何の冗談?
「なぜ私はこんなところにいるんだろう……」
夕闇の予感がする豊洲公園。2時間並んでやっと手に入れたアクリルスタンド(以下、アクスタ)の包装をむき、周囲の視線を気にしながらアクスタ手持ちでササっとスマホ撮影を済ませ、いい感じに加工した写真を「豊洲運河と竜人くん♡」のメッセージを添えて友人たちへ送った途端、私はうっかり一瞬正気に戻ってしまった。
夕闇の予感がする豊洲公園。2時間並んでやっと手に入れたアクリルスタンド(以下、アクスタ)の包装をむき、周囲の視線を気にしながらアクスタ手持ちでササっとスマホ撮影を済ませ、いい感じに加工した写真を「豊洲運河と竜人くん♡」のメッセージを添えて友人たちへ送った途端、私はうっかり一瞬正気に戻ってしまった。
運河に佇む竜人くん♡
私は何をしているのだろう。えっ今、アタシいい年して、手にアクスタ持ってますけど? ヤダ、ちょ、超恥ずかしいんですけど……。しかもツルツルした若いイケメンとかじゃなくて髭アフロのおじさんなんですけど、なに、どした、何の冗談?
いや冗談なんかじゃない、本気と書いてマジと読む。11月14日木曜日、豊洲PIT「KIYOSHI RYUJIN25 〜REUNION TOUR〜 FINAL」。18時開場・19時開演のライブを前に15時30分から予定された先行物販の列へ、私はいそいそと14時から並んだ。この年齢のマダムが2時間近く立ちっぱなしで待つとは、食料が配給制とかでもない限り、よほどのことである。
いや冗談なんかじゃない、本気と書いてマジと読む。11月14日木曜日、豊洲PIT「KIYOSHI RYUJIN25 〜REUNION TOUR〜 FINAL」。18時開場・19時開演のライブを前に15時30分から予定された先行物販の列へ、私はいそいそと14時から並んだ。この年齢のマダムが2時間近く立ちっぱなしで待つとは、食料が配給制とかでもない限り、よほどのことである。
先行グッズ販売に並ぶ列……14時過ぎ時点で私の前には既に60人ほど
先行物販は15時半なんて書かれているけど、その時間に来ても、もはや売り切れ続出
それは、1本の動画がバズったことで始まった
それもこれも、今年7月に7年ぶりの再結成を遂げた“一夫多妻制”5人組アイドルグループ「清 竜人25」の絶対的センター、清家の当主である「旦那さま」で、髭にアフロ姿の清竜人(きよし・りゅうじん)くんのせいである。竜人くんのためである。
竜人くんのアクスタが欲しい、竜人くんや夫人たち(4人の女性アイドルは一夫多妻制下の妻という設定)の推し色を次々と出せるロゴ入りペンライト(以下、ペンラ)が欲しい、ライブ終演後の竜人くんと接近ツーショットが撮れちゃう限定チェキ券が欲しい、だから早く並んで売り切れる前に確実に手に入れるのだ。
竜人くんのアクスタが欲しい、竜人くんや夫人たち(4人の女性アイドルは一夫多妻制下の妻という設定)の推し色を次々と出せるロゴ入りペンライト(以下、ペンラ)が欲しい、ライブ終演後の竜人くんと接近ツーショットが撮れちゃう限定チェキ券が欲しい、だから早く並んで売り切れる前に確実に手に入れるのだ。
戦利品。並んでよかった
アイドルライブもペンラもアクスタもチェキも、全てが初体験という私が、なぜこんなところで、アイドルの推し活に慣れてるっぽい女子や男子やおじさんおばさんたちの中に存在を溶け込ませることになったのか。
それは10月中旬、1本の動画がバズったことに起因する。
それは10月中旬、1本の動画がバズったことに起因する。
「Will you marry me?」
その動画は、いまや決して珍しくもない「THE FIRST TAKE」だった。だけど映っているものが異様だった。
清 竜人25 - Will you marry me ? / THE FIRST TAKE
via www.youtube.com
ぷりぷり・つやつや・キュルンキュルンした、一分の隙もない美形アイドル女子4人がウェディングっぽい白いドレスと花飾りに身を包んで並び立ち、「りゅーじーんくーん♡」と呼ぶと、髭アフロのにやけたおじさんが登場。マイクを持ってセンターに立ったかと思うと、驚愕のハスキーなイケボで歌い始め、美形女子たちとキャッキャウフフ、愛の言葉を囁き合うのである。
歌詞をざっと“意訳”するとこんな感じ。
「キミはそんな風にしてくだらない恋愛に身をやつしてきたんだろう?」
「そんな男はやめて僕のところにおいでよ」
「後悔はさせないよ」「キミの世界を変えてあげるよ」
「うれしい! どうしてそんなに優しいの?」
「もしかして私たち運命かも」
などと、根拠はよくわからないが、自信に満ちた男と素直に愛される女たちの歌詞がファンクなメロディに乗って、ただただ楽しく、かすれるようなイケボのファルセットで優しく、そして夫人たちの透明感ある声で可愛くみずみずしく歌い上げられる。
「ヒョ。なんだこれ〜キモいかも〜」と何も期待しないどころか、マイナスの感情から見始めたはずの私は、
「なんだこのひたすら幸せな世界観」
と、気づいたら何度も繰り返し見ていた。そのうちうっかり泣いた。動画についたファンのコメントには、「多幸感」という言葉が躍っており、「そうか、これは多幸感なんだ」とティッシュで涙をぬぐい、鼻をかんだ。
歌詞をざっと“意訳”するとこんな感じ。
「キミはそんな風にしてくだらない恋愛に身をやつしてきたんだろう?」
「そんな男はやめて僕のところにおいでよ」
「後悔はさせないよ」「キミの世界を変えてあげるよ」
「うれしい! どうしてそんなに優しいの?」
「もしかして私たち運命かも」
などと、根拠はよくわからないが、自信に満ちた男と素直に愛される女たちの歌詞がファンクなメロディに乗って、ただただ楽しく、かすれるようなイケボのファルセットで優しく、そして夫人たちの透明感ある声で可愛くみずみずしく歌い上げられる。
「ヒョ。なんだこれ〜キモいかも〜」と何も期待しないどころか、マイナスの感情から見始めたはずの私は、
「なんだこのひたすら幸せな世界観」
と、気づいたら何度も繰り返し見ていた。そのうちうっかり泣いた。動画についたファンのコメントには、「多幸感」という言葉が躍っており、「そうか、これは多幸感なんだ」とティッシュで涙をぬぐい、鼻をかんだ。
河崎 環
コラムニスト・立教大学社会学部兼任講師
1973年京都生まれ神奈川育ち。慶應義塾大学総合政策学部卒。子育て、政治経済、時事、カルチャーなど多岐に渡る分野で記事・コラム連載執筆を続ける。欧州2カ国(スイス、英国)での暮らしを経て帰国後、Webメディア、新聞雑誌、企業オウンドメディア、政府広報誌などに多数寄稿。ワイドショーなどのコメンテーターも務める。2022年よりTOKYO MX番組審議会委員。社会人女子と高校生男子の母。著書に『女子の生き様は顔に出る』(プレジデント社)など。