ニューイヤー駅伝優勝に貢献したGMOインターネットグループ 陸上部の嶋津雄大選手が4月8日、パラ陸上挑戦への意気込みを語った。
嶋津選手は、暗所で見えにくくなり、視野も徐々に狭くなる進行性の目の病気「網膜色素変性症」を子どもの頃から抱えている。1月11日に受けたパラ陸上の国内クラス分けでは「T13(視力0.04以上0.1まで、または視野直径10度以上40度未満)」と認定された。
2028年ロサンゼルス・パラリンピックでの金メダルを目標に掲げ、一般スポーツとパラスポーツの「架け橋」を目指したいと意欲を見せた。
4月下旬には、モロッコのラバトで開催される「ワールドパラアスレティクス・グランプリ」に出場予定で、これがパラ初戦となる。出場種目は、T13クラス5000mの予定で、ここから本格的な挑戦が始まる。
嶋津選手は、暗所で見えにくくなり、視野も徐々に狭くなる進行性の目の病気「網膜色素変性症」を子どもの頃から抱えている。1月11日に受けたパラ陸上の国内クラス分けでは「T13(視力0.04以上0.1まで、または視野直径10度以上40度未満)」と認定された。
2028年ロサンゼルス・パラリンピックでの金メダルを目標に掲げ、一般スポーツとパラスポーツの「架け橋」を目指したいと意欲を見せた。
4月下旬には、モロッコのラバトで開催される「ワールドパラアスレティクス・グランプリ」に出場予定で、これがパラ初戦となる。出場種目は、T13クラス5000mの予定で、ここから本格的な挑戦が始まる。
なぜ今、パラ挑戦なのか
パラ挑戦のきっかけについて、嶋津選手は「ニューイヤー駅伝で優勝したから参戦を決めたわけではない」と語る。
決断の背景には、大きく2つの変化があったと嶋津選手は話す。
1つは、自身の目の状態だ。網膜色素変性症は進行性の疾患で、近年は視野の狭まりが顕著になっているという。「社会人になってからの3年間でも症状は進行している」とのことで、日常生活にも支障が出始め、現在は白杖(はくじょう)を持って外出することもある。
これほどの進行は本人も想定していなかったと嶋津選手。見た目では障害が分かりにくいからこそ、白杖は周囲に自身の障害を伝える手段にもなっていると話す。専門家の指導のもと歩行訓練にも取り組んでいるという。
もう1つは、2028年ロサンゼルス・パラリンピックが現実的な目標として見えてきたことだ。「自分の目の状態と、ロスが見えてきたタイミングが重なり、新しいチャレンジをする良い機会だと感じた」と振り返る。
競技面でも変化が生じていると嶋津選手は語る。トラックレースではサイドが見えづらく、スタート時に選手が横から入ってくるタイミングが分からないため、最も安全な先頭か最後尾からの出走を選択することになりがちだ。また、自己ベスト更新にはナイター記録会(夕方〜夜間に開催される記録会。気象条件が安定しやすく、実力の近い選手同士で走るため好記録が出やすい)への出場が不可欠だが、夜間はほとんど見えないため年々参加が困難になっている。「競技によっては、タイムを出すことに限界を感じ始めている部分もある」と嶋津選手は率直に明かした。
こうした複数の要因が重なり、パラへの挑戦を決断したという。今後も「ニューイヤー駅伝連覇」という目標を最優先に、さらなる可能性を求めてパラ競技との"二足のわらじ"で新たな道を歩み始める。
決断の背景には、大きく2つの変化があったと嶋津選手は話す。
1つは、自身の目の状態だ。網膜色素変性症は進行性の疾患で、近年は視野の狭まりが顕著になっているという。「社会人になってからの3年間でも症状は進行している」とのことで、日常生活にも支障が出始め、現在は白杖(はくじょう)を持って外出することもある。
これほどの進行は本人も想定していなかったと嶋津選手。見た目では障害が分かりにくいからこそ、白杖は周囲に自身の障害を伝える手段にもなっていると話す。専門家の指導のもと歩行訓練にも取り組んでいるという。
もう1つは、2028年ロサンゼルス・パラリンピックが現実的な目標として見えてきたことだ。「自分の目の状態と、ロスが見えてきたタイミングが重なり、新しいチャレンジをする良い機会だと感じた」と振り返る。
競技面でも変化が生じていると嶋津選手は語る。トラックレースではサイドが見えづらく、スタート時に選手が横から入ってくるタイミングが分からないため、最も安全な先頭か最後尾からの出走を選択することになりがちだ。また、自己ベスト更新にはナイター記録会(夕方〜夜間に開催される記録会。気象条件が安定しやすく、実力の近い選手同士で走るため好記録が出やすい)への出場が不可欠だが、夜間はほとんど見えないため年々参加が困難になっている。「競技によっては、タイムを出すことに限界を感じ始めている部分もある」と嶋津選手は率直に明かした。
こうした複数の要因が重なり、パラへの挑戦を決断したという。今後も「ニューイヤー駅伝連覇」という目標を最優先に、さらなる可能性を求めてパラ競技との"二足のわらじ"で新たな道を歩み始める。
「“自分だけのために走る競技”ではなくなるよ」
嶋津選手は自身の障害について積極的に発信してきたという。
小学校の自己紹介では「目の病気があって、暗いところが見えづらい。物を落としたときに見つけるまで時間がかかることもあるので、手伝ってほしい」と伝えるのが定番だったという。「むしろ発信して、自分ができないところを周りに手助けしてもらって生きてきた」と話す。
メディアで障害について初めて取り上げられたのは、嶋津選手が高校3年時に出場した「第52回青梅マラソン」の際。そのとき当時の監督から言われた言葉が、今も嶋津選手の中に残っているという。「もし、障害のことを明かすのであれば、嶋津はこれから“障害のある方の代表”として走っていく選手になる。つまり“自分だけのために走る競技”ではなくなるよ」。
この言葉を嶋津選手は大きなプレッシャーとは受け止めなかったと話す。ただ、それ以降、大学や会社など、さまざまな「代表」として走る中で、常にこの言葉を思い返したという。「できないことがある人の代表。そのことは、ずっと頭の中にありました」と振り返る。
小学校の自己紹介では「目の病気があって、暗いところが見えづらい。物を落としたときに見つけるまで時間がかかることもあるので、手伝ってほしい」と伝えるのが定番だったという。「むしろ発信して、自分ができないところを周りに手助けしてもらって生きてきた」と話す。
メディアで障害について初めて取り上げられたのは、嶋津選手が高校3年時に出場した「第52回青梅マラソン」の際。そのとき当時の監督から言われた言葉が、今も嶋津選手の中に残っているという。「もし、障害のことを明かすのであれば、嶋津はこれから“障害のある方の代表”として走っていく選手になる。つまり“自分だけのために走る競技”ではなくなるよ」。
この言葉を嶋津選手は大きなプレッシャーとは受け止めなかったと話す。ただ、それ以降、大学や会社など、さまざまな「代表」として走る中で、常にこの言葉を思い返したという。「できないことがある人の代表。そのことは、ずっと頭の中にありました」と振り返る。

i4U編集部
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