「×AI長編映画」AIが人間の“創る”才能に“追いついた”『マチルダ・ 悪魔の遺伝子』遠藤久美子監督:河崎環のタマキ×(カケル)

河崎 環

AISpecialインタビュークリエイター映画・音楽

AIが遠藤の創作を加速、1分間のトレーラーが5カ月で70分の長編映画に

娘と2人だけでバルセロナに移住したのち、遠藤はあることをきっかけに、この物語を具体化して多くの人々に届ける必要を強く感じた。遠藤が“受け取った”ビジョンは鮮明で、しかも「コネクトすると、ページがめくれていく」(遠藤監督)。それを頭の中で再生しながら文章化し、2023年に『はじまりの物語』『悪魔の遺伝子』の2部作が生まれた。

その後、静止画に音声をのせて、紙芝居方式で展開するMVのような映像を制作し、2024年に六本木でクラブイベントを開催。この反響によって、AI動画にチャレンジする。動画を面白がってくれた、バルセロナでの“日本人ママ友”である女優MEGUMI氏の計らいで2025年5月のカンヌ国際映画祭ジャパンナイトに参加し、トレーラー試写をしたところ、今度はこれを見たベルギーの映画人、パトリック・ヴァン・ハウワートに気に入られ、彼が創立者であるレーザー・リール映画祭に出品を請われた。

「まだ、この1分間のトレーラーしかないんです」
「映画祭は10月だ。それまでに長編を作ることはできるか?」

数カ月で60分以上の長編を制作すれば、いきなりサイファイやファンタジーを専門とする国際映画祭に出品させてもらえる。NOと答える選択肢はなかった。ちょうどバルセロナ在住の邦人で、アニメやファンタジーに造詣が深く、作品の最大の理解者であるタイチ(中川敦智)氏を共同制作者に誘い、「60分を1分でも超えれば長編部門に出品できる」と、70分にまで映像をつづりあげた遠藤は、『マチルダ』を引っさげてベルギーのレーザー・リール映画祭へ出品、そして間髪入れずAI日本国際映画祭へとやってきたのであった。

ベルギー レーザー・リール映画祭にて。左から共同制作者のタイチ(中川敦智)氏、遠藤久美子監督、パトリック・ヴァン・ハウワート氏

この部分だけを見れば、なんとも順調な、ビギナーズラックと解釈する人も多いのだろう。遠藤に向けられる批判の中には、「海外在住の日本人シングルマザーが、素人ながらAIアプリをいじって作品を作り、クリエイター気取りでいる」との心ない誤解もある。

だが、遠藤はこの鮮明な“ビジョン”を25年間自分の内に抱え、どうにかして隅々まで人に伝えたい、自分が見ている“この世に存在しない”景色と物語を人々の目にもそのまま見せたい、と格闘してきた。50歳から300ページもの小説を書き始めたり、スタジオミュージシャンとしてのキャリアを生かして音楽つきスライドショーのような映像にしてみたりと、試行錯誤を繰り返してきたのだ。

なにせ“この世に存在しない”景色なのだから、他者に伝えるのは至難の業。「マトリックスみたいに、もし脳に直接ジャックインして映像を見せられるなら、そうしたいくらい」とずっと手探りを続けてきた遠藤。それが、AI動画だったら可能だった。AIの進化が、遠藤の創作の格闘にようやく追いついた。遠藤の傑出したアイデアを具体化するのにAI進化が“間に合った”、とは理解できないだろうか。

「私はそこに参加しない」AI利用の是非論

「AIにテキストライティングを荒らされている」とひがんでいた狭量なライターの私も含め、世間のマジョリティは、平均的な人間よりも“デキる”AIの登場に戸惑いつつ、受容しようと努力しているように思う。元々クリエイティブを仕事とする人ならなおさら、AIという“拡張能力”を借りて創造することについて、受容も拒否も、さまざまな考えを抱くだろう。

だから私は、遠藤の出演番組の動画に「素人がAIをいじって未熟な作品を作り、クリエイター気取り」と心ない中傷コメントをつけた人々の攻撃性や、想像力の欠如をみっともないと感じつつ、その根っこにある恐怖や自己防衛の心理には理解できる部分もある。

怖いのだ。自分が「AIにも劣る」と否定されるようで、自分が用なしになるようで、ものすごく怖いのだと思う。だからAIの未熟な部分を見つけては「本物ではない」とあげつらい、AIを使う人をもまた「本物ではない」と攻撃し、自尊心を守るのだ。

『マチルダ』を背負うことを覚悟し、降りてきた“ビジョン”をどうにかして具体化したいと格闘を続けたミュージシャンの遠藤は、畑違いのAI動画という手段に出会ってようやく、それを形にすることができた。それはテクノロジーが供する果実だ。でも例えば、遠藤の専門である音楽分野でAIを使って“いい感じ”の音楽を作り“その気”になる“クリエイター”を目にしたとき、遠藤はどう思うのだろう。

そんな濁った問いを発した私に、遠藤は明るい声できっぱりと答えた。

「海外にいるとまったく耳にしないんですけれど、日本では『素人がAIで簡単に作ってきた』とこれほどまでに言われることに驚きました。いまは新しいテクノロジーが出てきたばかりの時だから騒がれる。でも私は、その議論に参加するつもりはないんです」(遠藤監督)

映画『マチルダ・悪魔の遺伝子』より

「馬車から車になった時と同じ。いま馬車に乗っている人がどれだけいるのかという。テクノロジーの発展って、止められるものではない。騒いでいるのは今だけなんです。Eメールが出てきた時も、直筆の方が……という声はたくさんあったけど、でもいまは当たり前のようにやり取りはメールだし、それどころかSNSだし。いずれみんな受け入れていく。私がたまたまAIに出合えたのは、いわば宝物。私がAIに求めたのは、いい感じにしてください、ではないんです。自分が見えたものを忠実に再現してほしかった。それができたのがAIなんです」(遠藤監督)

AIの利用は是か否か、そういう議論に参加するつもりはないと断言した遠藤の声は澄んでいた。遠藤は今回のフルAI映画制作の経験から、むしろ本物の人間の繊細な表現力の凄さ、奥深さを痛感した張本人である。遠藤の言葉からは、AIは人間を否定・代替するものではなく、人間の能力を補い、拡張してくれる存在として人間世界に浸透していくべきだと考えさせられる。人間は自分たちの能力を卑下する必要はなく、あくまでも主体的にAIを“利用”していくべきなのではないだろうか。

さらに遠藤はクリエイティブの“本物”性についても、「自分の伝えたいことを最大限にして、人の心を動かす。もともと強い芯が自分の中にないと、人は動かせないんです」と語ってくれた。それを持たずに“なんとなくいい感じ”に仕上げたものの嘘を人は見抜く。見抜ける。

「本物か、本物じゃないか、伝わるんですよ。モネの絵がプリントされたポスターを見ても、それは『ああモネだね』、そこまで。でもオルセー美術館で本物のモネの絵を見ると、音が聞こえる。私、号泣したんです。絵って音がするんだ、って、閉館まで動けなかった。本物って、触れたらわかるエネルギーがある。本物を形にすれば、それが本であろうが映像であろうが、人の気持ちが動く。いい感じ、というのはキレイにプリントされたポスターみたいなもの。だから、AIを使うときにも本物を探していくのが大事だと思っています」(遠藤監督)

通俗的なテレビをほとんど見せない家庭で育ち、世論なるものと無縁で育った遠藤。彼女は私が初めに感じていた“クレイジー”なのではなくて、もしかしてものすごく純粋でまともなんじゃないだろうか。では、クレイジーなのはいったい誰だ?

サイファイは未来を予言する

AI映画の話に戻ろう。今回の『マチルダ・悪魔の遺伝子』は、実はとても長い物語の一部、さわりの部分の、しかもダイジェストにすぎない。長い物語の後半では、遠藤本人すら驚くようなどんでん返しもあるという。遠藤は「それこそNetflixみたいな配信でいえば、何シーズンにもなるような」と、物語の規模を語る。

遠藤はアイデアを他者に伝えるためにAI映画の形を取ったが、形式にはこだわらない。「もし漫画AIソフトができたら、もう急いでやります(笑)」という。実写映画でも小説でもアニメでも漫画でも、配給や配信などにしっかりと乗せてできるだけ多くの人に届けることが目標だ。

2025年春夏、真正面に大好きなサグラダファミリアが見えるバルセロナのマンションで、共同制作者のタイチと制作方針でリモートの大喧嘩をしながら、寝食を忘れ、1000フレーム以上のAI動画を積み上げていった遠藤。12歳の娘が「ママ、ご飯どうする?」と夕飯の時間を過ぎた頃にそっと部屋のドアを開けて尋ね、「えっ、ごめん! もうそんな時間!?」とハッとしたことも少なくなかったそうだ。

『マチルダ』制作風景。タイチ氏と遠藤監督

天賦の何かを持つ人が、創作と格闘する姿を見せてもらった気がした。共同制作者のタイチはもともと、この作品の最大の理解者。かつて『AKIRA』がそうであったように、タイチは「『マチルダ』はバイブルになるような作品だから」と評して、制作に参加したそうだ。

多くのサイファイ作品が、多かれ少なかれ未来を予言してきた。『マチルダ』のすべてがその通りになるなどと、安易に言うつもりは私にはない。だが見た者たちが皆、『マチルダ』のどこかに“引っかかる”ものを感じたこと、遠藤の創作過程を含めて感情をかき立てられたこと、それが全ての答え——『マチルダ』という作品が持つ力——なのだ。


『マチルダ・悪魔の遺伝子』
12月19日(金)より 池袋シネマロサ横浜シネマ・ジャック&ベティにて上映
(12月20日(土)、両館ともに遠藤監督による舞台挨拶あり)
2026年1月2日(金)より ムービーオンやまがたにて上映

※詳細は各映画館のサイトをご確認ください。
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河崎 環

コラムニスト・立教大学社会学部兼任講師
1973年京都生まれ神奈川育ち。慶應義塾大学総合政策学部卒。子育て、政治経済、時事、カルチャーなど多岐に渡る分野で記事・コラム連載執筆を続ける。欧州2カ国(スイス、英国)での暮らしを経て帰国後、Webメディア、新聞雑誌、企業オウンドメディア、政府広報誌などに多数寄稿。ワイドショーなどのコメンテーターも務める。2022年よりTOKYO MX番組審議会委員。社会人女子と高校生男子の母。著書に『女子の生き様は顔に出る』(プレジデント社)など。

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