名優アーカイブとしての『古畑任三郎』
ところで、本シリーズは32年前から始まったこともあり、既に世を去ったキャストも多い。まず主演の田村正和が2021年に亡くなっており、『古畑任三郎』というシリーズそのものに再現性がない。
そして坂東三津五郎(出演時は坂東八十助)、松本白鸚(松本幸四郎)、菅原文太、緒形拳、津川雅彦など昭和〜平成の名優が古畑と対峙した。名優アーカイブとして偲ばれる回がたくさんある。
個人的にはシーズン2第5話「偽善の報酬」の加藤治子が忘れられない。加藤治子といえばスタジオジブリの『魔女の宅急便』の“ニシンとカボチャのパイ”の老婦人役や『ハウルの動く城』のサリマン先生役を思い出す方も多いかもしれない。『古畑任三郎』ではあの鈴を転がすような声に加えて昭和の名女優の真骨頂を味わえる。
加藤演じる脚本家の佐々木高代は、同居する妹・和子と非常に険悪な仲で、強盗に見せかけて和子を撲殺し、凶器をうまいこと隠す。凶器探しがこのエピソードの中心だが、なんだかもう凶器も推理も全部どうでもよくなるくらい、犯行直前に勃発する姉妹の口ゲンカがすさまじい。身内の弱いところを確実に突くバアさん同士の遠慮のなさがホンモノとしか思えず地獄のようだった。でもマヌケでコメディっぽさもある。
そんな化け物じみた大ゲンカも、妹を手に掛けた数時間後にしれっとベッドで寝込む姿も、古畑に疑われていることを知りつつおしゃべりに興じる天真爛漫さも、今泉をこき使うワガママぶりも、そして年下の恋人をあしらう猫なで声も、何もかも芸達者な加藤治子ならではの演技だ。少女から老婆までフルレンジ。しかも死の匂いすらちゃんと漂う。約50分のドラマによくぞここまで加藤治子を詰め込んでくれたと思う。脚本も役者も一級品の神がかった回だ。
そして坂東三津五郎(出演時は坂東八十助)、松本白鸚(松本幸四郎)、菅原文太、緒形拳、津川雅彦など昭和〜平成の名優が古畑と対峙した。名優アーカイブとして偲ばれる回がたくさんある。
個人的にはシーズン2第5話「偽善の報酬」の加藤治子が忘れられない。加藤治子といえばスタジオジブリの『魔女の宅急便』の“ニシンとカボチャのパイ”の老婦人役や『ハウルの動く城』のサリマン先生役を思い出す方も多いかもしれない。『古畑任三郎』ではあの鈴を転がすような声に加えて昭和の名女優の真骨頂を味わえる。
加藤演じる脚本家の佐々木高代は、同居する妹・和子と非常に険悪な仲で、強盗に見せかけて和子を撲殺し、凶器をうまいこと隠す。凶器探しがこのエピソードの中心だが、なんだかもう凶器も推理も全部どうでもよくなるくらい、犯行直前に勃発する姉妹の口ゲンカがすさまじい。身内の弱いところを確実に突くバアさん同士の遠慮のなさがホンモノとしか思えず地獄のようだった。でもマヌケでコメディっぽさもある。
そんな化け物じみた大ゲンカも、妹を手に掛けた数時間後にしれっとベッドで寝込む姿も、古畑に疑われていることを知りつつおしゃべりに興じる天真爛漫さも、今泉をこき使うワガママぶりも、そして年下の恋人をあしらう猫なで声も、何もかも芸達者な加藤治子ならではの演技だ。少女から老婆までフルレンジ。しかも死の匂いすらちゃんと漂う。約50分のドラマによくぞここまで加藤治子を詰め込んでくれたと思う。脚本も役者も一級品の神がかった回だ。
『魔女の宅急便』の心優しい老婦人の声を担当した加藤治子は、『ハウルの動く城』では真逆のような強くて美しくて支配的な魔女・サリマン先生を演じた。彼女の得体の知れない複雑さは、演出家・久世光彦との1年にわたる対談をまとめた『ひとりのおんな』でも味わえる(スタジオジブリ『ハウルの動く城』より)
スマートフォンも監視カメラもない時代
さて、2026年に『古畑任三郎』を見返すと、1990年代から2000年代初期の世情や今とのギャップがよくわかる。
まず物価がハチャメチャに安くてドライブインのカレー南蛮そばが490円だったりする。コンビニのエビマヨおにぎりは少し珍しい味であり、タバコはいつでもどこでもズバズバ吸えて、さらに「アナタはいいお嫁さんになります」をためらいなく真心で発言できる空気だ。
そしてテレビはブラウン管で箱のように分厚く、新幹線には食堂車がある。特に印象的なのは「携帯電話」だ。1994年に放送されたシーズン1では、携帯電話がまだ登場しないため、古畑が「電話をお借りできませんでしょうか〜」と犯人宅を偶然訪ねて物語が始まったりする。しかし1996年のシーズン2では携帯電話が映っている。ただし売れっ子タレントなどセレブや敏腕弁護士といったエグゼクティブが持ち歩いている印象で、昔ながらの古物商はコード付きの固定電話で会話している。やがて1999年のシーズン3に入ると今泉たちも捜査中に携帯電話を使う。で、彼らが握る携帯電話からはアンテナがぴょこっと飛び出ている。今見るとレトロでしょうがない。
さらにカメラ付き携帯もスマートフォンもない時代だったこともよくわかる。例えば、証拠を押さえておきたいが鑑識がまだ到着しないタイミングで、古畑は「ちょっと失礼」と言って被害者の遺留品の“写ルンです”のようなレンズ付きフィルムを勝手に持ち出し、パチリと現場を撮る。他にも、現場にタクシーで乗り付けた古畑(彼は運転免許証を持っていない)が、支払いで1万円札を出そうとして運転手に渋い顔をされ、渋々小銭を大量に出して1枚ずつ念入りに数えたりもする。当時のテック事情と古畑の図々しいキャラクターあってのシーンだ。そもそも、今なら監視カメラを確かめれば一発で逮捕できてしまうような事件もいくつかある。
SNS上では、Netflixでの再ブームをきっかけに『古畑任三郎』のリブートを期待する声もある。ただ個人的には、田村正和と当時30代の三谷幸喜、そして平成が生み出した、希有で再現性のない宝石に思える。現代の鑑賞に耐えられることは今回の1位で証明済みなのだから、どうか末永く配信や再放送で私を楽しませてほしい。
まず物価がハチャメチャに安くてドライブインのカレー南蛮そばが490円だったりする。コンビニのエビマヨおにぎりは少し珍しい味であり、タバコはいつでもどこでもズバズバ吸えて、さらに「アナタはいいお嫁さんになります」をためらいなく真心で発言できる空気だ。
そしてテレビはブラウン管で箱のように分厚く、新幹線には食堂車がある。特に印象的なのは「携帯電話」だ。1994年に放送されたシーズン1では、携帯電話がまだ登場しないため、古畑が「電話をお借りできませんでしょうか〜」と犯人宅を偶然訪ねて物語が始まったりする。しかし1996年のシーズン2では携帯電話が映っている。ただし売れっ子タレントなどセレブや敏腕弁護士といったエグゼクティブが持ち歩いている印象で、昔ながらの古物商はコード付きの固定電話で会話している。やがて1999年のシーズン3に入ると今泉たちも捜査中に携帯電話を使う。で、彼らが握る携帯電話からはアンテナがぴょこっと飛び出ている。今見るとレトロでしょうがない。
さらにカメラ付き携帯もスマートフォンもない時代だったこともよくわかる。例えば、証拠を押さえておきたいが鑑識がまだ到着しないタイミングで、古畑は「ちょっと失礼」と言って被害者の遺留品の“写ルンです”のようなレンズ付きフィルムを勝手に持ち出し、パチリと現場を撮る。他にも、現場にタクシーで乗り付けた古畑(彼は運転免許証を持っていない)が、支払いで1万円札を出そうとして運転手に渋い顔をされ、渋々小銭を大量に出して1枚ずつ念入りに数えたりもする。当時のテック事情と古畑の図々しいキャラクターあってのシーンだ。そもそも、今なら監視カメラを確かめれば一発で逮捕できてしまうような事件もいくつかある。
SNS上では、Netflixでの再ブームをきっかけに『古畑任三郎』のリブートを期待する声もある。ただ個人的には、田村正和と当時30代の三谷幸喜、そして平成が生み出した、希有で再現性のない宝石に思える。現代の鑑賞に耐えられることは今回の1位で証明済みなのだから、どうか末永く配信や再放送で私を楽しませてほしい。

花森 リド
ライター・コラムニスト
主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」、「Engadget 日本版」、「映画秘宝」などで執筆。
X:@LidoHanamori














