空前のF1ブームで、ラスベガスのネオン街がサーキットに
そんな独自のレース文化を持つアメリカでは、前述したとおりF1は長らく人気がなかった。30年ほど前、日本でF1ブームが起きて鈴鹿ではチケット争奪戦が繰り広げられていた一方、アメリカのF1の観客席は閑散としていてうらやましく思ったものだった。アメリカGPは、F1が「世界選手権」という体裁を保つために形式的に北米で開催するレースという印象だった。
しかし2017年にアメリカのリバティメディアがF1を買収して以来、F1人気はアメリカで急速に盛り上がっている。現在では「1国1レース」の原則を破って、西部の「ラスベガスGP」、南部の「テキサス GP」、東海岸の「マイアミGP」とアメリカ国内3カ所でF1グランプリが開催され、いずれも満員の観客を集めている。
特にラスベガスとマイアミは、公道にフェンスを立てて作るストリートサーキットで、ネオン街を駆け抜ける派手なレースだ。
さらに、マクラーレンにはGoogle、フェラーリにはヒューレット・パッカードなど、テクノロジー系企業をはじめとする豊富なアメリカ資本がF1に流れ込んでおり、アメリカでのF1はスポンサー企業にとっての晴れ舞台でもある。
これまでF1の放映権を握っていたのはESPN on ABCだったが、映画「F1/エフワン」を作ったのはAppleだという点も、アメリカでのF1人気を象徴する出来事だ。Appleは、来年以降の放映権獲得を狙っているともいわれている。
劇中では、実在する10チーム・20台のF1カーに加え、11番目のチーム「APEX(エイペックス) GP」が登場し、21、22台目のマシンが走るという設定になっている。実際に、2026年からアメリカの自動車メーカー・キャデラックが11番目のチームとしてF1に参戦すると発表したことを考えると、この設定もあながち完全に架空の話だともいえないだろう。
特にラスベガスとマイアミは、公道にフェンスを立てて作るストリートサーキットで、ネオン街を駆け抜ける派手なレースだ。
さらに、マクラーレンにはGoogle、フェラーリにはヒューレット・パッカードなど、テクノロジー系企業をはじめとする豊富なアメリカ資本がF1に流れ込んでおり、アメリカでのF1はスポンサー企業にとっての晴れ舞台でもある。
これまでF1の放映権を握っていたのはESPN on ABCだったが、映画「F1/エフワン」を作ったのはAppleだという点も、アメリカでのF1人気を象徴する出来事だ。Appleは、来年以降の放映権獲得を狙っているともいわれている。
劇中では、実在する10チーム・20台のF1カーに加え、11番目のチーム「APEX(エイペックス) GP」が登場し、21、22台目のマシンが走るという設定になっている。実際に、2026年からアメリカの自動車メーカー・キャデラックが11番目のチームとしてF1に参戦すると発表したことを考えると、この設定もあながち完全に架空の話だともいえないだろう。
映画のストーリーは、ジェリー・ブラッカイマーがプロデュースしていることもあり、『アルマゲドン』や『トップガン マーヴェリック』とよく似ている。勝てないチームが、引退した主人公に参戦を持ちかけ、アウトローな往年の名ドライバーがチームの若手と反目し合いながら成果を出し、最終的にはロートルと若い力が組み合わさって勝利をつかむというもの。絵に描いたようなアメリカ映画だ。
アメリカン・レーシングとF1をつなぐ映画
しかし、ストーリーの展開が予想できたとしても、われわれレース好きにとっては面白い。
物語はフロリダのデイトナ・インターナショナル・スピードウェイから始まる。現在F1が開催されるマイアミから北へ約400キロメートル(“250マイル”というべきか)にある、アメリカらしい伝統的なオーバルコースだ。ここで主人公は賞金稼ぎとして24時間耐久レースに出ている。このシーンの雰囲気が「アメリカン・レーシング」の世界そのものなのだ。
余談だが、筆者は30年ほど前、クラシックバイクのレースに出る上司の手伝い(“メカニック”と呼べるほどではなかった)として、このデイトナのパドックで1週間ほど過ごした経験があり、冒頭のシーンがとても懐かしかった。レース後に訪れたアメリカンダイナーや、広大な駐車場付きのコインランドリーの雰囲気まで、まさに「そのまんまアメリカ」な世界だ。
物語はフロリダのデイトナ・インターナショナル・スピードウェイから始まる。現在F1が開催されるマイアミから北へ約400キロメートル(“250マイル”というべきか)にある、アメリカらしい伝統的なオーバルコースだ。ここで主人公は賞金稼ぎとして24時間耐久レースに出ている。このシーンの雰囲気が「アメリカン・レーシング」の世界そのものなのだ。
余談だが、筆者は30年ほど前、クラシックバイクのレースに出る上司の手伝い(“メカニック”と呼べるほどではなかった)として、このデイトナのパドックで1週間ほど過ごした経験があり、冒頭のシーンがとても懐かしかった。レース後に訪れたアメリカンダイナーや、広大な駐車場付きのコインランドリーの雰囲気まで、まさに「そのまんまアメリカ」な世界だ。

1990年代、筆者の上司がデイトナで参加したクラシックバイクのレースのワンシーン。バイクはイタリア製だが、Vanson、Dunlopなどのロゴのステッカーや、後ろのバンがとっても“アメリカン”な雰囲気を醸し出している(筆者撮影)
本作のレースシーンの多くはヨーロピアンな雰囲気で描かれている(実際には世界各国を転戦するが)。そして物語の終盤で再びアメリカンな場所に戻ってくるのがまた面白い。
ラストでは、主人公ソニー・ヘイズ(演:ブラッド・ピット)がフォードのバンを運転し、西海岸の南、メキシコのバハ・カリフォルニアへ向かい、オフロードバイクのレースに参加する。この地には、砂漠や荒れ地を走る「Baja(バハ)1000」というレースがある。物語はアメリカの田舎から始まり、ヨーロッパ(世界)でF1を戦い、やがてアメリカの田舎に帰っていく——そんな流れになっている。
つまりこの映画は、アメリカン・レーシングを愛する人たちに、F1とはどういうものかを紹介する筋立てでもあるわけだ。そう考えると、Apple TVが来年以降のF1放映権を狙っているという噂も真実味が増してくる。
ラストでは、主人公ソニー・ヘイズ(演:ブラッド・ピット)がフォードのバンを運転し、西海岸の南、メキシコのバハ・カリフォルニアへ向かい、オフロードバイクのレースに参加する。この地には、砂漠や荒れ地を走る「Baja(バハ)1000」というレースがある。物語はアメリカの田舎から始まり、ヨーロッパ(世界)でF1を戦い、やがてアメリカの田舎に帰っていく——そんな流れになっている。
つまりこの映画は、アメリカン・レーシングを愛する人たちに、F1とはどういうものかを紹介する筋立てでもあるわけだ。そう考えると、Apple TVが来年以降のF1放映権を狙っているという噂も真実味が増してくる。
本物のF1レーサーたちも出演!?
レースファンにとってこの映画の魅力はそれだけにとどまらない。
なんといっても、レース開始直前のスターティンググリッドのシーンは見ものだ。F1の全面協力により、実際のレースウィーク中の実際のサーキットで撮影されており、各所に本物のF1レーサーやチーム監督が出演しているのだ。
マニアックな話をすれば、撮影時期の都合か、出演する選手の所属チームは2023年度のもの。例えばメルセデスのルイス・ハミルトン(現在はフェラーリ)、レッドブルのセルジオ・ペレス(すでに引退)が映る。また、日本の角田裕毅も、当時在籍していたアルファタウリのドライバーとして登場する(現在、角田裕毅はチャンピオンチームであるレッドブル入りを果たしている)。
なんといっても、レース開始直前のスターティンググリッドのシーンは見ものだ。F1の全面協力により、実際のレースウィーク中の実際のサーキットで撮影されており、各所に本物のF1レーサーやチーム監督が出演しているのだ。
マニアックな話をすれば、撮影時期の都合か、出演する選手の所属チームは2023年度のもの。例えばメルセデスのルイス・ハミルトン(現在はフェラーリ)、レッドブルのセルジオ・ペレス(すでに引退)が映る。また、日本の角田裕毅も、当時在籍していたアルファタウリのドライバーとして登場する(現在、角田裕毅はチャンピオンチームであるレッドブル入りを果たしている)。

映画のワンシーン。ブラッド・ピット、チームメイト役のダムソン・イドリスの奥には、マックス・フェルスタッペン、セルジオ・ペレス、フェルナンド・アロンソ、カルロス・サインツJr.など、「本物の」F1レーサーたちが並ぶ
ソニーやAppleが支える“本物以上”のレース映像
レースシーンの撮影には、実際のF1マシンではなく、1クラス下のF2マシンを複数台購入し、その上にF1に見えるボディを架装し使用している。これらのフォーミュラカーを実際のサーキットで走らせ、つばぜり合いやコーナリングを撮影しているのだから、迫力があるに決まっている。
さらに実際のレースでは設置できないような位置にまでカメラを仕込めるため、迫力は本物以上ともいえるだろう。
また、こうした迫力あるシーンを撮影するために製作されたF1カー(を模した車両)には、特別仕様のカメラが内蔵されている。ソニーは業務用カムコーダーのFX6をベースに、センサー部分を独立させてコンパクト化し、車両のさまざまな部分に取り付けられる特製カメラを作った。さらにAppleもカメラセンサーを細かい箇所に内蔵できる特製のiPhoneカメラを作ったという。
さらに実際のレースでは設置できないような位置にまでカメラを仕込めるため、迫力は本物以上ともいえるだろう。
また、こうした迫力あるシーンを撮影するために製作されたF1カー(を模した車両)には、特別仕様のカメラが内蔵されている。ソニーは業務用カムコーダーのFX6をベースに、センサー部分を独立させてコンパクト化し、車両のさまざまな部分に取り付けられる特製カメラを作った。さらにAppleもカメラセンサーを細かい箇所に内蔵できる特製のiPhoneカメラを作ったという。
これまで、さまざまなレース映画があったが、これほどリアルな映像を実現している映画はなかっただろう。現実のレースでは見ることができないパドックのディスプレイ表示を含めた詳細な描写や、マシンを開発しているファクトリー、ドライバーのブリーフィングルーム、トレーニングルームの様子が見られるのは面白い。もちろんこれらは映画のために作られたセットだが、ある程度は現実を模していると思われる。
もちろん、この映画はF1を知らない人も楽しめるよう作られている。そのぶん、年間26戦あるレースを2時間35分に押し込んでいるから、そりゃいろいろ展開に無理はある。1990年代にロータスに乗っていた世代のドライバーが現代のF1に参戦している設定は現実味に欠けるし、予選の描写がまったくないのも不思議だ。というのも、現代のF1はレース中に追い越すことが極めて難しく、予選でほとんど順位が決まるため、むしろ予選こそが面白くて見どころだというマニアも多いのだ。ほかにも不自然なことは数多くあるが、それでもエンターテインメントとしてはよくできている。
F1ファンも、そうでない人も、ぜひ見ていただきたい映画だ。
もちろん、この映画はF1を知らない人も楽しめるよう作られている。そのぶん、年間26戦あるレースを2時間35分に押し込んでいるから、そりゃいろいろ展開に無理はある。1990年代にロータスに乗っていた世代のドライバーが現代のF1に参戦している設定は現実味に欠けるし、予選の描写がまったくないのも不思議だ。というのも、現代のF1はレース中に追い越すことが極めて難しく、予選でほとんど順位が決まるため、むしろ予選こそが面白くて見どころだというマニアも多いのだ。ほかにも不自然なことは数多くあるが、それでもエンターテインメントとしてはよくできている。
F1ファンも、そうでない人も、ぜひ見ていただきたい映画だ。

村上タクタ
iPhone、iPadなどを中心に扱うテック系フリーライター。アップルのUS発表会に呼ばれることも。バイク、ラジコン飛行機、海水魚とサンゴの飼育など趣味の雑誌を30年で約600冊編集。2010年からテック系メディアを編集。