NHK大河『べらぼう』復習帳 その1:徳川治貞 vs. 田沼意次

小林 啓倫

Specialカルチャー映画・音楽
江戸時代のメディア王・蔦重こと蔦屋重三郎(演:横浜流星)の生涯を追う今年のNHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』。さまざまな問題に機転と度胸で立ち向かう蔦重の姿が魅力となって、大人気を博している。

しかし蔦重の活躍した18世紀後半(江戸時代中~後期)は、これまで大河ドラマではあまり取り上げられておらず、戦国時代や幕末を描いた作品と比べて視聴者の側に時代背景の情報が少ない。そこで復習がてら、作品内で扱われる出来事の補足説明をしてみたい。第1回は「徳川治貞 vs. 田沼意次」だ。

徳川治貞とは?

7月6日放送の第26回「三人の女」では、米の値を下げられずにいる幕府に業を煮やした紀州徳川家の徳川治貞(とくがわ はるさだ、演:高橋英樹)が、幕府に対して忠告し、田沼意次(たぬま おきつぐ、演:渡辺謙)が苦虫を噛み潰したような顔をするという場面が描かれた。劇中で初登場となった治貞とは、いったいどのような大名だったのだろうか?

治貞は、江戸幕府第8代将軍・吉宗の孫で、1728年3月26日に生まれ、1789年12月12日に没したとされる。第26回で描かれていたのは、「天明の浅間焼け」こと天明大噴火(1783年8月5日)後の状況で、当時の治貞は55歳前後だ。

ちなみに、蔦重(1750年2月13日~1797年5月31日)は33歳で、1783年9月に日本橋に進出して間もないころ。田沼意次(1719年9月11日~1788年8月25日)は63歳で、権力の絶頂期にあった(ドラマでは、無敵の権力者というより、危ういバランスの上で綱渡りをする人物として描かれているが)。

治貞に話を戻そう。彼は徳川将軍家の分家である「御三家」のひとつ、紀州徳川家の出身。幼いころは、紀州藩(和歌山藩)の支藩である西条藩(現在の愛媛県西条市周辺)の養子となり、「松平頼淳(まつだいら よりあつ)」と名乗っていた。しかし1775年2月に当時の紀州藩主・徳川重倫(とくがわ しげのり)が隠居したことで、その跡を継ぐ形で第9代紀伊藩主となった。

「吉宗のコピー」のようだった孫・治貞

当時の紀州藩は、代々の藩主による散財がたたって赤字に陥っており、一説によれば170万両もの借金があったともされる。治貞は藩主に就くとさっそく藩政改革に取り組むこととなる。

彼が手本としたのは、祖父の吉宗だったという。吉宗といえば、8代将軍として「享保の改革」(1716~1735年ごろ)を進めたことで知られ、倹約令を出す一方で自らも質素な生活を実践したと伝えられている。また将軍就任前には第5代紀州藩主も務めており、その際にも質素倹約を柱とした藩の財政再建を進めた。

そんな吉宗の姿をコピーするかのように、治貞は質素倹約の方針を掲げ、緊縮財政政策を推進。自らも模範を示すため、質素な暮らしを徹底した。一説によれば、居城・和歌山城の修繕や土木工事でも、必要以上の出費を控え、城内で使う火鉢の数まで制限するほどだったという。また吉宗にならい、庶民の声を直接受けるための「目安箱」を設置するなど、さまざまな意見に耳を傾ける姿勢も見せていた。

しかし、1782年から1788年にかけて発生した「天明の大飢饉(ききん)」は、江戸時代最大級の飢饉とされており、治貞の改革にも大きな影響を及ぼした。

ドラマ中でも語られたように、治貞は庶民を救うため、藩の備蓄米を放出するという施策を行ったようだ。だが、それによって財政改革は停滞し、1787年には「家中半知(かちゅうはんち)」と呼ばれる、家臣に与える土地や米の支給量を50%削減する苦渋の策を採らざるを得なくなる。

第26回「三人の女」の舞台となった1783年は、治貞自身がそんなジレンマに陥っていたタイミングだったわけだ。

治貞の家中半知は苦渋の策だった(筆者がChatGPTで作成)

田沼意次は「積極財政と重商主義だけの人」だったのか?

第26回の放送では、治貞が江戸城に登城して、10代将軍・家治(演:眞島秀和)や田沼意次に物申す場面があったが、そういう史実はあったのか。残念ながら筆者はそうした記録を確認できなかったが、天明大噴火が起きた1873年ごろは、前述の天明の大飢饉の最中で、各地の凶作によって年貢収入が激減。さらに飢饉や災害への対策費もかさみ、幕府の財政は赤字続きで、意次は財政再建を迫られていた。そんな中で、紀州藩で同じ悩みを抱えていた治貞が意次に助言した、あるいは意次が治貞に意見を求めた、というやりとりがあっても不思議ではない。

意次の財政政策は、「積極財政」だったと一般的には解釈されている。つまり「緊縮財政」の逆だ。支出を切り詰めるのではなく、むしろ積極的に財政支出を行って経済を活発化させ、その結果として税収などの収入を増やし、収入と支出のバランスを取ることを狙った政策だ。実際、意次は商人の同業組合である株仲間を奨励して営業権を認め、その代わりに営業税や献金を幕府の財政に取り入れるなど、商業をテコに収入増を図った。また、蝦夷地(現在の北海道、樺太、千島列島周辺)や新田の開発といった新たな収入源の開拓にも意次は前向きだった。この点もドラマで丁寧に描かれている。このような姿勢から、意次は「重商主義(商業重視)」の推進者として知られている。

となれば、緊縮政策を掲げる治貞の存在は、意次にとってさぞ煙たかったのでは、と思うかもしれない。しかし実際の田沼政権を見ると、意次が緊縮策を全く取らなかったわけではないとわかる。むしろ繰り返される財政赤字に対応するため、幕府の支出削減に懸命に取り組んでいた。
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小林 啓倫

経営コンサルタント
1973年東京都生まれ、獨協大学外国語学部卒、筑波大学大学院修士課程修了。システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米バブソン大学にてMBAを取得。その後外資系コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業などで活動。著書に『FinTechが変える!金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』(朝日新聞出版)、『IoTビジネスモデル革命』(朝日新聞出版)、訳書に『ソーシャル物理学』(アレックス・ペントランド著、草思社)、『シンギュラリティ大学が教える 飛躍する方法』(サリム・イスマイル著、日経BP)など多数。

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