北京ロボットハーフマラソン──表彰台を独占したHonor社の野望

土江錠

AISpecialテクノロジー

熱、自律、耐久──「3つの壁」を超える

ヒューマノイドロボットにとって、21kmのハーフマラソンは単なるスピード競争ではありません。走り抜くために乗り越えなければならない、3つの工学的な壁があります。

第1の壁は「熱」です。

モーターの連続駆動は大量の熱を生みます。人間が体温調節に汗を使うように、ロボットにも冷却が必要です。閃電は自社開発の液冷システムを搭載し、ハイエンドPCのような冷却機構を脚部に組み込むことで、長時間の高出力走行を可能にしました。

第2の壁は「自律性」です。

総合優勝したHonorの閃電は、自律走行で50分26秒というタイムを叩き出しました。速さと自律性の両方を、高いレベルで両立させた点が評価されました。

大会参加ロボットのうち、自律走行は約40%で、残りは遠隔操縦でした。Honorの遠隔操縦型ロボットは48分19秒と、総合優勝した機体よりさらに速いタイムを記録しましたが、ロボットの自律性を重視するこの大会では速さよりも、「自分で判断して走れるか」が設計において問われました。

第3の壁は「耐久性」です。

21kmという距離を、一度も止まらず、バランスを崩さず、一定のペースを維持し続けること。閃電は走行中のエネルギー切れを回避するバッテリーシステムを取り入れています。

脚長95cm、400Nmのモータートルク、LiDAR搭載の自律ナビゲーション。Honorによると、シミュレーション上での数十万回の転倒テストと、2カ月以上のフィールドテストを行ったそうです。

スマホメーカーの「武器」

Honorがロボット事業で強調する強みは、スマートフォンで培った深いレベルのユーザー理解です。

行動データ、嗜好パターン、インタラクション設計のノウハウ。これらを活用すれば、ロボットは初対面からユーザーの意図を把握できるようになります。

同社が掲げるロボットの3つの用途、「ショッピング支援」「職場巡回」「介護向けコンパニオン」はいずれも、「人との自然なやりとり」が鍵を握る領域です。これはスマホ企業としての強みが直接生きる舞台でもあります。

Honorのアルゴリズムの実力の片鱗は、すでに数字に表れています。2025年、HonorはUnitree Robotics(宇樹科技)にAIアルゴリズムを提供し、走行速度4m/秒という記録更新に貢献しました。

そして今回のハーフマラソン大会では、かつてアルゴリズムを提供したUnitreeと競合として直接対決。Honorによる表彰台独占という結果を実現しました。

注目すべきは、Honorの勝因が搭載するアルゴリズム単体ではなく、液冷システムやバッテリー、自律制御を含むシステム全体の統合力にあったことです。このことは、協業と競争が入り混じる中国ロボット産業界での勝利を構造的に象徴しています。

そして第2回ロボットハーフマラソンの表彰台の光景は、私たちに無視できない問いを投げかけています。「ヒューマノイドロボットの競争軸は、“技術の統合”にあるのではないか」と。

100社超がひしめく「戦国時代」

Honorが飛び込んだヒューマノイドロボット市場は、すでに激戦区です。中国では100社超のヒューマノイドロボット企業がひしめいています。

Unitreeのロボットの平均単価は、2023年の約59万元から2025年には約17万元へと急落。その競争の激しさを物語ります。

激化する競争の中で、ヒューマノイドロボット企業への投資熱も高まっています。Unitreeは2025年に5500台以上のヒューマノイドを出荷し、売上高17.1億元(約2.5億ドル)、前年比335%増を達成しました。上海証券取引所に開設された、ハイテク・イノベーション企業向けの株式市場、上海科創板(STAR Market)へのIPOを申請中で、42億元(約6.1億ドル)の調達を目指しています。

UBTECH(優必選)は2023年12月に香港証券取引所に上場し、ヒューマノイドロボット企業として世界初のIPOを果たしました。

AgiBot(智元機器人)も2025年に5100台を超えるロボットを出荷。世界的なテクノロジーリサーチ企業Omdiaの調査では世界シェア約39%を占める業界トップに立っています。

このように強力な競合が複数存在する一方で、Honorのロボットが表彰台を独占した事実は、競争の過熱とは裏腹に、上位の技術水準に到達した企業はまだ限られていることも示唆しています。100チーム以上が参加しながら、表彰台に食い込めたのはHonorだけ。企業数の多さと、技術の成熟度は別の話です。

スマホ市場の熾烈な価格競争を生き抜いてきたHonorにとって、過当競争やレッドオーシャンは見慣れた戦場かもしれません。しかし、産業の健全性は企業数の多さでは測れないものです。裾野の広さと頂点の競争力が同時に育つことも、今後の産業全体の発展のためには必要なことでしょう。

スマホ出身のHonorがヒューマノイドロボット業界のトップになれるか?

HyundaiがBoston Dynamicsを買収し、SamsungがRainbow Roboticsへの出資比率を引き上げて子会社化し、Xiaomiがヒューマノイド「CyberOne」を発表する時代。ヒューマノイドロボット業界にとって、異業種からの参入はもはや例外ではなく潮流です。

Honorもその流れの中にいます。Huaweiからの独立という出自、100億ドル規模の投資、スマホで培ったユーザー理解。参入の根拠はそろっています。加えてハーフマラソンでの表彰台独占は、「業界で注目を集めるチケット」としてこれ以上ないインパクトを残しました。

直近1年間のヒューマノイドロボットの進化の早さは無視できません。2時間40分台の記録が1時間を切り、50分台になった。21体の参加ロボット数が300になった。ドタバタ劇と言われた大会が人類超えを達成した。この加速度がもう1年、2年と続いたとき、ロボットはただ速く走るだけでなく、私たちの隣で働くようになっているかもしれません。
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土江錠

ガジェットのほか、各種AIや先端技術を追いかけるテックウォッチャー。
ゲームと食べ歩きも少し詳しい。

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