ドラマ『俺たちの箱根駅伝』放映直前!箱根タクシー運転手が案内する駅伝中継の舞台裏

美馬 哲

Specialアウトドア・お出かけスポーツ本・書籍
箱根駅伝(東京箱根間往復大学駅伝競走)といえば毎年正月に繰り広げられる、箱根を舞台とするイベントでは年間でも最大級の催しです。

正月三が日の1月2・3日にテレビで生中継が行われることもあって、関東学生陸上競技連盟主催による出場校の地域を限定した大会にもかかわらず、全国区の認知度を誇ります。参加する大学の在校生や卒業生、その家族にとっても特別なイベントです。

そんな箱根駅伝を舞台にしたドラマが10月10日から、日本テレビで放送されます。タイトルは「俺たちの箱根駅伝」。池井戸潤の同名の小説が原作です。

大泉洋、伊藤沙莉、山下智久といった豪華俳優陣が演じる登場人物は、テレビ局の駅伝中継スタッフたち、そして予選落ちした架空の大学の選手を集めた関東学生連合チームのメンバーと監督、コーチ、マネジャーたち。さまざまな問題を克服しながら伝統的な箱根駅伝の中継を守ろうとするテレビ局スタッフと、記録が残らないジレンマを抱えながらも上位入賞を目指す関東学生連合チームのストーリーが、同時並行で進みます。

筆者が原作小説を読み始めた時は、実は「フィクションだし……」とかなり気軽な気持ちでした。しかし、下巻を手にした頃には完全に関東学生連合チームの応援団になるほど、入れ込んでいました。

小説のクライマックス、箱根駅伝本戦には実在の大学も登場します。筆者の母校・駒澤大学も出てくるのですが、終盤で駒澤大学と関東学生連合が並走するシーンでは思わず、母校ではなく「頑張れ!学生連合」と応援してしまったぐらいです。これ以上はネタバレになるので、放送までお待ちいただくか、書店で原作をお買い求めください。

今回はドラマを読者の皆さまがより楽しめるように、かつては不可能といわれていた箱根駅伝の生中継に挑戦したテレビスタッフたちのエピソードを、実際の箱根の駅伝中継ゆかりの地とともに紹介したいと思います。ドラマの予習、聖地巡礼のお供にお役立てください。

小涌園前に近づく駅伝テレビ中継車

「不可能」といわれていた箱根山中のテレビ生中継

最初に箱根駅伝と日本テレビによる中継についておさらいしましょう。

日本マラソンの父と呼ばれ、大河ドラマ「いだてん」の主人公のひとりとして登場する金栗四三(かなくり しそう)氏が「世界で戦える長距離選手を育成するため」に発案したのが、この大会の始まりです。東京・箱根間の100km以上の距離を往復。2日間かけて10人の選手がたすきをつなぎます。

第1回大会は1920年(大正9年)2月14~15日の2日間、参加4校(早稲田・慶應・明治・東京高等師範(現・筑波大))で行われました。その後、第二次世界大戦中の何度かの中断を経て1947年に復活。以降は読売新聞社が共催として支える大会となり、2026年には第102回を数えています。

メディアによる中継は1953年から、NHKのラジオで始まりましたが、首都圏限定の放送でした。転機が訪れたのは第63回大会が行われた1987年。それまで不可能といわれていたテレビによる生中継に日本テレビ放送網が初めてチャレンジしたのです。

箱根の地は東西約8km、南北約12kmのカルデラを、標高1000m前後の外輪山が取り囲んでいます。テレビの画像はマイクロウェーブと呼ばれる波長の短い電波で送られますが、直進性が高いため、外輪山が障害となって山間部のコースの画像を東京に直接送ることができません。

東京12チャンネル(現・テレビ東京)が1979年から、当初はゴール地点中心のダイジェスト形式で放送を行うようになったものの、完全生中継は不可能といわれ続けてきました。

しかし、日本テレビの坂田信久というプロデューサーが中心となり、長年温めていた企画であった箱根駅伝の生中継の実現性を検討。1987年の放送にあたっては、中継車で撮影した画像をマイクロウェーブでヘリコプターに飛ばし、箱根の駒ケ岳山頂の中継基地を経由して二子山のNTT双子無線中継所に送り、そこから東京に送る方法を採りました。

双子無線中継所へのゲート。自然保護の目的で関係者以外は入ることができない

さらに悪天候のためにヘリコプターが飛ばない場合に備え、外輪山の明星ヶ岳付近にも人力で機材を持ち上げ、バックアップ用の中継基地を設置したそうです。

余談ですが、筆者が1990年当時勤めていた広島にある会社の社長は、日本テレビのライバル局出身で、毎年箱根・宮ノ下の富士屋ホテルで新年を迎えていました。正月休み明けに開口一番、「美馬君の代わりに駒大応援しといたよ」と言うのに続けて「しかし、日テレもすげーよなぁ。中継車からマイクロ(ウェーブ)をヘリに飛ばすなんて。しかも、外輪山に機材を上げて中継基地も作ったらしい」と舌を巻いていたことを覚えています。特に、マイクロウェーブをピンポイントで送信するのは非常に難しいと言っていました。

そんな日本テレビスタッフたちの努力のかいあって、関東地方の大学の地域限定のイベントだった箱根駅伝も全国に知られるようになっていったのだと思います。

中継ポイントが地名ではなく施設名「小涌園前」なワケ

さて、生中継の技術的な問題は解決しましたが、日テレの中継スタッフたちには最大の問題が残っていました。宿の問題です。中継には系列局からの応援も含め700人のスタッフが動員されました。その中で、箱根山中の生中継に携わるスタッフの人数は300人。宿泊先手配を任された局の担当者は「温泉地の箱根には宿もたくさんあるし、何軒か当たればなんとかなるだろう」と、人数は多いものの初めは楽観的に考えていたそうです。

しかし、箱根は首都圏から近い人気の温泉地。特に年末年始はほとんどの宿が満室になります。そんなハイシーズンの箱根で300人もの宿を探すのは至難の業でした。

宿確保の困難さに驚いた担当者は、箱根町役場にも相談しました。しかし、1人当たりの予算は食事付きで5000円。宿にとってはかき入れ時の年末年始にその予算ではどうにもならず、お手上げです。

最後に町役場の担当者が相談したのが、箱根小涌園(現・箱根ホテル小涌園)の営業企画課長でした。「学校でも体育館でもいいから何とかしたい」という局担当者の言葉に「小涌園の関連施設の体育館を借りられないか」とひらめいたのです。

すると、小涌園側からは「体育館は暖房がないから寒いでしょう。会議場や宴会場なら暖房もついているし、年末年始は空いていますよ。食事や布団の手配はできませんが、お風呂はご自由に使えます」との言葉があり、宿確保問題は一件落着となりました。

ただ、その後も直前になってスタッフが視聴できるようにテレビを電気店で調達する必要に迫られたり、宴会場に通されて宴会を期待していたスタッフから段ボールで運ばれたお弁当に苦情が殺到したりと、担当者にとっては苦労の連続だった様子です。

この時の小涌園の恩義に報いるため、箱根駅伝の中継ではほかの地点は地名で紹介しているところを、今でも必ず「小涌園前」と紹介しているといいます。小涌園と同じ藤田観光グループで別の宿の支配人を務める知人は「広告料なしで毎年小涌園の宣伝をしてくれるので、大変ありがたい」と話していました。

ホテル小涌園(2018年5月撮影)。現在は建て替えられている

この話は箱根では結構有名な話なのですが一般にはあまり知られていないようで、小説「俺たちの箱根駅伝」が生まれたきっかけも「中継ポイントの中で小涌園前だけなぜ施設名なのか」という作者・池井戸さんの素朴な疑問からだったそうです。

以前、筆者がタクシーにお乗せした年配のお客様は、小涌園の前で「ここが箱根駅伝で有名な小涌園? 広告効果は絶大だね。九州に住んでいる私たちも知ってるよ」とおっしゃるので、「いえ、小涌園さんは一銭も払っていませんよ」と前置きしてこのエピソードを紹介しました。すると「来年の駅伝の中継が楽しみだ」と大変喜んでくださいました。

初の箱根駅伝完全生中継の裏側にあった日テレスタッフの奮闘に興味のある方は、その模様を細やかに取材したノンフィクション『箱根駅伝を伝える テレビ初の挑戦』(著・原島由美子、文春文庫)がお勧めです。
26 件

美馬 哲

タクシー乗務員/「箱根観光情報新聞」編集長
10年前、企業の管理職を辞して箱根へ移住。旅館勤務を経て、現在はタクシー乗務員として日々観光客を案内している。2019年に「箱根観光情報新聞」を創刊し、編集長として地域の魅力や旅人との出会いを発信中。

ranking

  • 1
    サムネイル

    ノンフライヤーで「業スー揚げ物」の限界に迫る!業スーの冷凍フライの逸品5選

  • 2
    サムネイル

    ポケポケステップアップバトルが今秋終了!?夏休みはオートデッキでショップチケットを取り逃がすな!

  • 3
    サムネイル

    ビストロ、ヘルシオ、石窯ドーム、どれを買えばいい?エブリノって何?家電エバンジェリストが選び方からおすすめまで徹底紹介

  • 4
    サムネイル

    小学生がどハマりする生成AIキャラクター「イタリアンブレインロット」の中毒性と拡散力

  • 5
    サムネイル

    「ヤバい住所」を集め続けた地図エンジニアが見つけた共通点とは?『ヤバい日本の住所』著者が明かす執筆の裏側

  • 1
    サムネイル

    ビストロ、ヘルシオ、石窯ドーム、どれを買えばいい?エブリノって何?家電エバンジェリストが選び方からおすすめまで徹底紹介

  • 2
    サムネイル

    ポケポケステップアップバトルが今秋終了!?夏休みはオートデッキでショップチケットを取り逃がすな!

  • 3
    サムネイル

    ノンフライヤーで「業スー揚げ物」の限界に迫る!業スーの冷凍フライの逸品5選

  • 4
    サムネイル

    小学生がどハマりする生成AIキャラクター「イタリアンブレインロット」の中毒性と拡散力

  • 5
    サムネイル

    「ヤバい住所」を集め続けた地図エンジニアが見つけた共通点とは?『ヤバい日本の住所』著者が明かす執筆の裏側

  • 1
    サムネイル

    「ヤバい住所」を集め続けた地図エンジニアが見つけた共通点とは?『ヤバい日本の住所』著者が明かす執筆の裏側

  • 2
    サムネイル

    ノンフライヤーで「業スー揚げ物」の限界に迫る!業スーの冷凍フライの逸品5選

  • 3
    サムネイル

    小学生がどハマりする生成AIキャラクター「イタリアンブレインロット」の中毒性と拡散力

  • 4
    サムネイル

    ポケポケステップアップバトルが今秋終了!?夏休みはオートデッキでショップチケットを取り逃がすな!

  • 5
    サムネイル

    NHK大河『豊臣兄弟!』秀長の選択—小牧・長久手の戦いから紀州征伐へ、「共同統治者」としての秀長

internet for you.