NHK大河『べらぼう』復習帳 その4:松平定信の跡を継いだ松平信明、その後はどうなった?

小林 啓倫

Specialカルチャー映画・音楽
江戸時代のメディア王・蔦重こと蔦屋重三郎(演:横浜流星さん)の生涯を追う今年の大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~(以下、べらぼう)』。さまざまな問題に機転と度胸で立ち向かう蔦重の姿が魅力となって、大人気を博している。

しかし蔦重の活躍した18世紀後半(江戸時代中~後期)は、これまで大河ドラマではあまり取り上げられておらず、戦国時代や幕末を描いた作品と比べて視聴者の側に背景の情報が少ない。そこで復習がてら、作品内で扱われる出来事の補足説明をしてみたい。

第4回で取り上げるのは、江戸幕府で老中・老中首座を務めた松平信明(演:福山翔大さん)だ。

バックナンバー:
NHK大河『べらぼう』復習帳 その1:徳川治貞 vs. 田沼意次
NHK大河『べらぼう』復習帳 その2:松平定信は改革者か、反動主義者か?
NHK大河『べらぼう』復習帳 その3:「ストライサンド効果」をマーケティングに利用した蔦重

松平定信の失脚

11月9日に放送された第43回「裏切りの恋歌」では、「寛政の改革」を推し進めててきた松平定信(演:井上祐貴さん)がついに失脚した。定信が老中に就任したのは天明7年(1787年)、辞したのは寛政5年(1793年)で、在任期間はわずか6年だ。

表向き、彼の辞任は「自ら願い出た」とされている。「べらぼう」ではこのくだりが、「大老就任を画策して老中を辞任したが、策略にはまって大老になることは叶わず、そのまま退場となってしまった」という流れで描かれていた。定信が自ら登用し、仲間だと思っていた老中の松平信明や若年寄の本多忠籌(ただかず 演:矢島健一さん)も彼を裏切っていたという筋書きだ(ドラマ内では、定信も彼らの動きを察していたという形になっているが)。

実際のところ、彼はなぜ失脚してしまったのか。理由としてよく挙げられるのが、彼が仕えた徳川第11代将軍・家斉(演:城桧吏さん)と、その実父である一橋治済(演:生田斗真さん)「親子」との対立だ。

振り返ってみると、松平定信が老中に就任し、老中首座に任命されたのは彼が28歳の時。この若さで幕政のトップに立つのは、異例の大抜擢だった。「べらぼう」では、その裏に「反田沼」を推し進めたい一橋治済の思惑があったという描写がなされているが、実際にも定信は治済という大きな後ろ盾を得て政治力を発揮していた。

裏を返せば、定信は「治済の支持を失えば、一気に政治力を失う」というリスクに常にさらされていたのだ。実際にその懸念が現実となり、たった6年で失脚することになった。

補足として、松平定信と松平信明の主な動きの年表を記載する。
1787年:定信老中就任/家斉将軍就任
1793年:定信失脚
1799年:治済が田安家を支配下に
1803年:信明老中解任
1806年:信明復職

「尊号一件」と「大御所問題」

定信が治済と対立するに至った背景には、「尊号一件」と「大御所問題」と呼ばれる2つの出来事が大きかったとされている。

尊号一件とは、寛政の改革期に幕府と朝廷との間で起きた政治問題だ。「べらぼう」でも詳しく描かれていたが、簡単にまとめると、時の天皇である光格天皇が、生父である閑院宮典仁親王に対し、大上天皇(太上天皇)の尊号とそれに伴う待遇を贈りたいと幕府に申し出たが、定信がそれを拒否したというもの。光格天皇は朝廷の権威回復に熱心であったとされ、この動きもその一環であったと捉えられている。しかしそうであれば、幕府の権威を重視する定信にとって、到底認めるわけにはいかない。定信はあくまで幕府の立場を守ろうとしたのだが、結果としてその姿勢は「われわれの意向を無視した」と受け取られ、朝廷の支持を失うことになる。これが失脚の一因になったという説がある。

そして大御所問題とは、徳川家斉が父・一橋治済に「大御所」の地位を与えようとしたのに対し、定信が強硬に反対した騒動を指す。大御所は本来、現役将軍の実父に対する尊称だが、江戸幕府では将軍経験者だけが名乗れる立場とされており、治済はその条件に当てはまらなかった。

しかしそれは表向きの理由で、実質的には定信は幕政が乱れることを気にしていたようだ。家斉が将軍の座に就いた天明7年(1787年)、彼はまだ15歳という若さで、治済は将軍の実父として大きな権力を振るう立場にあった。そんな彼に「大御所」の地位を与えれば、治済は家斉が一人前に成長した後も、政治に介入し続けられることになる。

治済の後ろ盾があって老中首座にまで昇りつめた定信だったが、「徳川幕府」という統治体制そのものを守りたい彼にとって、治済の影響力が色濃く残る曖昧な権力構造は許せなかったのだろう。松平信明や本多忠籌らを従えるようになった今なら、治済を排して自らの元に権力を集めることもできる、という野望を抱いたのかもしれない。いずれにせよ定信は治済に大御所の地位を与えることに反対し、その結果、両者の間に決定的な対立が生まれた。

権力を握りたい将軍親子と、それを阻止したい老中たちの対立が「べらぼう」の時代に起きていた(筆者がWhiskで生成)

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小林 啓倫

経営コンサルタント
1973年東京都生まれ、獨協大学外国語学部卒、筑波大学大学院修士課程修了。システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米バブソン大学にてMBAを取得。その後外資系コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業などで活動。著書に『FinTechが変える!金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』(朝日新聞出版)、『IoTビジネスモデル革命』(朝日新聞出版)、訳書に『ソーシャル物理学』(アレックス・ペントランド著、草思社)、『シンギュラリティ大学が教える 飛躍する方法』(サリム・イスマイル著、日経BP)など多数。

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