年末年始で忙しく、それこそ分刻みで働いているという人も多いことだろう。しかし「時計」という技術、特に私たちが知るような機械式の時計が発明されるまでは、時間はもっとゆっくりと流れ、労働も大ざっぱに管理されていた。しかし13世紀に機械式時計が発明され、14世紀以降に社会に普及していくと、正確な時間に基づいた労働の管理が行われるようになる。ひいてはそれが、現代のような資本主義の発展につながっていくわけだ。このように新しいテクノロジーは、それまでの労働のあり方を変え、新しい姿に変えていく力を秘めているといえる。

現代において、13世紀の機械式時計に匹敵する、あるいはそれを超える「労働変容力」を持つと考えられるのがデジタル技術だ。特にインターネット、モバイル端末、AIという3本柱、そしてそれらが融合した環境は、すでに私たちの労働のあり方を大きく変えつつある。私が翻訳を担当し、2024年12月に発売された『AI・機械の手足となる労働者』（白揚社）は、そんな変革のうねりを現場から調査し、理論へとまとめた一冊だ。そこで何が明らかにされているのか、注目ポイントをまとめてみたい。

本書の原著となるのが、2022年1月に発売された、ドイツの研究者モーリッツ・アルテンリートによる『The Digital Factory: The Human Labor of Automation（デジタル工場：自動化の背後にある人間の労働）』である。デジタル技術の進化により、さまざまな作業や業務が自動化されたように見える現代社会だが、その裏には多くの「人間による労働」が残されている。いや、残されているというより、人間の労働力が機械やアルゴリズムを中心とした仕組みに組み込まれているというべきだろう。

アルテンリートは本書において、それを「デジタル工場（Digital Factory）」という概念にまとめ、幅広い調査に基づいて、批判的考察と理論化を試みている。

アルテンリートのいうデジタル工場とは、従来の工場で見られた、反復的な作業が求められる不安定な雇用形態が、デジタル技術によって復活を遂げている現場を意味する。

第1章の冒頭で取り上げられる事例は、本書全体の象徴となるものだ。Googleで働く従業員を取り上げたこのエピソードでは、彼らが2種類に分けられることが説明されている。このエピソードの元ネタとなった“とある動画”がネット上で閲覧可能になっているので、そちらをご覧いただくのが早いかもしれない。この動画は、Googleのシリコンバレー本社「Googleplex」で当時働いていた映像アーティストのアンドリュー・ノーマン・ウィルソン氏が撮影・作成したものだ。

では具体的に、どのような種類に分けられるのか。一方は「自由、創造性、フラットな組織、遊び心、コミュニケーション、革新性」などの言葉で象徴されるGoogleの正社員たちだ。彼らは私たちが一般的に想像するような、革新的・創造的な活動を行う巨大IT企業としてのGoogleを動かしている。

そしてもう一方は「黄色いバッジ」をつけるように指示され、正社員とは明確に区別された場所で、まったく異なる作業に従事する外部労働者たち。彼らはすべての書籍をデジタル化するという、Googleの壮大な計画を実現するために、紙で出版された書籍をスキャンすることに取り組んでいる。

それは“創造”や“イノベーション”といった言葉とは程遠い、デジタル技術によって管理される流れ作業であり、IT企業というより文字通り「工場」を想起させる。しかし後者が人びとの目に触れることは少なく、Googleが象徴するような、デジタル技術によって高度に自動化された社会というイメージばかりが注目を集めている。

著者のアルテンリートは、労働と政治経済を中心に研究活動を行ってきた人物だ。しかしそれにとどまらず、デジタル技術やプラットフォーム、モビリティと都市、そして移民のような人びとの移動に至るまで、幅広いテーマを追っている。そのため本書で取り上げられるデジタル工場の事例も実に多様だ。

第2章「グローバルな工場」では物流に焦点を当て、ネット小売業大手AmazonのFC（フルフィルメント・センター、アマゾン内での配送センターの呼び方）で働く作業者、そしていわゆる「ラストワンマイル配送」（商品が配送センターを離れ、消費者が待つ玄関に届けられるまでの配送）を担う作業者の姿が描かれる。2024年末に大ヒットした映画『ラストマイル』の世界といえる。

第3章「遊びの工場」が取り上げるのはゲームの世界。人びとが楽しむ場所であるはずのオンラインゲームのプレイ空間の中にも、まさしく“工場”と呼べるような作業が存在していること、またゲームそのものを開発する現場にも、創造性とは程遠い業務に従事する人びとが存在することが解説される。

第4章「分散型工場」では、いま台頭しつつある「クラウドワーク（Uberなどのオンラインプラットフォームを通じて依頼・実施される単発的な労働の形態）」の世界が描かれ、そして第5章「隠れた工場」では、Facebookなどのソーシャルメディア企業で展開されている、コンテンツ・モデレーション（オンライン上に投稿されるさまざまなコンテンツの内容を確認し、不適切なものでないかどうか判断する作業）における人間の労働力の重要性が解説されている。いずれの事例でも、新しい働き方の可能性が示される一方で、それらがはらむ数々の問題点に切り込んでいる。

もちろん現代にも工場は存在しており、そこではさまざまな機械と作業者が一体となってモノを生産している。しかしそうしたものづくりとしての「工場」、そしてそこにおける働き方は、先進国においては前時代的なものと捉えられているのではないだろうか。実際に日本でも、製造業従事者の数は減少傾向にある。経済産業省の「2024年度版ものづくり白書」によれば、国内全産業に占める製造業従事者の割合は、2002年度から2023年度にかけて19%から15.6%へと減少している。しかもその高齢就業者（65歳以上）の割合も、同じ期間に4.7%から8.3%へと増加しており、若者にとって「工場」は働き先として縁遠いものになりつつある。

しかしアルテンリートは、前述の事例を通じて、かつて工場を特徴づけた労働のあり方が、さまざまな分野において復活していることを描き出す。アナログの本をスキャンする、アプリの指示通りに荷物を個人宅まで届ける、オンラインゲーム内でひたすらアイテムを手に入れる、AIの学習を助けるために画像にラベルを貼る、次々と画面に表示される画像から猥褻（わいせつ）だったり暴力的だったりするものをより分けるなど、その表面上の姿形は違えど、かつての工場内労働を特徴づけた要素が見られるのである。

現代のデジタル資本主義のヒントとなる「デジタル工場」とは