調査で見えてきた、ハーバード大生は生成AIをどう使っているのか?若者たちの期待と不安

小林 啓倫

AI教育調査・レポート

ハーバード大生が懸念する「生成AIで変わる学習習慣」

では学生たちは具体的にどのような用途に生成AIを活用しているのだろうか。

回答の中で最も多かったのは、一般的な質問(「401kの仕組みは?」など)をするというもので、ユーザーの約70%という高い結果になっている。それに「課題のライティングの支援(エッセイやレポートのアイデア出し、ドラフト作成、校正など)」「メールの作成」「プログラミングの課題の支援」が続き、それぞれ40〜50%のユーザーがこの用途で使っていると回答した。

ちなみに前述のデータサイエンティスト協会のアンケート調査では、「学業における生成AIの活用シーン」として「論文の要約」や「レポートの作成」の割合が高い(生成AIユーザーの40%前後)という結果が出ている。当然と言うべきか、やはり学生にとって関心が高いテーマは課題への対応であり、そこに生成AIが役立てられているといえるだろう。

このように大きな価値を提供してくれる生成AIだが、一方でハーバード大学の学生たちは、それが自分や社会に与える影響について懸念している、という結果も見られた。

生成AIと学習習慣に関する学生の見解(ハーバード大学アンケートより抜粋)

まずは学習に対する影響だ。上のグラフは、生成AIが学生の学習習慣にどのように影響を与えているか、あるいは与える可能性があるかについて、学生たちの見解を示したものである。一番上の質問「同級生が生成AIを使って不公平な優位性を得ることを心配している」に対して、約35%の学生が同意しており、この結果についてレポートでは「ハーバード大学がAIの使用に関する強制力のあるルール作りについて、慎重かつ明確に検討すべきであることを示唆している」ものだとコメントしている。

2番目の質問「Wikipediaや従来の検索エンジン(Googleなど)の代わりに生成AIをよく利用する」についても、40%近い学生が同意しており、これも前述のように「従来型サービスから生成AIサービスへ」という移行の流れが生まれつつあることを示しているといえる。

ただ3番目の質問「生成AIを代わりに利用できるため、オフィスアワーに行ったりTA(ティーチング・アシスタント)に助けを求めたりすることが少なくなった」に対しては、20%超の学生が同意しているものの、60%以上は否定しており、生成AIが何でも解決してくれるという状況には至っていないようだ。それは5番目の質問「生成AIによって授業に出席することが少なくなった」に対して、90%以上の学生が否定していることからもうかがえる。

興味深いのは4番目の質問「生成AIに要約を依頼できるため、授業のリーディングを行うことが少なくなった」に対する回答の傾向だ。これについても、60%を超える学生が否定したという結果が出ている。

米国のトップ大学は、学生たちに大量の課題を与えるため、彼らはその資料類の読み込み(リーディング)に多くの時間を取られることが知られている(筆者も米国の大学への留学経験があるのだが、課題の量が半端なく、放課後の時間の大半をその読み込みに費やさなければならなかった)。そんな彼らにとって、資料を読み込んで要約してくれる生成AIの機能は大きな魅力のはずで、データサイエンティスト協会のアンケート調査でも、多くの学生「論文の要約」に生成AIを使っているという結果が出ている。ハーバード大学のアンケート結果は、こうした状況に反するもののように感じられる。

「自分でリーディングしなければ意味がないことを学生たちが理解しているため」という、真っ当な推測ももちろん可能だろう。一方で「現在生成AIの性能では、まだ的確に要約したり、資料内の重要な箇所を把握したりするのが難しいため」という解釈も成り立つ。少なくとも時間が経つにつれ、リーディング時間を生成AIで削ろうとする学生は増えてくるのではないだろうか。

キャリアや社会全体への影響に対する懸念

ハーバード大学のアンケートでは、自分自身のキャリア、そして社会全体に対して生成AIが与える影響についても質問が行われている。それぞれ結果を見ていこう。

調査結果によれば、55%の学生が「AIによって将来のキャリアについての考え方が変わった」と回答しており、また約45%の学生が、AIが自身のキャリアプランに悪影響を及ぼすことを懸念している。興味深いことに、そう回答したのはテクノロジーやコンサルティングといった分野を進路として希望している学生だけでなく、教育や金融など、ほぼすべてのキャリア志望分野で同じ傾向が見られた。

またAIが社会全体におよぼす影響については、ほとんどすべての学生(約85%)が近年におけるAIの進歩の速さに驚きを感じており、約40%の学生が、「30年以内にAIシステムがほとんどすべての点で人間よりも能力を持つようになる」という考えに同意している。

さらに約40%の学生が、AI安全センター(CAIS)2023年発表した声明「AIによる人類絶滅のリスクを軽減することは、パンデミックや核戦争といった他の社会規模のリスクと並んで、世界的な優先事項であるべきだ」と同じ文言に同意しているという結果が出ている。

面白いことに、AIに関するコンピュータサイエンスの授業を受けた学生は、CAISの声明に同意する傾向がより強いという結果となっている。「AIのことをよく知らないから不安を抱いている」のではなく、コンピューターやAIに関する正しい知識を得た上で、そのリスクについて懸念しているわけである。

このように学生たちは、生成AIのメリットを認識し、それを受け入れるだけでなく、リスクについても認識しているという結果が得られた。それを踏まえ、今回発表されたレポートでは、大学側に対して次のようなアクションを取るよう提言している。

1.AIへのアクセス促進:学生が等しくAIの恩恵を受けられるように、ChatGPTなどの有料プランへの無料アクセスを提供する。

2.AI利用に関する一貫したルールの施行:学生がAIを不正に利用することを懸念しているため、AIの使用を明確に許可する課題を推奨する。また、AIの使用を禁止する必要がある試験などについては、オンラインではなく対面での実施を増やす。

3.AIを考慮したキャリアプランニングサービスの提供:AIがキャリアに与える影響について学生が深く考えられるよう、AIを意識したキャリアプランニングサービスを提供する。

4.AIの将来的な影響を探求するコースの提供:AIが社会、経済、技術進歩に及ぼす影響を探求するコースを増やし、必要であれば新しい教員を雇用する。

5.教育とそれ以降の人生における意味を見つけるための支援:AIが人間の能力を超える可能性があることを多くの学生が予想しているため、「自動化が進む世界で意味を見つける」という哲学的なテーマの一般教養コースを開設する。

6.メンタルヘルスサポートの提供: AIによって引き起こされるストレスや不安に対処するため、メンタルヘルスに関するリソースやサポートグループを提供する。

日本の大学でも、生成AIに対する姿勢を明確にするところが増えているが、生成AIがもたらすリスクに対してどのような対策を取るのか、具体的なプランを示しているところはまだ少ない。例えば東京大学は「生成系AI(ChatGPT, BingAI, Bard, Midjourney, Stable Diffusion等)について」という声明を2023年4月に発表しているが、そこでは生成AIのリスクを指摘する一方で、大学としてどう学生をケアするかにまでは踏み込んでいない。学生たちへのアンケート結果という、確固たるエビデンスに基づいて導き出されたハーバード大学の対策案は、他の大学にとっても大いに参考になるだろう。

生成AIの普及が滞ることはあっても、それがキャンパスの中に一切存在しないなどという時代はもはや戻ってこない。そのリスクを恐れて押し返そうとするのではなく、生成AIが学生たちと社会に与える影響を正しく把握して、それと共存するための対策を進めることこそ、いま教育機関に求められているのではないだろうか。

筆者がDALL-Eで生成

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小林 啓倫

経営コンサルタント
1973年東京都生まれ、獨協大学外国語学部卒、筑波大学大学院修士課程修了。システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米バブソン大学にてMBAを取得。その後外資系コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業などで活動。著書に『FinTechが変える!金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』(朝日新聞出版)、『IoTビジネスモデル革命』(朝日新聞出版)、訳書に『ソーシャル物理学』(アレックス・ペントランド著、草思社)、『シンギュラリティ大学が教える 飛躍する方法』(サリム・イスマイル著、日経BP)など多数。

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