NHK大河『豊臣兄弟!』秀長の選択—九州平定、勝負を決めた「秀長ルート」の価値

小林 啓倫

Specialカルチャー映画・音楽
2026年の大河ドラマ『豊臣兄弟!』。おなじみ戦国時代を舞台にしながら、豊臣秀吉(演:池松壮亮さん)の弟・秀長(演:仲野太賀さん)の視点から描くという、新しい試みとなっている。天下人である秀吉の陰に隠れがちだが、秀長は「彼なしでは秀吉は天下を取れなかっただろう」と評されるほどの人物だ。彼が秀吉のためにどのような選択を重ねていったのか、ドラマで描かれる秀長の姿を手がかりに、資料などを踏まえながら考えてみたい。

今回は、島津氏らを相手に戦った九州平定の道のりを取り上げる。

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停戦命令を無視した島津

『豊臣兄弟!』第36回では、天正13年(1585年)の四国平定が描かれ、ついに兄弟の天下統一の夢も大きなヤマ場を迎えた。その四国に続いて目が向けられたのは、九州だ。

しかし豊臣兄弟による九州の統一、いわゆる「九州平定」は、戦国史のなかでも分かりにくい戦いといえるかもしれない。登場する大名が多い上、豊臣方の勢力が二手に分かれて南下し、しかも主役であるはずの秀吉がほとんど戦っていないのである。そこで今回は、この九州平定の流れを詳しく見ていこう。

簡単に言ってしまえば、「九州平定」とは「九州をほぼ手中にした島津氏に対し、関白・秀吉が20万前後の大軍を東西から差し向け、およそ2カ月で降伏させた戦い」である。

きっかけは、秀吉が出した一通の命令だった。四国平定と同じ天正13年に関白となった秀吉は、豊後(現在の大分県)の大友氏と薩摩(現在の鹿児島県西部)の島津氏の戦いに対し、直ちに停戦するよう両者に命じた。関白は天皇の意思を代行する立場であり、大名同士の私戦を禁じ、国境の裁定は自分が行うという建前である。追い詰められていた大友側は喜んでこれを受け入れ、前当主の大友宗麟は翌年の天正14年(1586年)4月に自ら大坂へ上って秀吉に謁見した。

一方の島津は、この命令を事実上無視した。鎌倉以来の由緒ある家柄という自負があり、家中には、出自の知れない成り上がり者の指図など受けられないという空気があったと伝わる。秀吉にしてみれば、これで筋書きは整った。「勅命に背いた者を討つ」という大義名分が手に入ったのである。大友の救援要請は、その正当性を補強する材料だったといえるだろう。

秀吉の狙い

では、秀吉の本当の狙いは何だったのか。第1に、関白という肩書を実体のあるものにすることである。秀吉の関白就任は、五摂家の独占を破った前例のない出来事であり、公家からも武家からも冷ややかに見られていた。「関白の命令には日本中の大名が従う」という事実を作らなければ、肩書は空手形のままだ。停戦令を拒んだ島津は、それを証明する最初の相手として格好の存在だったに違いない。

第2に、島津が九州を統一する前に叩くことである。島津がこのまま九州全域を固めれば、瀬戸内海を挟んだ対岸に統一勢力が生まれてしまう。20万という過剰なまでの兵力は、「勝つ」ためというより「二度と逆らわせない」ための示威だったと考えられる。

第3に、博多をはじめとする九州北部の掌握である。博多は南蛮貿易と大陸への玄関口であり、秀吉はこの時期すでに「唐入り」、すなわち明への侵攻を口にしていたとされている。九州平定は、その足場づくりでもあったのではないだろうか。事実、平定後の秀吉は九州の大名配置を大きく組み替え、筑前に小早川隆景(演・山本浩司さん)、豊前に黒田孝高(官兵衛、演・倉悠貴さん)を置くなど、信頼の置ける大名で九州北部を固めている。

つまり九州平定は、豊臣兄弟にとって天下統一の総仕上げに欠かせないピースであると同時に、「秩序回復」という名目で行われた、新しい国家体制の権威づけだった。表向きの理由と本当の狙いを分けて読むと、この戦いの輪郭ははっきりしてくる。

西ルートと東ルート

前哨戦は失敗から始まった。天正14年(1586年)末、先遣隊として豊後に入った仙石秀久、長宗我部元親(演・磯部寛之さん)らの軍が、戸次川の戦いで島津軍に大敗したのである。豊臣の権威に傷がついたこの局面を受けて、翌年の天正15年(1587年)正月、秀吉は本隊の動員を指示した。

ここからが本番である。九州平定の豊臣軍進軍ルートを地図で見てほしい。

九州平定の「秀吉ルート」と「秀長ルート」(ChatGPTで生成)

豊臣軍は、九州を縦に走る2本のレーンに分かれて南下した。西ルートは秀吉自身が率い、豊前から筑前・筑後・肥後(現在の福岡県から熊本県)を通って薩摩へ向かう。東ルートは秀長が率い、豊後から日向(現在の大分県から宮崎県)を南下する。ゴールはどちらも同じ、島津の本拠地である薩摩だ。秀長軍には毛利輝元(演・濱正悟さん)、小早川隆景、宇喜多直家(演:緋田康人さん)の子・秀家といった最大級の戦力が付けられ、その数は10万前後ともいわれている。

結果はどうなったか。秀吉の西ルートには、戦闘らしい戦闘がほぼなかった。唯一の攻城戦といえるのが4月1日の岩石城(現在の福岡県添田町)で、秀吉が九州で初めて落として周辺に武威を示した城だが、これはわずか1日で陥落している。それを見た筑前・筑後・肥後の領主たちは次々と豊臣側に転じた。彼らの多くは島津に敗れて従属していただけであり、忠誠心は薄かったのだ。秀吉は4月末には薩摩に入り、5月8日、剃髪した島津義久が川内(現在の鹿児島県薩摩川内市)の泰平寺で降伏を申し入れた。秀吉はそのまま九州に1カ月ほど滞在し、戦後処理にあたったと伝わる。

一方、東ルートの秀長は、まったく異なる戦いを強いられた。3月末、日向の高城(現在の宮崎県木城町)を包囲する。高城は標高60メートルの台地上に築かれ、大友と島津が激突した耳川の戦いでも落ちなかった「不落の山城」である。秀長は力攻めを避けて包囲網を築き、島津の主力が救援に来る道筋にあたる根白坂に砦を置いた。4月17日、島津義弘・家久らの救援軍がこの砦に襲いかかり、宮部継潤(演・ドンペイさん)らが死守、藤堂高虎(演・佳久創さん)らの加勢で撃退する。これが根白坂の戦いであり、九州平定の事実上の決戦となった。島津の主力はここで消耗し、以後は降伏へと傾いていく。木城町には今も高城跡と根白坂古戦場が残り、空堀や土塁が当時の姿を伝えている。

つまり構図はこうだ。「秀長が東で島津の本隊を殴り、秀吉は西で外堀を埋めながら本拠に迫る」。主役の兄はほとんど戦わず、勝負を決めたのは弟の側だった。
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小林 啓倫

経営コンサルタント
1973年東京都生まれ、獨協大学外国語学部卒、筑波大学大学院修士課程修了。システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米バブソン大学にてMBAを取得。その後外資系コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業などで活動。著書に『FinTechが変える!金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』(朝日新聞出版)、『IoTビジネスモデル革命』(朝日新聞出版)、訳書に『ソーシャル物理学』(アレックス・ペントランド著、草思社)、『シンギュラリティ大学が教える 飛躍する方法』(サリム・イスマイル著、日経BP)など多数。

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