EUの「AI法」と、米国で進む「静かなAI規制」

小林 啓倫

AIクリエイターテクノロジー

米国で進む州レベルのAI規制

一方でもう1つのAI先進地域、米国ではどうだろうか。これまで同国では、AIを含む各種の先進テクノロジーの規制に消極的な姿勢を取ってきた。技術の規制よりも振興を、そしてそれによる経済の発展を、というわけである。しかし近年、同国でも規制を求める声が高まっており、その特徴として「州レベルでの」「特定のテーマをターゲットとした」AI規制が進んでいる。

これは米国全体、つまり連邦政府レベルでのAI規制が進んでいないということではない。EUにおけるAI法のような包括的な規制法の審議は行われていないものの、NIST(米国立標準技術研究所)がAIリスク管理フレームワーク(AI RMF)を策定しており、FTC(米連邦取引委員会)やFDA(米食品医薬品局)も指針を発表している。このように、連邦政府レベルにおいても、AIの安全な利用に向けたガイドラインを示したり、既存の法体系の中で問題のあるAI利用を取り締まる対応を進めている。

また2023年4月には、米民主党のチャック・シューマー上院議員が、包括的なAI規制を行う連邦法の法案提出を目指していると報じられている。彼はAI技術の進歩に適応できるような柔軟な枠組みを整備することで、安全性や説明責任、透明性といったガバナンスの観点と、イノベーションの促進という観点のバランスが取れた規制を目指しているようだ。

さらに5月16日、米国上院議会司法委員会が、AIに関する公聴会を開いている。これは生成AIに対する懸念を受けて開催されたもので、ChatGPTの開発企業であるOpenAIのサム・アルトマンCEOも参加。彼はAIに規制が必要だと主張し、開発企業に免許制を導入すべきだと訴えた。また前述のシューマー上院議員の呼びかけで、9月13日に首都ワシントンD.C.でAI規制に関するフォーラムが開催されている。こちらにもアルトマンCEOなど、生成AIを積極的に開発する企業のトップが招かれ、「AIを規制すべき」との方向で意見が交わされたと報じられている

しかし今、米国で注目すべきは、州や自治体レベルでの対応だ。包括的なAI規制を整備しようとすると、EUのAI法と同様に長い時間と厳しい議論が必要になる。しかし自治体レベルでは、ちょうど脚本家たちが「生成AIによって仕事を奪われる」という現実的な危機に直面したように、漠然とした不安が実際の問題へと具現化しつつある。そこで連邦政府での法整備を待たずに、州法や条例などの形で、応急手当的にAI規制を進める動きが加速しているのである。

ソフトウェア業界の団体であるBSA(Business Software Alliance)が、そうした米国の州レベルで進む「静かなAI規制」の動きを整理し、報告書として発表している。それによると、2023年には既に全米で191件の AI 関連法案が州議会に提出されており、これは 2022年と比較して4倍以上の増加となったそうだ(生成AIに特化した関連法案も、既に4件提出されている)。提出された法案のうち、議会を通過したのは14件。そしてBSAは、今後この数はさらに増加するだろうと予測している。

2023年にAI規制法案を審議した州(濃い青色)(BSAレポートより抜粋)

成立した法案の傾向を見ると、興味深い傾向を確認できる。議会を通過した法案の多くが、ディープフェイクや法執行機関など、政府によるAI利用に関するものだったそうだ。

特にディープフェイク法案については、昨年から50%増加しており、このうちおよそ16%が法律として制定された。これはBSAが追跡しているテーマの中で最も高い水準にあるそうだ。ディープフェイクとは、生成AIが生み出す高品質なコンテンツ(特に音声や映像)を利用して、何らかの犯罪行為を行うことを指す。例えば選挙などで政敵を攻撃するために、ライバル候補が過激な発言をする偽動画を作成したり、特定の女性の性的な偽動画を生成して、その女性の評判を落としたりといった行為だ。近年の生成AI技術の向上により、こうしたディープフェイクに関連した被害も拡大しており、その危機意識が提出・可決される法案の数に現れていると言えるだろう。

大規模な都市が、AI規制を独自に導入する動きも見られる。ニューヨークでは、雇用や人事評価に関するAI(履歴書や面接映像の自動評価ツールなど)に対する監査をその利用者に義務付ける、市独自の条例を2023年7月に施行した。サンノゼは、米国内の同規模の都市では初となる、AI評価フレームワークとアルゴリズム登録制度を導入。さらにボストンとシアトルは、生成AIに関するガイダンスを発表し、透明性などガバナンスに関する原則を定めている。特にシアトルについては、同市の位置するワシントン州が生成AIに関する規制を検討した際、その生成AIガイダンスを参考にしたという。

レポートの中でBSAは、2024年以降も州や連邦政府レベルでの規制が進まない場合、生成AIが社会に与える影響という観点から、地方自治体がAI規制を検討する動きが続くだろうと予測している。規制されるどころか、生成AIの能力とそれが適用される分野がますます拡大している現状を考えれば、BSAの予想はかなりの確度で当たるに違いない。

WGAが脚本執筆における生成AI利用に強く反発し、具体的なルールの施行という成果を勝ち取ったことに象徴されるように、高度なAIがもたらすリスクは私たち一般市民にとっても身近なものとなっている。国レベルでの包括的なAI規制を待っていては、問題への対応が遅れてしまい、手遅れになりかねない――WGAのストライキや、米国の州・自治体レベルで進むルール整備は、そうした危機意識の表れだ。そしてAIアプリケーションの進化と導入という流れは、これから日本でも確実に本格化する。米国での動きに注目することは、日本および米国以外の国におけるAI規制の将来を占ううえで、非常に有益なものとなるだろう。
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小林 啓倫

経営コンサルタント
1973年東京都生まれ、獨協大学外国語学部卒、筑波大学大学院修士課程修了。システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米バブソン大学にてMBAを取得。その後外資系コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業などで活動。著書に『FinTechが変える!金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』(朝日新聞出版)、『IoTビジネスモデル革命』(朝日新聞出版)、訳書に『ソーシャル物理学』(アレックス・ペントランド著、草思社)、『シンギュラリティ大学が教える 飛躍する方法』(サリム・イスマイル著、日経BP)など多数。

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