全員を名前で呼ぶ、宮ノ下名物の応援スタイル
大平台の温泉街を過ぎると次の集落は宮ノ下。筆者がいつもお客様に「箱根で最も有名なホテル」と紹介する富士屋ホテルがあるエリアです。富士屋ホテルは1878年創業。周辺には富士屋ホテルに宿泊する要人のために設置された郵便局(現在はホステル)や写真館、土産物屋などが立ち並び、異国情緒が漂うエリアです。
正面奥に1878年創業の富士屋ホテル
このエリアにも大会当日は、大勢の観客が詰めかけます。特徴的なのは応援の仕方です。通常、観客は出身大学やひいきにする大学名で応援することが多いと思いますし、筆者も自然と大学名を叫んでいますが、ここ宮ノ下では走っている選手の名前で応援するのが習わしとなっています。これは今から30年ほど前、宮ノ下商店会と宮ノ下の若者のグループが、トップの選手から最下位で通過する選手まで平等に応援しようと始めた試みです。
テレビ中継では上位の大学や注目の大学の選手の映像が中心に流れるため、中位や下位の大学の選手はなかなか目立ちません。しかし、箱根駅伝は原則として、前年の大会で10位以内に入ってシード権を獲得するか、予選会で10位以内の成績を残さなければならない過酷な競技。本当は出場するだけでも大変なことです。
ここまでで、すでに約390mの標高差を登ってきた選手たち。脚が重くなり始めた頃に、沿道から自分の名前が聞こえてくるのです。きっと、残りの道のりも走りきろうと元気をもらえることでしょう。
しかし、なぜ沿道で応援する観客のみんなが、選手全員の名前を知っているのでしょうか。実は応援する人たちには、事前に選手の名前が記載されたリストが配られるのです。さらに、宮ノ下の手前で応援運営スタッフが「次は〇〇選手が来ます!」と声かけをするという古典的な方法で、観客に選手の名前を知らせています。
周辺にはメッセージが手書きされた応援旗が並べられます。これらの応援スタイルは宮ノ下スタイルと呼ばれ、現在は宮ノ下観光協会が運営を引き継ぎ、毎年続けています。また、応援している観客には、近くの渡邊ベーカリーの名物・シチューパンがふるまわれます。
テレビ中継では上位の大学や注目の大学の選手の映像が中心に流れるため、中位や下位の大学の選手はなかなか目立ちません。しかし、箱根駅伝は原則として、前年の大会で10位以内に入ってシード権を獲得するか、予選会で10位以内の成績を残さなければならない過酷な競技。本当は出場するだけでも大変なことです。
ここまでで、すでに約390mの標高差を登ってきた選手たち。脚が重くなり始めた頃に、沿道から自分の名前が聞こえてくるのです。きっと、残りの道のりも走りきろうと元気をもらえることでしょう。
しかし、なぜ沿道で応援する観客のみんなが、選手全員の名前を知っているのでしょうか。実は応援する人たちには、事前に選手の名前が記載されたリストが配られるのです。さらに、宮ノ下の手前で応援運営スタッフが「次は〇〇選手が来ます!」と声かけをするという古典的な方法で、観客に選手の名前を知らせています。
周辺にはメッセージが手書きされた応援旗が並べられます。これらの応援スタイルは宮ノ下スタイルと呼ばれ、現在は宮ノ下観光協会が運営を引き継ぎ、毎年続けています。また、応援している観客には、近くの渡邊ベーカリーの名物・シチューパンがふるまわれます。
渡邊ベーカリーのシチューパン。駅伝でふるまわれるものは片手で持ちやすいよう、ひとまわり小さくしているそう
電車が選手を待つ小涌谷踏切、中継でおなじみの「小涌園前」
富士屋ホテルの先を左折すると、小涌谷へ向かって、さらに急な勾配が始まります。しばらく行くと、右側に「関東大学駅伝競走第35回大会」と書かれた緑色のレリーフがはめ込まれた石碑が立っています。この場所では1956年12月、専修大学の学生が箱根駅伝に向けた試走中に交通事故で亡くなりました。石碑は事故から2年ほどたった1959年3月、宮ノ下観光協会が亡くなった選手への鎮魂も込めて設置したといいます。
なお、この事故も1つのきっかけとなり、安全上の理由から選手の事前試走は禁止されるようになりました。
なお、この事故も1つのきっかけとなり、安全上の理由から選手の事前試走は禁止されるようになりました。
第35回大会記念碑
さらに登っていくと、箱根登山鉄道の線路と国道1号線が交差します。小涌谷踏切です。箱根駅伝のコース上ではかつて、蒲田にも京浜急行線の踏切がありましたが高架化されたため、現在は唯一の踏切となりました。普段、タクシーで通るときは、もちろん私たちが電車を待つ側です。それが1月2日と3日だけは係員が配置され、電車が選手を待ちます。中継でこの場所が映ったら、「あの踏切だ」と思い出してください。
小涌谷駅近くにある小涌谷踏切
踏切を過ぎてしばらく進むと、中継の際に地名ではなく、「小涌園前」と施設名で紹介される箱根ホテル小涌園が見えてきます。日本テレビが初めて箱根駅伝の中継をした際に、300名のスタッフの宿泊の場所を急きょ提供したホテルです。なぜ、施設名で呼ばれているかなど、詳しく知りたい方はぜひ、前回の記事もご覧ください。
ホテル小涌園の向かいには温泉のテーマパーク・ユネッサン、左へカーブを切った先には岡田美術館、箱根小涌園 三河屋旅館と、筆者もお勧めの観光スポットが続きます。
ホテル小涌園の向かいには温泉のテーマパーク・ユネッサン、左へカーブを切った先には岡田美術館、箱根小涌園 三河屋旅館と、筆者もお勧めの観光スポットが続きます。
箱根ホテル小涌園前のユネッサン。直線を見通せる位置に実況中継用のブースが設置される
国道1号線の最高地点874メートルを越えて
小涌園前を過ぎ、森の中のカーブを上っていくと、給水地点が設置される芦之湯へ向かって、いったん下りとなります。ここは見通しのよい直線が急に開けるので、これまで見えていなかった前後の選手が見えるようになるポイントでもあります。
5区の登りの標高差は約840m。芦之湯を過ぎてもう一度坂を上り、「国道1号線最高地点874m」の看板を過ぎると、あとは下るのみです。
5区の登りの標高差は約840m。芦之湯を過ぎてもう一度坂を上り、「国道1号線最高地点874m」の看板を過ぎると、あとは下るのみです。
「国道1号線最高地点」の看板。復路の6区では、ここまで上った選手は小田原まで、ほぼ下るだけとなる
看板の先、左手には「曽我兄弟の墓」と呼ばれる3基の石塔があります。その先の黒い岩には表に1体、裏に2体のお地蔵さまが彫られています。また国道からは見えませんが、道の右側にも23体のお地蔵さまが岩に彫られています。旅人の安全を祈って鎌倉時代に彫られたという石仏群です。選手たちにもぜひ一度、立ち寄ってほしいスポットです。
石仏群を過ぎ、芦ノ湖へ向けてさらに下っていきます。国道1号線最高地点から芦ノ湖湖畔までの標高差は約150m。ゴールの箱根町港はもう少しです。
石仏群を過ぎ、芦ノ湖へ向けてさらに下っていきます。国道1号線最高地点から芦ノ湖湖畔までの標高差は約150m。ゴールの箱根町港はもう少しです。

美馬 哲
タクシー乗務員/「箱根観光情報新聞」編集長
10年前、企業の管理職を辞して箱根へ移住。旅館勤務を経て、現在はタクシー乗務員として日々観光客を案内している。2019年に「箱根観光情報新聞」を創刊し、編集長として地域の魅力や旅人との出会いを発信中。













