「×AI長編映画」AIが人間の“創る”才能に“追いついた”『マチルダ・ 悪魔の遺伝子』遠藤久美子監督:河崎環のタマキ×(カケル)

河崎 環

AISpecialインタビュークリエイター映画・音楽

70分の長編AI作品は、壮絶な集中力と映像化への“執着”によって生み出された

私も出演した10月23日のABEMA Primeでは、特集「AI映画・動画の未来」と題してAI日本国際映画祭を取り上げ、その招待作品であるフルAIの長編映画『マチルダ・悪魔の遺伝子』を監督・制作した遠藤久美子氏をゲストに招いた。遠藤は在住するバルセロナからリモートで出演、映像のごく一部と制作風景を紹介した。

「初監督作品、映像は全くの素人。制作期間4カ月、脚本・絵コンテなし、制作スタッフは遠藤本人を含む2人で70分のフルAI映画を作り上げた」というのが、その日の出演者の1人であった私があらかじめ聞かされていた情報だった。

AIによる映像制作の実情を何も知らず、映像に携わる仕事もしていない私がスタジオのモニター越しに、何十秒か見た映像は、3DCGのゲーム作品のようにそつなく見え、その意味ではほぼ驚きはなかった。

AIにうまいことプロンプトを打てば、それらしい場面を生成してキャラが動いてしゃべってくれるんだろう。その道のプロでなくてもプログラミングなしに3DCGでいい感じの映像世界を作り上げる、そんな“イージーな魔法”のようなAIソフトができたんだろう。

ここ数年、AIにテキストライティングの世界を荒らされているとひがんで、すっかりすねまくっていたライターの私は、AI映像に対しても高をくくっていた。

しかし遠藤の解説を聞いているうちに、その70分の作品が壮絶な集中力と映像化への“執着”によって生み出されたことを察した。70分の映像を作るのに、1000フレーム以上の動画が必要となるのだという。飛躍的にAI動画の生成技術の自由度や安定性が上がっているとはいえ、制作期間となった2025年春夏の時点では、まだ作り手が思った通りの正確な映像はなかなか返ってこなかったであろう。その動画生成AIを乗りこなした遠藤の話は、シンプルにクレイジーだった。

「27歳のキャラが、振り向いたら45歳の顔になってしまう」

ビジュアルの定まったキャラクターをただ振り向かせるだけなのに、振り向いたら「27歳が45歳の顔になってしまう」。バイクにまたがり走り出す映像が欲しいのに、何度やり直してもバイクがバックする。泣かせるにも怒らせるにも微笑ませるにも、胸に迫るような熱量の高い表情はなかなか引き出せない。

「AIソフトは毎週のように更新されてどんどん技術が上がっているので、今やり直したらもっとうまくできるかな、とも思うんですけど」(遠藤監督)

使用したソフトはMidjourney。日本語対応がまだ未熟なので、プロンプト指示はすべて英語で行い、したがって『マチルダ』のセリフはすべて英語となった。作りたいイメージ通りの動画を生成するのに、何度もプロンプトを打ち直しては微調整し、それを1000フレーム以上繰り返す。言うことを聞かないAI相手に、気の遠くなるような作業だ。

それを、生まれて初めてAI映像を触る素人が、同様に素人の制作パートナーと2人だけで、たった4カ月でやり遂げた。どれほどの作業量だったのだろう。すさまじい集中力はもちろん、ある種の狂気に近い執着がなければ完遂などできない。「睡眠を削れば何でもできます!」とリモート画面で屈託なく笑う遠藤に、この人はクレイジーだなあ、といい意味で開いた口がふさがらなかった。

さらに番組中、遠藤は私にとって、非常に印象的な言葉を残した。「本当に、人間の役者さんで撮れたらどんなにいいかと思うくらい。作った者だからこそ感じるんですけど、AIにはまだ実在の役者さんのような“迫真の演技”はできない。AIは実写映画を乗っ取ってしまうものではないです」。AIを触るほどに、むしろ生の人間の演技力、感情表現や感性の可能性を痛感する、と強調する遠藤だった。

ものを作る人として、ものすごくフェアな感覚を持っているのに、ものすごくクレイジー。彼女のこの創作の衝動はどこから来るのだろう。“頭おかしい人”が大好きな私は、興味を持った。

何か伝わるものがあったのかもしれない。番組放送後、つてをたどってくれた遠藤からプレミア上映への招待をいただいた。しかし彼女からの「すべての女性に見てほしい」というメッセージを読んだとき、「すべての女性?」と、ただならぬ気配は感じたのだ。

映画『マチルダ・悪魔の遺伝子』より、主人公・9(ナイン)

作品は驚くほどラディカルなテーマだった

11月3日、有楽町で開催されたAI国際日本映画祭(AIFJ2025)。開始を今か今かと待ちかねる人々で満席となっていた『マチルダ・悪魔の遺伝子』特別上映会場に、元TBSキャスターである映画祭の代表理事・池田裕行氏の端正な声が響いた。

「皆さん、今お座りになっている椅子ごと、ぐっと左へと詰めていただけないでしょうか。なるべくたくさんの方にご覧いただくために、この会場にあと100席ほど椅子を入れたいと思います」

つまり、さらに約100名の観客が会場の外で待っているということだ。ざっくり2倍の席数にするという宣言に、「おお……」という感嘆の声が会場へ広がり、観客はみな素直に左へと一斉移動を始めた。ようやく始まった『マチルダ』のオリジナル音声は英語だ。日本語字幕がスクリーン下部に映し出されるが、超満員の会場では見えない。それでも会場中が食い入るようにして映像に見入り、マチルダたちの音声に耳を傾けた。

ジェンダーの概念が喪失し、世界には女性のみが存在する未来「新世紀」。だが平和と秩序に満たされた世界の裏には、旧世紀の遺伝子学者・マチルダ教授による「マチルダ計画」が存在し、主に人間の男性に宿るとされる暴力の根源「悪魔の遺伝子」が消滅させられていた。「力あるものが弱いものにふるう暴力を、我々は許さない」。マチルダ直系の主人公・9(ナイン)は暴力の存在しないこの世界の核心に触れ、調査を開始。闇マーケットで違法生成され売られていた「雄(オス)・Y」と出会ってしまう——。

荒唐無稽に聞こえる設定だが、AIの鮮明な映像の力を借りて、遠藤監督が類いまれなエネルギーで作り上げた世界観が会場に染み込んでいくのがわかった。物語を受け止めようともがき、感情を大きく動かされた観客の声にならない声が、息遣いの中から聞こえてくるようだった。

『マチルダ・悪魔の遺伝子』予告編

観客が持ち帰った衝撃、日本滞在中の反響の大きさ

“エシカル・サイファイ(倫理系SF)”と銘打っているが、遠藤はなんとラディカルな……いや、パンクなフェミニズムを映像化したものだろう、とため息が漏れた。遠藤のAI映画は、他にも制作の手段を持つ映像作家がAI制作の限界を試してみるのとは異なり、AI制作自体が目的ではない。全くない。AIは、他に映像化の手段を持たない彼女が抱える物語の、人間観や哲学の、表現手段だったのだ——。

「すべての女性に見てほしい」という遠藤のメッセージが頭の中にこだまするのを聞きながら、私は衝撃を持ち帰った。

バルセロナ在住の遠藤は、日本人では初めて長編AI作品を出品したベルギーのレーザー・リール映画祭(Razor Reel Flanders Film Festival)のあと、半日とおかずにAI日本国際映画祭のため、羽田へ飛んだ。彼女は、1週間に満たない日本滞在の間にも大きな反響の渦の中にいた。満場の拍手を受けたAI日本国際映画祭でのインターナショナルプレミア上映の数時間後には、TBS「ニュース23」に生出演。各メディアによる取材をこなしながら、間をおかずに山形国際ムービーフェスティバルでの特別招待上映にも駆けつけた。

一方、遠藤の作品を見た観客は、それぞれの衝撃を熱量たっぷりにSNSに書きつけた。彼女が出演した番組映像のコメント欄にも、さまざまな意見が書き込まれた。 “素人がここまで作った”映像の衝撃だけではない。内容に対する衝撃も、それを具体化する手段としてAIが非常に優れた役割を果たしたことにも、人々の感情が正にも負にもかき乱されていた。ありていに言えば、ちょっとした炎上だ。だが称賛も批判も双方あったのは、日本人初のAI長編映画を制作した遠藤が、社会へ与えたインパクトが“本物”であった証拠でもある。

AI日本国際映画祭にて、遠藤久美子監督

遠藤久美子という女性〜「25年前に降ってきた物語」を抱え続けて

インターナショナルプレミア上映の3日後、遠藤久美子監督から改めてインタビュー取材の時間をもらうことができた。「本当は大勢の人前に出てしゃべるのがいちばん苦手なんです」と語る彼女は、欧州からのフライトや連日の大きなイベント続きで少し疲れているようだった。しかし、作品の話になるとこちらがけおされるほどの真剣さで、だがとても不思議な話をした。

スタジオミュージシャンとしてのキャリアが長い遠藤は、きっと日本人ならテレビで聞いたことのある、“とある声”の持ち主だ。代表作は「マクドナルド」「ムーニーマン」や「ファミリーマート」など、1000曲以上ものCMソングで作詞、歌唱を手がけてきた。一方で、これまでに26回にも及ぶ全身麻酔手術を経験したサバイバーでもある。

そんな遠藤のもとへ、『マチルダ』は25年前、「瞬き2、3回ほどの間に、まるでコンピュータのダウンロードみたいに、一瞬でキュルキュルって全部いっぺんに降りてきた」という。このとき遠藤は、「これは忘れてはならないものだ」と直感した。「大急ぎで、黄色いスケッチブックに絵とか景色とか、ちょっとしたキーワードとか書き殴って」と遠藤。そのとき記録したスケッチブックはいまだに手元にある。

「いま見ると背筋が寒くなるくらい、あのAI映画そのままの絵です。映像と照らし合わせると、すごい正確さで」(遠藤監督)

紛争に戦争、生存競争とは無関係な暴力やDV。主に人間の男性に宿るとされ、人類の暴力の原因とされる“悪魔の遺伝子”を絶滅させた、女性だけの未来。遠藤は自分でも、ものすごい物語を受け取ってしまったと思った。

「私が書いたというよりは、見せられたものを大急ぎでメモしている感じ。どんな背景でとか、見せてもらった細部はものすごく鮮明にわかるんだけど、全体の構成は知らないんです。作家とはこうやって物語を受け取るものなのかな、って思いました。人によるのかもしれないけれど、どん、とストーリーが降ってくるって聞いたので」(遠藤監督)

けれど当時は「私は小説家じゃないし、漫画家でもないし、人に伝えられなくて」。物書きの友人に相談すると、彼は遠藤の語りを録音し「いつかきっと、君はこれを作品にして外に出すことになるよ」と予言した。以来25年、遠藤は物語を「抱え続けた」。
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河崎 環

コラムニスト・立教大学社会学部兼任講師
1973年京都生まれ神奈川育ち。慶應義塾大学総合政策学部卒。子育て、政治経済、時事、カルチャーなど多岐に渡る分野で記事・コラム連載執筆を続ける。欧州2カ国(スイス、英国)での暮らしを経て帰国後、Webメディア、新聞雑誌、企業オウンドメディア、政府広報誌などに多数寄稿。ワイドショーなどのコメンテーターも務める。2022年よりTOKYO MX番組審議会委員。社会人女子と高校生男子の母。著書に『女子の生き様は顔に出る』(プレジデント社)など。

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