。しかし、その舞台裏で何が起きているのか、想像されたことはあるだろうか。2025年の共通テストと私大本試験で初めて試験監督を務めた私が目にしたのは、マニュアル通りには決して進まない、ジャズの即興演奏（アドリブ）のような現実と、緊張そして熱気に包まれた独特の時空間だった。

厳粛な雰囲気の中に垣間見える人間ドラマ、大学入試本部の緻密な計画と現場での即興的対応、そして意外にもコミカルな場面の数々。教室の風景をただ静かに見守るだけと思っていた試験監督の仕事は、実に多様な発見に満ちていた。

だが入試は魂が揺さぶられる“メロい”イベントなので、世間がさまざまに感情をかき立てられることも少なくない。入学式シーズンも終わり、さすがにそろそろほとぼりも冷めているであろう「今さら」な5月だからこそ、大学入学共通テストというまさに決戦の日の内側から見えた光景を、前後編に分けてこっそりとお届けしたい。

都内の私大でのんびりとやらせてもらっている教員生活も6年目のある日、大学から「入試試験監督のお願い」というメールが来て、興味を引かれた。非常勤だからそういうのは関係ないと思っていたけれど、人手が足りないのだろうか？

よく読むと大学入学共通テスト（昔の共通一次やセンター試験にあたる）と、本試験（いわゆる私大二次試験）の両方で協力を募集している。「三親等以内に受験生がいる場合はお引き受けいただけません」とのことだけれど、ちょうど下の子の大学入試も終わった私は、もう利害なしだからどっちもやりますよー、と、軽い気持ちで両方を引き受けた。入試前年の10月末のことだ。

年末になって自宅に届いたのは重たい封書。「大学入学共通テスト 入試監督資料」の文字に「なんでこんな分厚いの!?」と二度見して開けてみれば、注意点が克明に解説された厚さ2センチの分厚いマニュアルと、説明動画のURLが。ううむ、さすが大学入試、えらく厳密なものであることを悟る。

説明動画は2時間……。だがこちらも年末進行のど真ん中だったので寝かせ、年明けかつ大学授業の学期末の1月になって、せめてもの時短を図るべく1.25倍速で視聴。それでもダルい。学生がオンライン授業を見るときにタイパ対策で2倍速で見るという気持ちがわかる。わかるけど、この年になると2倍速は動体視力がついていかないので、叶わず。「重要」「厳守」の文字が躍る画面に目を凝らし耳を傾け、マニュアルにも書き込んだりして、私が受験生状態である。

そして動画も終盤、入試本部スタッフが突然神妙な面持ちで「当然ながら、SNS投稿は厳禁です」と切り出した。そして昨年度、教員がウキャウキャと入試資料の写真をアップしてしまったSNS投稿が晒される。タグも付けていないのに発見されたらしい。怖い。いやリスク管理として当然なんですけれども、大学側の監視の目は思いのほか光っているようだ。

誰かの人生を左右しかねない入試監督業務に、不安は募るばかり。試験前夜にたまたま出演したABEMA Primeのエンディングで「河崎さんは明日からの大学入学共通テスト、試験監督だそうですね」と振られ、「もうプレッシャーでプレッシャーで……」と答えたのは、笑いを取るためでなく本心からだった。

テレビ局からタクシー帰宅した深夜、遠足前の小学生のように持ち物を指さし確認。入試監督のしおり、教員の印である腕章、時刻合わせ済みのアナログ腕時計（電子機器の持ち込みは受験生同様に厳禁）、筆記用具などなど……。ヨシ！ さらに念のため、栄養ドリンクや咳止め飴やスプレー、血糖値アップのためのチョコレートまで用意した私は、すでに受験生よりも緊張していたかもしれない。

横浜の住人である私にとって、埼玉という土地は物理的にも精神的にも遠く、異国同然なのである。私が教える私大の共通テスト会場となる某埼玉キャンパスは、最寄り駅がJR武蔵野線駅からも東武東上線駅からも「徒歩約20分」という絶妙に不便な位置取り。『翔んで埼玉』並みに埼玉をdisることを身上とする神奈川県民としては、「さすが埼玉……それ最寄りじゃないじゃん……」と呟かずにはいられない。

電車を乗り継ぎ、すでに2時間弱。電鉄同士の横方向の接続を（おそらく意図的に）放棄している埼玉の交通事情を心の中で呪いつつ、遅刻だけは避けたい一心で、キャンパス最寄り駅で迷わずタクシーに飛び乗った。運転手さんも「あそこね、微妙に遠いですよねぇ」と同意してくれたのが唯一の救い。

やっとの思いで到着した会場控室に足を踏み入れた瞬間、そこはすでに人の海。教員だけで200人ほどが集結し、入試本部スタッフやアルバイト学生も加えれば優に300人を超えそうな大所帯。これに受験生2000人や保護者が加われば、この陸の孤島はちょっとした小都市と化すわけで、これが大学共通テスト、やっぱり大きなイベントなんですね。

すれ違う教員同士は皆、緊張感漂う閉ざされた空間で今日一日を共にする運命の人々。ここから先は、携帯電話の電源も切り、外部との接触も絶つ。「入試缶詰め」の一日の始まりだ！

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