月での生活で必要な送電網、どうやって構築する?最新のLunaGrid構想とは

Munenori Taniguchi

Specialカルチャーテクノロジー

月での生活に必要な物とは?

月で資源を採掘するには、まず人びとが長期滞在できる基地と居住施設が必要です。そしてそれらが建設できたとして、そこで人が生活をしていくためには、そのためのエネルギーを調達しなければなりません。

現在、月面におけるエネルギー源としては、太陽からの光を電力に変える太陽光発電が有力視されています。しかし、月における日の出から日没までの長さは、地球の時間で考えると約1か月にもなります。つまり約2週間ずっと日が照っていたかと思えば、次の約2週間はずっと夜の状態が続くことになります。

とすると、太陽光発電が機能しなくなる、夜の2週間に使うエネルギーをどうやって確保するかを、あらかじめ考えておかなければなりません。

課題はもう1つあります。先ほど、月の地表温度は日なたでは120℃にも達すると紹介しましたが、一方で夜間の月面は、マイナス220℃という極寒の世界に様変わりします。当然ながら、人がそこで暮らすには暖房が必要です。しかし、月面における昼間の2週間のうちに夜の2週間用の電力をバッテリーに貯めておく、という手は使えません。化学反応を用いて電力を出力するバッテリーは、温度が低下すると反応が鈍くなる性質を持つからです。マイナス220℃となる夜間の月面では、出力可能な電力量が大きく減ってしまいます。さらに、液体成分の凍結を防止するためにヒーターを使うにしても、その電力のためにバッテリーの電力を浪費するという悪循環に陥ります。

ボイジャーをはじめとする深宇宙(地球の表面から200万km以上離れた宇宙)を航行する探査機では、放射性同位体熱電気転換器(以下、RTG)と呼ばれる、一種の原子力電池を搭載しています。これなら太陽光による発電が充分にできず、また極寒の環境でバッテリーが機能しない可能性がある環境でも安定的に、しかも数十年に渡って電力を生み出すことができます。ただし、RTGには高レベルな放射性物質を内蔵する必要があるため、人が暮らす場所にそれを置くには、安全面でさまざまな懸念があります。

さらに、NASAがアルテミス計画で建設しようとしている基地の場所は、水資源を探すため、恒久的に夜が続く南極のクレーターの近辺になるとされます。つまりRTGの使用を避けるのなら、クレーター以外のどこかで電力エネルギーを用意しなければなりません。

月面に電力網を構築

米ピッツバーグを拠点とする宇宙企業Astrobotic Technologyは、この問題を解決するアイデアとして、月の極地に電力を供給するシステム「LunaGrid」を開発中です。LunaGridは、それぞれ高さ20mにもなる、のぼり旗のような垂直太陽電池パネルを搭載した複数の自走ロボットカー(以下、VSAT)の一群です。VSATをケーブルで数珠つなぎにし、太陽電池アレイと呼ばれる太陽電池パネルの集合体としています。そして、その先頭に接続するCubeRoverのワイヤレス充電ユニットから、近接する機器に電力を伝送します。なお、CubeRoverを含むLunaGridは、そのケーブル総延長を少なくとも数kmまで延ばすことが可能です。

NASAが基地を建設したいと考えている月の南極付近は、常に日陰になっている場所と日が当たる場所が近いため、いくつかのLunaGridを分散配置すれば、そのどれかが基地やその他設備に対して電力を常に供給できます(これは月の北極付近でも同じことがいえます)。

NASAが開発する月面用の資源掘削機も、LunaGridから電力供給を受けることで、着陸船の場所まで戻って充電する手間と時間を省略できます。なおCubeRoverは、ワイヤレス充電だけでなく約100mの範囲にある機器に有線接続して電力を供給できるようになっています。

ちなみに、LunaGridが太陽電池パネルをのぼり旗のように直立させている理由は、月の極地では太陽が常に地平線間際の高さにしか昇らないからです。つまり最も効率良く発電しようと思えば、朝日を浴びるミーアキャットのように真っすぐ立っているほうが都合が良いのです。LunaGridに用いられる技術の多くは、Astrobotic TechnologyがGoogle Lunar XPRIZE(Googleがスポンサーとなり開催された月面無人探査を競うコンテスト)で開発した着陸機やロボットカー(ローバー)から流用されており、月面の寒暖差にも十分耐え得るように設計されています。

現在、LunaGridの主な課題としては、月面を移動する際に地面で引きずられる格好になるVSAT間のケーブルの耐久性が挙げられます。地球上の砂は、風や水などによって風化されて丸い粒子になっていますが、月面にはほとんど大気がないため、月の砂礫の粒子は非常に細かく砕かれたガラスのような状態なのだそうです。その鋭さは、時に宇宙飛行士が履くブーツの外装部分を裂いてしまったり、サンプル容器の真空を保つシール材を傷つけて機密性を損なうこともあるとされています。このため、LunaGridのケーブルにも高い耐久性が求められます。

2028年までの月面での運用開始が目標

Astrobotic Technologyは、2028年を目標として、LunaGridを月の南極で実際に運用可能にするべく技術開発を進めています。まずは、早ければ2026年にも実証試験が開始される予定です。この実証実験では、最初のLunaGridシステムの一部が月の南極近くに届けられ、着陸船から最大2kmほどの距離まで移動します。そして太陽電池アレイを順次展開し、2つのLunaGrid間で発電した電力の転送やCubeRoverのワイヤレス充電をテストします。

次に、2028年までに追加のLunaGridシステムを月へ送り込み、先発の機器と接続し、将来のアルテミス計画が予定する月面基地への電力網を構築することになっています。

LunaGridが本格的に稼働し、月の南極に電力網が構築されれば、科学、探査、そして商業的活動の持続的かつ継続的な運用が始まります。Astroboric Technologyにとっては、NASAのアルテミス計画だけでなく、長期に及ぶ科学ミッションや商業月面輸送サービス、そして各国の宇宙機関によるミッションなどにもLunaGridで電力を供給することによって、さらにビジネスを拡大させるチャンスとなるはずです。

NASAのアルテミス計画では、月での資源調査のほか、月軌道ゲートウェイの建造が計画されており、最終的には人類を火星に送ることも長期的目標に掲げています。火星に向けて宇宙飛行士が旅立つ頃には、月にも立派な町が作られているかもしれません。
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Munenori Taniguchi

ライター。ガジェット全般、宇宙、科学、音楽、モータースポーツetc.、電気・ネットワーク技術者。
実績媒体:TechnoEdge、Gadget Gate、Engadget日本版、Autoblog日本版、Forbes JAPAN他 Twitter:@mu_taniguchi

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