中国で「売らない」中国企業——北京ハードウェア各社の取材で見えた新常識

鷹木 創

AISpecialテクノロジービジネス

「魂はAI、ハードは器」——北京で見た中国ハードウェアスタートアップの地殻変動

筆者は先日中国・北京でハードウェアスタートアップを連続取材する機会を得た。AIペットロボットのRopetを手掛けるCute World Technologies、同じくAIペットロボットのPophieを開発するInsBotics 、ARグラス向けの超小型PC本体を作るINAIR、デスクトップCNC加工機(小型の切削装置)のMakera、そしてMicrosoftの現役エンジニアが個人で立ち上げた真空管スピーカーのプロジェクトまで、毛色の異なる多様なチームだ。

現地でまず耳にしたのは「いま熱いのはAIペットとAIグラス」という言葉だった。だが個別の製品ジャンルより興味深かったのは、会社や規模が違っても「共通の戦略」が存在したことだ。それはかつての「世界の工場」や「深圳のガジェットベンチャー」といった中国企業イメージとはかなり違うものになっている。

アプリはLLMの進化に食われる——だからハードを作る

最も明快にこの転換を語ったのは、AIペットロボットを開発するInsBoticsの創業者だ。母体は創業約10年の中国インターネット企業。2024年末に全社でAI転換を決め、自身はハードウェア専業の新会社を率いる。

「どんなに優れたアプリを作っても、大規模言語モデル(LLM)のバージョンアップひとつで駆逐される。だからハードウェアが良い入り口なんです」

LLMの進化速度がアプリレイヤーの参入障壁を溶かしてしまう以上、物理的な製品こそが堀(モート)になる——この論理は、多くのソフトウェア出身の起業家をハードウェアに向かわせている。実際、PophieのInsBoticsもRopetのCute World Technologiesも創業メンバーは中国のインターネット企業出身。「ロボット会社の大半はハード出身だが、我々はAI出身。それが強みだ」と口をそろえる。

対話型AIペット「Pophie」を前に語るInsBoticsの創業者。ハードは外注、「魂はAI」と言い切る

象徴的なのはInsBoticsの割り切りだ。「ハードウェアは基本的に外注で、コアではない。魂はAIです」と創業者。珠江デルタ(広州、香港、深圳、東莞、マカオなどを含む三角州地帯)の成熟した製造エコシステムを前提に、ソフトウェア企業が身ひとつでハードウェアに参入できる構造が、この戦略を支えている。

製品ロードマップが基盤モデルの進化に同期している点も新しい。「今年上半期のAIの巨大な飛躍があって初めて、今の効果が出せるようになった。去年なら根本的に不可能だった」とInsBoticsの創業者は語る。自社の開発計画の一部を、OpenAIやAnthropicのリリーススケジュールに委ねる——そんな開発様式が当たり前になりつつある。

この空気は大企業の内側にも及んでいる。真空管スピーカーを個人開発するMicrosoftの現役エンジニアは、社内の変化をこう語った。「もう社内では『R&D(研究開発)』とはいいません。『AIとチームを組んで、ある領域に責任を持つ』という。エンジニアという呼び方すらしなくなりました」

しゃべらないAIペット——「会話」はもう差別化にならない

AIペットと聞けば多くの人が「ChatGPTと会話できるぬいぐるみ」のようなものを想像するかもしれない。だが北京の最前線は、すでにその先へ進んでいる。

Ropetの設計哲学は先鋭的だ。彼らのペットロボットは、あえてしゃべらない。

「会話はうるさくて、邪魔になると考えました。それに、しゃべるとキャラクターがその会話に縛られてしまう。犬だって喋らないでしょう」(Ropetの担当者)

代わりに価値の中心へ置いたのが「視覚と記憶」だ。カメラで家族を個別に認識し、時間とともに「誰が父親で誰が母親か」という関係性まで理解する。毎日見た光景からLLMが「最もストーリー性のある」瞬間を選び、漫画仕立ての日記を自動生成する。将来は、昼間見たものを夜に「夢」として動画化する機能まで計画中だという。実際に生成された日記を見せてもらったが、日記として十分に成立していた。

Ropetが自動生成した漫画仕立ての日記。その日見た光景からLLMが「最もストーリー性のある」瞬間を選ぶ

対話型を選んだPophieも「ChatGPTの音声モードにぬいぐるみの皮をかぶせた製品」を明確に否定する。ウェイクワードを廃止し、カメラで環境と人物を認識して「相手は誰か、いま反応すべきか」をAIが総合判断する。「眼球が先に動き、頭が追いかける」という人間の視線の動きの生理まで再現した。性格も完全服従ではなく、無理を頼めば不機嫌になるという。発売前の検証では、世界40人のテスターの対話時間は1日平均50分ほどだったそうだ。

共通するのは「命令→応答」型のアシスタントから、常時観察し、自律的に判断し、記憶する存在への移行だ。

ARグラス勢も同様で、各社が開発中のAIグラスはそろって「メモリー(記憶)」を次の競争軸に据えていた。

買っているのは「大人の女性」だった

ユーザー像の話も面白い。Pophieは「子ども向けと思ったら、実際に買うのは大人、それも圧倒的に女性」と明かした。Ropetも「購入者はほぼ独り暮らしの女性」だという。一方で日本では、主婦層が家事をする傍らに置き、家族で世話をするペットのような使われ方をしているという。

Ropetは高齢者にも注目している。

「『この世にいられる時間も長くないから、猫や犬を飼っても最期まで世話できない』と高齢者は言います。逆にRopetなら人生最期の時間を記録できることに、価値を感じてくださるんです」(Ropetの担当者)

これはAIペットを「ペットの代替」ではなく「記録者」として売る発想だ。Ropetは「2017年に日本で猫の飼育数が初めて犬を超えた」というデータまで引きながら、高齢化・単身化した日本を最重要市場に位置づけていた。

この「非ギーク層への軸足移動」はロボットに限らず、AIハードウェア業界全体の潮流だ。INAIRは「AIグラスはどれも、女性やセンスのある消費者の視野に入っていない。Ray-Ban Metaの成功はRay-Banというブランドだったからだ」と分析し、AIグラス投入に先立ってファッション性の高い調光サングラスの別ブランドを立ち上げた。CNCのMakeraも、テキストから3Dモデルを生成するAIや加工パラメータの自動提案で「初心者(小白)でも使える」ことに力を注いでいた。

INAIRがAIグラス投入に先立って立ち上げた、調光サングラスの別ブランド。会社の登記は米テキサス州オースティン

MakeraのデスクトップCNC加工機。加工パラメータの自動提案で「初心者でも使える」ことを目指す

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鷹木 創

編集主幹
2002年以来、編集記者や編集長などとしてメディアビジネスに携わる。インプレス、アイティメディアと転職し、2013年にEngadget日本版の編集長に就任。 その後スマートニュースに転職。国内トップクラスの機械学習を活用したアプリ開発会社においてビジネス開発として活躍。2021年からはフリーランスとして独立、IBM、Google などのオウンドメディアをサポートしている。

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