それでは、この「優良物件」のメタファーはいつ誕生したのでしょうか。

国立国語研究所の日本語検索システム（現代日本語書き言葉均衡コーパス検索システム／梵天）で「優良物件」を検索したところ、「理想の条件を満たす結婚相手」を意味するものには行き当たりませんでした。このシステムは2008年までの書籍や雑誌、新聞、白書、ブログなどのデータが収められていますので、すなわち、メタファーとしての「優良物件」は2009年以降に誕生したと予測できます。

続いて、Googleで「優良物件　結婚　男性　条件」の4語を組み合わせて、年度ごとに検索してみました。そこで初出らしき記事がやっと確認できたのです。それは2011年4月の朝日新聞のお悩み相談コーナーです。そこには「条件を満たす男性は市場価格50～60万円クラス、上位10～20％の優良物件です」と記述されていました。さらに調べていくと、この表現はYahoo!知恵袋、読売新聞「発言小町」、「教えて!Goo」といった投稿形式の相談サイトを中心に使われ始め、2015年に一気に世間に広まったことが分かったのです（Googleトレンドを利用して「優良物件」の年度別検索数を調査）。

なぜ、この「優良物件」というメタファーが誕生し、世に広まっていったのでしょうか。「男女共同参画社会」が叫ばれる現代にあって、女性が男性を品定めするようなこの表現は時代に逆行しているようさえ感じられます。

今からさかのぼること12年前、インターネット調査会社のマクロミルが2009年に1都3県（東京都、千葉県、埼玉県、神奈川県）在住の25歳～49歳までの独身男女1000人に「結婚意識と婚活に関する調査」を実施。この調査結果から見えたことのひとつに、当時の不景気と言われた時代に「男性は女性の2倍以上、結婚に対して消極的になる率が高かった」こと、そして「女性は男性の2倍近く、結婚意識が高まる率が高かった」ことでした。この見方が「優良物件」誕生のヒントになりそうです。

前述の通り、メタファーの「優良物件」という表現の初出は2011年4月でしたね。当時は東日本大震災、ならびに原発事故で日本は大混乱に陥っていました。そして、この表現が一気に広まった2015年は消費税率引き上げが国民の生活を圧迫。2020年からのコロナ禍で結婚意識が高まったこともあり、再びよく目にするようになりました。

現在では、好意的な印象で使われることが多い「隠れ優良物件」や、自嘲気味に自分に使うことが多い「自称優良物件」などのバリエーションも増え、表現のひとつとして定着しているようです。

メタファーの「優良物件」という言葉の誕生とその広まりは、その時代の「先行きのなかなか読めない」社会情勢・経済情勢が、女性の「結婚願望」を高めたことと大きく関係しているのではないでしょうか。 メタファーの誕生は、社会情勢を映し出す鏡にもなるのですね。

そういえば、ここ最近は「親ガチャ」なる表現がSNSで急速に広まっています。これだってその例外ではなく、格差に対する不満やあきらめムードといった社会情勢の反映でしょう。

そんなことを考えながら、皆さんの身の回りにある数々のメタファーを観察してみるのも面白いかもしれませんね。


〈参考文献〉
鍋島弘治朗『日本語のメタファー』くろしお出版，2011.
鍋島弘治朗『認知言語学の大冒険』開拓社，2020.
安原和也『ことばの認知プロセス』三修社，2017.
斎藤純男・田口善久・西村義樹（編）『明解言語学辞典』三省堂，2015.
森山卓郎・渋谷勝己（編）『明解日本語学辞典』三省堂，2020.