メタファーは社会情勢を映す鏡 ──「優良物件」を考察する：矢野耕平のコトバノチカラ

2021.11.10

あの子は『優良物件』をつかまえたね！

数年前のこと。妻の一言にカチンときたことがありました。

めでたいことに親類の女性が結婚することに決まったのですが、そのお相手の男性の職業（国家公務員）を知るや否や、「あの子は『優良物件』をつかまえたね！」と嬉々として言い放ったのです。

この表現に引っ掛かりを覚えたわたしは、「『優良物件』なんてモノみたいな言い方は相手に失礼では？」と注意。妻からは「は！？　失礼じゃないよ。よく使う言い回しだよ」と言い返されました。彼女に反省の色は全くなし……。

普段は妻に対してあまりモノを言うタイプの人間ではありませんが、なぜかこの表現にわたしは言い知れぬ嫌悪感を抱いてしまったのです。ひょっとすると、妻の言葉の裏側に「あなたは『事故物件』だけどね」というニュアンスを勝手に読み取ってしまったのかもしれません……。

読者の皆さん、はじめまして。

自己紹介が遅れました。中学受験専門塾スタジオキャンパス、国語専科博耕房で代表を務めている矢野耕平と申します。平生は中学受験を志す小学生を相手に国語指導に従事し、これまで中学受験の世界や国語に関する書籍を何冊か著してきたり、さまざまなオンラインメディアに寄稿したりしています。また、自身の指導力向上に役立てたいという思いで、今春より大学院（日本文学専攻）に社会人学生として在籍し、言語学の研究に打ち込んでいます。

この「i4U」の連載タイトルは「矢野耕平のコトバノチカラ」。読者の皆さんと一緒に「日本語」について立ち止まって考える時間を持ちたいと考えています。

今回は「メタファー（隠喩、いんゆ）」をテーマに語っていきます。

いまや「優良物件」の大半はメタファーとして用いられる

話を戻しましょう。

ご存じの通り、「優良物件」とは本来は不動産用語で使われていた表現です。「立地や建物の条件が良く、その資産価値が長く持続できる（売却時に高値で売れる）物件」を指します。

さて、その「優良物件」がいつのころからか「（主に女性が男性に対して）理想の条件を満たした結婚相手」を指すメタファーとして使われるようになったのです。中には「恋人」や「女性」に適用されることもありますが、その大半は上述した意味で使用されていますので、ここでは「優良物件」＝「男性」で統一しましょう。

その一例としてオンラインメディア記事のタイトルを挙げてみましょう。

（1）逃しちゃダメ……！「優良物件男子」の特徴（『マイナビウーマン』2021年2月11日）
（2）実は優良物件。手放したら人生損な「大当たり男性」の見分け方（『beauty news tokyo』2021年10月11日）

また、Twitterの検索機能を用いて、2021年9月28日～30日の3日間で「優良物件」を含むTweetがどれくらい発信されているのかを調べてみました。その数は実に342件。しかも、そのうち不動産用語として登場したのはわずか22件。いまやメタファーとしての「優良物件」が大勢を占めています。なるほど、妻の言い分は正しかったのです……。

「優良物件」の構造を分析する

ここでメタファーとしての「優良物件」を簡単に分析してみましょう。

『日本国語大辞典第二版』（小学館）で「物件」を引くと、以下の2つの意味が登場します。

1.品物。物品。もの
2.法律上の物。物品などの動産、土地・建物などの不動産の類

ここで注目したいことがあります。不動産用語としての「物件」とは、「建物」だけではなく、その建物が建てられている「土地」も含まれるという点です。不動産用語の「優良物件」とは資産価値が持続できることや高値で売却できることが条件ですから、それはそうでしょう。

さて、一般的にメタファーが作られる際、「2つの事物の間に観察される類似性認識（similarity）に基づいて、一方をもう一方で見立てるという構造化がなされる」といわれています。喩えられる側の概念をターゲット（サキ領域）、例える側の概念のことをソース（モト領域）と呼び分けて、以下に図示してみましょう。

これを見ると、「理想の結婚相手」示す表現として「優良物件」がぴったりくることが納得できませんか？　喩えるものが属するソース（モト領域）から喩えられるものが属するターゲット（サキ領域）への変換（写像）がそれぞれ見事に成立しているからです。だからこそ、「優良物件」のメタファーは急速に広がりを見せ、市民権を得たのでしょう。

「優良物件」のメタファーが生まれたワケは？社会情勢と言葉の関係の面白さを探る

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スタジオキャンパス・博耕房代表　矢野耕平

スタジオキャンパス・博耕房代表
1973年生まれ。大手進学塾で十数年勤めた後にスタジオキャンパスを設立。東京・自由が丘と三田に校舎を展開。国語専科・博耕房代表取締役、学童保育施設ABI-STAの特別顧問も務める。主な著書に『中学受験で子どもを伸ばす親ダメにする親』（ダイヤモンド社）、『13歳からのことば事典』（メイツ出版）、『女子御三家桜蔭・女子学院・雙葉の秘密』（文春新書）、『令和の中学受験　保護者のための参考書』（講談社+α新書）など。