AIガバナンスの勝ち筋は“日本の伝統文化”
AIの統制、ガバナンス、AIが世の中をどう変えるか。その手掛かりが「日本の伝統文化にあるかもしれない」と聞いたら、意外に思う人も多いでしょう。ことITやビジネスに関しては、新しい波は海外からやってきて、西洋的なルール形成や枠組みになることが少なくありません。しかし、“サイバー空間の地政学”という点では、日本らしい考え方こそが新しい時代の大きな力になるかもしれないのです。
「AIの型、そしてAIガバナンスを考えるとき、日本の伝統文化こそが勝ち筋だと考えています。型を大事にする文化は、AIやロボットを安全に使いこなすために不可欠です。犠牲者ゼロの社会を実現するには、この文化が重要」——そう語るのは、GMOサイバーセキュリティ byイエラエ執行役員やGMOナショナルセキュリティ取締役など、さまざまな企業でサイバーセキュリティ関連事業に携わる奥野史一氏です。
以前i4Uでもインタビューを行った、元陸上自衛隊・陸将で現在はGMOインターネットグループ グループサイバー防衛事業推進本部「6」(GMO-6)本部長の廣惠次郎氏の右腕としても活躍する奥野氏。7月17日には日本実業出版社から『2025-2035 サイバー空間の地政学──「見えない戦場」の現在地と未来予測』を出版しました。奥野氏が登壇したある講演を聞いた出版社担当者から「他では聞いたことのない、極めて独自性の高い視点だ」との書籍化の打診を受けて生まれた1冊です。
【関連記事】“ドアなしのヘリ”でウクライナ前線へ──元陸将・廣惠次郎がIT企業で挑む「サイバー防衛」
今回はその奥野氏自身に、著書の見どころをインタビュー。先人たちが長い歴史の中で培ってきた「伝統的な型の精神」で調和を作り出し、AI時代における究極のサイバーセキュリティを実現する方法を探ります。
「AIの型、そしてAIガバナンスを考えるとき、日本の伝統文化こそが勝ち筋だと考えています。型を大事にする文化は、AIやロボットを安全に使いこなすために不可欠です。犠牲者ゼロの社会を実現するには、この文化が重要」——そう語るのは、GMOサイバーセキュリティ byイエラエ執行役員やGMOナショナルセキュリティ取締役など、さまざまな企業でサイバーセキュリティ関連事業に携わる奥野史一氏です。
以前i4Uでもインタビューを行った、元陸上自衛隊・陸将で現在はGMOインターネットグループ グループサイバー防衛事業推進本部「6」(GMO-6)本部長の廣惠次郎氏の右腕としても活躍する奥野氏。7月17日には日本実業出版社から『2025-2035 サイバー空間の地政学──「見えない戦場」の現在地と未来予測』を出版しました。奥野氏が登壇したある講演を聞いた出版社担当者から「他では聞いたことのない、極めて独自性の高い視点だ」との書籍化の打診を受けて生まれた1冊です。
【関連記事】“ドアなしのヘリ”でウクライナ前線へ──元陸将・廣惠次郎がIT企業で挑む「サイバー防衛」
今回はその奥野氏自身に、著書の見どころをインタビュー。先人たちが長い歴史の中で培ってきた「伝統的な型の精神」で調和を作り出し、AI時代における究極のサイバーセキュリティを実現する方法を探ります。
攻撃者優位の非対称性に挑む
奥野氏の経歴はユニークです。現在はGMOインターネットグループでサイバー防衛の要職を兼務し、防衛安全保障を扱う専門家として活動する奥野氏ですが、最初からセキュリティの専門家だったわけではありません。
もともと、普通のシステムエンジニアとしてシステム開発や設計に携わる日々を送っていたという奥野氏。転機が訪れたのは2016年8月のことでした。ワシントンD.C.でサイバーインテリジェンスのトレーニングを受け、日本人で初めて米国政府機関向けサイバーインテリジェンスの認定資格「CASO」を取得したことをきっかけに、サイバーセキュリティのプロフェッショナルとしてのキャリアを本格的に歩み始めました。その後、コンサルティングファームなどを経て現在のGMOインターネットグループに参画しています。
奥野氏は、現在のサイバー空間における防御の限界、つまり「完全に防ぐ」という従来のセキュリティの目標は、すでに破綻していると述べています。サイバー空間の攻防には宿命的な非対称性が存在することがその理由です。
「攻撃者は、1万回試して、そのうち1回成功すれば勝ち。しかし防御側はその1万回、全てを止め続けられないといけません。完全に防ぐということを目標にしてしまうと、その瞬間にもう負けが確定してしまうんです」(奥野氏)
圧倒的に攻撃者が有利な状況に加えて、さらに生成AIが登場しました。人間が力技で「完全な防御」を実現することはもはや不可能な時代が到来しています。
本書には、完璧な壁を築くことの限界とともに、侵入されることを大前提とした、新たな戦略の構築を考える、奥野氏による新しいヒントがまとめられています。
もともと、普通のシステムエンジニアとしてシステム開発や設計に携わる日々を送っていたという奥野氏。転機が訪れたのは2016年8月のことでした。ワシントンD.C.でサイバーインテリジェンスのトレーニングを受け、日本人で初めて米国政府機関向けサイバーインテリジェンスの認定資格「CASO」を取得したことをきっかけに、サイバーセキュリティのプロフェッショナルとしてのキャリアを本格的に歩み始めました。その後、コンサルティングファームなどを経て現在のGMOインターネットグループに参画しています。
奥野氏は、現在のサイバー空間における防御の限界、つまり「完全に防ぐ」という従来のセキュリティの目標は、すでに破綻していると述べています。サイバー空間の攻防には宿命的な非対称性が存在することがその理由です。
「攻撃者は、1万回試して、そのうち1回成功すれば勝ち。しかし防御側はその1万回、全てを止め続けられないといけません。完全に防ぐということを目標にしてしまうと、その瞬間にもう負けが確定してしまうんです」(奥野氏)
圧倒的に攻撃者が有利な状況に加えて、さらに生成AIが登場しました。人間が力技で「完全な防御」を実現することはもはや不可能な時代が到来しています。
本書には、完璧な壁を築くことの限界とともに、侵入されることを大前提とした、新たな戦略の構築を考える、奥野氏による新しいヒントがまとめられています。
『2025-2035 サイバー空間の地政学──「見えない戦場」の現在地と未来予測』(日本実業出版社)
侵入を前提とするフレームワーク
目標を「侵入されない」から「止まらない・壊さない」へ書き換える必要性を、奥野氏は書籍の中で語っています。「完全防御」を目指すことが不可能なこの困難な状況を切り開くために、本書では著者独自の4つのフレームワークが提示されています。その中心にあるのが、新しい防御の目標を定義する「Three-ZERO」という設計思想です。
この思想は、以下の3つの「ゼロ」から構成されています。
・ゼロ停止:侵入されても、社会や組織の活動を止めない
・ゼロ対応:人手をかけず、自律的なシステムが対処する
・ゼロ犠牲者:被害が発生しても、それを人命の手前で食い止める
「ゼロ停止」の好例として、最近起きた実在の企業、ニチレイのインシデントを奥野氏は紹介してくれました。サイバー攻撃によって大きな打撃を受けながらも、報道によればバックアップからの復旧が機能し、わずか数日で業務を順次再開させた事例です。明暗を分けたのは、防御の固さではなく「戻せる設計」があったかどうか。奥野氏は、この「戻せる設計」を平時の訓練で確かめておくことの重要性を強調します。これは、侵入を防ぐことではなく、いかに迅速に立ち上がるかというレジリエンス、つまりゼロ停止の重要性を証明しています。
しかしリソースの限られた中小企業にも、このような高度な設計思想を適用することは可能でしょうか。奥野氏は、この不利な構図を逆転させる可能性を秘めている鍵となる存在こそが、AIだと指摘します。
「うちには関係ないというのが一番危ない。2025年に警察庁が把握したランサムウェア被害226件のうち、143件、約63%が中小企業でした。中小企業は単独の標的になるだけでなく、サプライチェーン攻撃の起点にもなり得ます。しかし、ここにAIを活用すれば、例えば人がやっていた1万回の対応をAIによって肩代わりできます。高コストの専門家を雇えなくても、ちゃんと“型”を仕込まれた道具があれば対応が可能になるのです」(奥野氏)
もちろん、これを実現するためには、オプションではなく最初から最も安全な設定が適用されている「セキュア・バイ・デフォルト」の製品を選ぶことや、ソフトウェア開発者が製品の安全性に一定の責任を持つ「システム版PL法」あるいは「サイバー版PL法」といった製造者責任を問う制度設計が必要だと奥野氏は断言します。加えて、事故時の復旧費用を補填するサイバー保険を、市場やサプライチェーンという社会に参加し続けるためのパスポートと捉えて義務化するなど、社会全体の制度設計のアップデートを並行して進める必要があるとも述べます。
そして、この技術的、および制度的な守りをさらに強固なものにするのが、奥野氏が考案したフレームワークです。AIの社会実装のあり方を定める「Three-D」、4本の抑止の柱によって防御網を構成する「Four-D」、そして冷戦時代の相互確証破壊の概念をAI時代に置き換えた、国際抑止モデル「MAN」(Mutually Assured Neutrlization:相互確証無効化)について、本書では触れられています。
この思想は、以下の3つの「ゼロ」から構成されています。
・ゼロ停止:侵入されても、社会や組織の活動を止めない
・ゼロ対応:人手をかけず、自律的なシステムが対処する
・ゼロ犠牲者:被害が発生しても、それを人命の手前で食い止める
「ゼロ停止」の好例として、最近起きた実在の企業、ニチレイのインシデントを奥野氏は紹介してくれました。サイバー攻撃によって大きな打撃を受けながらも、報道によればバックアップからの復旧が機能し、わずか数日で業務を順次再開させた事例です。明暗を分けたのは、防御の固さではなく「戻せる設計」があったかどうか。奥野氏は、この「戻せる設計」を平時の訓練で確かめておくことの重要性を強調します。これは、侵入を防ぐことではなく、いかに迅速に立ち上がるかというレジリエンス、つまりゼロ停止の重要性を証明しています。
しかしリソースの限られた中小企業にも、このような高度な設計思想を適用することは可能でしょうか。奥野氏は、この不利な構図を逆転させる可能性を秘めている鍵となる存在こそが、AIだと指摘します。
「うちには関係ないというのが一番危ない。2025年に警察庁が把握したランサムウェア被害226件のうち、143件、約63%が中小企業でした。中小企業は単独の標的になるだけでなく、サプライチェーン攻撃の起点にもなり得ます。しかし、ここにAIを活用すれば、例えば人がやっていた1万回の対応をAIによって肩代わりできます。高コストの専門家を雇えなくても、ちゃんと“型”を仕込まれた道具があれば対応が可能になるのです」(奥野氏)
もちろん、これを実現するためには、オプションではなく最初から最も安全な設定が適用されている「セキュア・バイ・デフォルト」の製品を選ぶことや、ソフトウェア開発者が製品の安全性に一定の責任を持つ「システム版PL法」あるいは「サイバー版PL法」といった製造者責任を問う制度設計が必要だと奥野氏は断言します。加えて、事故時の復旧費用を補填するサイバー保険を、市場やサプライチェーンという社会に参加し続けるためのパスポートと捉えて義務化するなど、社会全体の制度設計のアップデートを並行して進める必要があるとも述べます。
そして、この技術的、および制度的な守りをさらに強固なものにするのが、奥野氏が考案したフレームワークです。AIの社会実装のあり方を定める「Three-D」、4本の抑止の柱によって防御網を構成する「Four-D」、そして冷戦時代の相互確証破壊の概念をAI時代に置き換えた、国際抑止モデル「MAN」(Mutually Assured Neutrlization:相互確証無効化)について、本書では触れられています。
奥野氏が唱える「Three-ZERO」「Three-D」「Four-D」および「MAN」の概念図(『2025-2035 サイバー空間の地政学──「見えない戦場」の現在地と未来予測』より)
MAN(相互確証無効化)とは、攻撃者がどれほど巧妙に侵入しても、構造的に「得るものが何もない」状態を作り出すことで、攻撃の動機そのものを根底から無効化することを指します。MANの目的は、攻撃先を他へ移すことではありません。組織や国を越えて「攻撃しても戦略的効果も経済的利益も得られない」状態を広げ、攻撃の期待利得そのものを下げることです。
「全員がこのフレームワークにのっとり、防御の目標を『侵入されない』ではなく『止めない・(対応に)追われない・傷つけない』に変える。AI実装論を変え、抑止力を変える。すると、攻撃者の思考が変わり、『これは攻撃しても割に合わない』と考えるようになるはずです」(奥野氏)
これらのフレームワークが統合されることで、攻撃されても崩れない、真に「レジリエンス」の高い社会の土台が形成されます。技術・政策・国際合意の3つが揃って、初めて「均衡」になる——これを日本発の国際抑止モデルとして提唱できると、本書で奥野氏は伝えているのです。
「全員がこのフレームワークにのっとり、防御の目標を『侵入されない』ではなく『止めない・(対応に)追われない・傷つけない』に変える。AI実装論を変え、抑止力を変える。すると、攻撃者の思考が変わり、『これは攻撃しても割に合わない』と考えるようになるはずです」(奥野氏)
これらのフレームワークが統合されることで、攻撃されても崩れない、真に「レジリエンス」の高い社会の土台が形成されます。技術・政策・国際合意の3つが揃って、初めて「均衡」になる——これを日本発の国際抑止モデルとして提唱できると、本書で奥野氏は伝えているのです。

宮田 健
ライター
2012年よりITセキュリティのフリーライターとして活動するかたわら、個人活動として“広義のディズニー”を取り上げるWebサイト「dpost.jp」を1996年ごろから運営中。テーマパークやキャラクターだけではない、オールディズニーが大好物。2020年、2022年には講談社「ディズニーファン」に短期連載も。
Webサイト:https://dpost.jp/
X:@dpostjp













