2026年の大河ドラマ『豊臣兄弟!』。おなじみ戦国時代を舞台にしながら、豊臣秀吉(演:池松壮亮さん)の弟・秀長(演:仲野太賀さん)の視点から物語を描くという、新しい試みとなっている。
秀長は、天下人・秀吉の陰に隠れがちな存在だが、「彼なしでは秀吉は天下を取れなかっただろう」と評されるほどの人物だ。ドラマで描かれる秀長の姿を手がかりに、史料などを踏まえながら、彼がどのような選択を重ねていったのかを考えてみたい。
【関連記事】
「NHK大河『豊臣兄弟!』秀長の選択──足軽と下克上」
「NHK大河『豊臣兄弟!』秀長の選択──秀吉と寧々が結婚したのはいつ?」
秀長は、天下人・秀吉の陰に隠れがちな存在だが、「彼なしでは秀吉は天下を取れなかっただろう」と評されるほどの人物だ。ドラマで描かれる秀長の姿を手がかりに、史料などを踏まえながら、彼がどのような選択を重ねていったのかを考えてみたい。
【関連記事】
「NHK大河『豊臣兄弟!』秀長の選択──足軽と下克上」
「NHK大河『豊臣兄弟!』秀長の選択──秀吉と寧々が結婚したのはいつ?」
秀吉に任された横山城
豊臣秀吉の出世物語といえば、墨俣(すのまた)一夜城や中国大返しといった鮮やかなエピソードを思い浮かべる人が多いだろう。しかし、秀吉が単なる信長の一家臣から大名へと飛躍する決定的な転機は、こうした派手な武功ではない。北近江の山城「横山城」で約3年間続いた、地道な地域統治の積み重ねが、実は信長から厚い信頼を得る大きな一因となったとされる。
その実務を最前線で担ったのが、弟の豊臣秀長だった。避難した百姓を呼び戻し、兵の略奪を禁じ、用水路の維持費にまで目を配る。華やかさとは無縁の仕事だが、この地味な積み重ねこそが、秀吉を天下人へと押し上げる足がかりになった。
では、横山城とはどのような場所だったのか。話は1568年(永禄11年)にさかのぼる。
その実務を最前線で担ったのが、弟の豊臣秀長だった。避難した百姓を呼び戻し、兵の略奪を禁じ、用水路の維持費にまで目を配る。華やかさとは無縁の仕事だが、この地味な積み重ねこそが、秀吉を天下人へと押し上げる足がかりになった。
では、横山城とはどのような場所だったのか。話は1568年(永禄11年)にさかのぼる。
浅井攻略の前線基地・横山城
この年、織田信長(演:小栗旬さん)は足利義昭(演:尾上右近さん)を奉じて京都へ上洛を果たした(『豊臣兄弟!』第10回「信長上洛」で描かれていた通りだ)。また同時期、北近江を支配する浅井長政(演:中島歩さん)と同盟を結び、信長の妹・お市(演:宮崎あおいさん)が長政に嫁いでいる(このくだりも同回で描かれた)。
ところが1570年(元亀元年)4月、信長が越前の朝倉義景(演:鶴見辰吾さん)を討つため出兵すると、同盟関係にあった浅井長政が突如として裏切り、織田軍の背後を突いた。挟撃の危機に陥った信長は、秀吉らの奮戦(いわゆる「金ヶ崎の退き口」)によって、辛うじて京都へ撤退する。
同年6月、信長は徳川家康(演:松下洸平さん)の援軍とともに北近江へ再び兵を進め、姉川の戦いが起こる。しかし、浅井氏の居城・小谷城は難攻不落で、正面からの力攻めは現実的ではなかった。そこで信長が目を付けたのが、小谷城の支城である「横山城」の攻略である。
横山城は、現在の滋賀県長浜市と米原市の境に位置する標高約312メートルの山城だ。もともとは室町時代に北近江を支配していた京極氏が築いたが、浅井長政の祖父・亮政が攻略して以降、浅井氏の重要な軍事拠点として使われていた。1561年(永禄4年)には浅井長政自身の手で大改修が施され、南近江の六角氏に対する防衛拠点として本格的に強化されている。北国脇往還という幹線道路を見下ろし、小谷城からわずか6~7キロメートルの至近距離にあるこの城は、浅井氏攻略の前線基地として理想的な立地だった。
ところが1570年(元亀元年)4月、信長が越前の朝倉義景(演:鶴見辰吾さん)を討つため出兵すると、同盟関係にあった浅井長政が突如として裏切り、織田軍の背後を突いた。挟撃の危機に陥った信長は、秀吉らの奮戦(いわゆる「金ヶ崎の退き口」)によって、辛うじて京都へ撤退する。
同年6月、信長は徳川家康(演:松下洸平さん)の援軍とともに北近江へ再び兵を進め、姉川の戦いが起こる。しかし、浅井氏の居城・小谷城は難攻不落で、正面からの力攻めは現実的ではなかった。そこで信長が目を付けたのが、小谷城の支城である「横山城」の攻略である。
横山城は、現在の滋賀県長浜市と米原市の境に位置する標高約312メートルの山城だ。もともとは室町時代に北近江を支配していた京極氏が築いたが、浅井長政の祖父・亮政が攻略して以降、浅井氏の重要な軍事拠点として使われていた。1561年(永禄4年)には浅井長政自身の手で大改修が施され、南近江の六角氏に対する防衛拠点として本格的に強化されている。北国脇往還という幹線道路を見下ろし、小谷城からわずか6~7キロメートルの至近距離にあるこの城は、浅井氏攻略の前線基地として理想的な立地だった。
秀吉に課された難題
姉川の戦いで織田・徳川連合軍が浅井・朝倉連合軍に勝利した直後、横山城は降伏し開城した。この戦いで秀吉は織田軍の第三陣を任されて参戦し、徳川軍の活躍とも相まって勝利に貢献している。信長はこの最前線の拠点を任せる人材として、攻撃と防衛という相反する任務を両立できる器量を示しつつあった秀吉を城番に抜てきした。
これは、敵対勢力の本拠地の目前に前線拠点を築き、撤退せず維持し続けよという、極めて難度の高いミッションにほかならない。攻撃に出れば守りが手薄になり、守りに徹すれば敵への圧力は弱まる。このジレンマを解くために秀吉が頼ったのが、弟・秀長の後方支援能力だった。
これは、敵対勢力の本拠地の目前に前線拠点を築き、撤退せず維持し続けよという、極めて難度の高いミッションにほかならない。攻撃に出れば守りが手薄になり、守りに徹すれば敵への圧力は弱まる。このジレンマを解くために秀吉が頼ったのが、弟・秀長の後方支援能力だった。

小林 啓倫
経営コンサルタント
1973年東京都生まれ、獨協大学外国語学部卒、筑波大学大学院修士課程修了。システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米バブソン大学にてMBAを取得。その後外資系コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業などで活動。著書に『FinTechが変える!金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』(朝日新聞出版)、『IoTビジネスモデル革命』(朝日新聞出版)、訳書に『ソーシャル物理学』(アレックス・ペントランド著、草思社)、『シンギュラリティ大学が教える 飛躍する方法』(サリム・イスマイル著、日経BP)など多数。














