あの“お堅い”KDDIがeモータースポーツ×ブレインテックに挑戦する理由

笠原 一輝

KDDIと言えば、多くの読者にとっては社名よりも「au」ブランドの携帯電話事業でおなじみだろう。同社の携帯電話事業は、日本に4社しかないMNO(Mobile Network Operator、移動体通信事業者)という自社で携帯電話通信網を構築して、サービスを提供している通信事業者となる。

皆さんが思い浮かべる通信事業者と言えば、お堅いイメージではないだろうか。インタビューにはお堅い返答が多いし、記者会見では担当者がずらりと並び隙がない……という感じだ。率直に言って筆者もこの取材をするまではそう思っていた。しかし、今回KDDIがやっている取り組みを取材してみてわかったことは、「あなたたち、どう考えてもKDDIの社員じゃないでしょう?」と聞きたくなるような型破りなことをやっている姿で、いい意味で期待を裏切られたのだった。

そう、今回紹介するKDDIの取り組みは、eモータースポーツとブレインテックというどう考えてもKDDIにはあんまり関係なさそうな2つを1つにして「やってみちゃいました」という取り組みなのだ。

実はモータースポーツに貢献、SUPER GTチャンピオンにスポンサードの実績も

KDDIがスポンサードしている「TGR TEAM au TOM'S(36号車)」

KDDIにはあまり関係なさそうと書いたが、実のところモータースポーツ関連の取り組みに関してKDDIは長年にわたって熱心に取り組んでいる。自動車メーカーのトヨタ自動車と資本関係にある(2022年3月31日の時点で、トヨタ自動車はKDDIの第3位の大口株主)ことも関係があるのかもしれないが、日本で最も人気があるシリーズ「SUPER GT」(およびその前身となる全日本GT選手権)のトヨタ自動車カスタマーチームのサポートを続けている。

古くはセルモ・チームの38号車をメインスポンサーとしてサポートし、そのスポンサー下で38号車は2001年(当時は全日本GT選手権)のシリーズチャンピオンを獲得した。近年は、伝統あるレーシングチームであるトムスの36号車をサポート。2021年の最終戦では優勝を飾り、それまでシリーズをリードしてきた車両を大逆転してシリーズチャンピオンを獲得している。

SUPER GTは競争が激しく、大口のメインスポンサーがついてもなかなかシリーズチャンピオンになるのは難しい。KDDIはそれに2度も輝いているのだから、立派にSUPER GTの歴史の一部になったと言ってもいい。なお、KDDIのサポートは2022年のシーズンも継続中。昨年のチャンピオンである坪井翔(つぼい・しょう)選手と、ジュリアーノ・アレジ選手(元F1ドライバーのジャン・アレジ氏と女優の後藤久美子さんの長子)という実力も話題も兼ね備えた2人がチャンピオンの防衛に挑む。

そうしたKDDIがバーチャル・レーシングとか、eモータースポーツなどと呼ばれるPCゲーミングを活用したeSports競技に取り組むというのは自然な話だ。KDDIの本業である携帯電話事業はITと切っても切り離せない関係にあり、今や携帯電話のほとんどがスマートフォン、言ってみれば小さなコンピュータへと進化していることを考えれば、今後スマートフォンなどのデジタルデバイスでの重要なアプリケーションになっていくことは誰が見ても明らかだ。

特にeSportsの中でも、バーチャル・レーシングは非常に大きな注目を集めている。というのも、例えばサッカーや野球といった球技をバーチャルにしても、どこまでいっても画面の中で行われているゲームでしかない。しかし、ハンドルコントローラやアクセル、ブレーキといったペダルは現実の車とほぼ同じモノを利用できるバーチャル・レーシングは、プロのレーシングドライバーも練習用途に十分使えると考えているぐらい現実とバーチャルの親和性が高いeSportsになっているからだ。実際、F1チームのような大規模なレーシングチームが導入しているコースを試走するシミュレータはゲームのソフトウェアをさらに発展させたもので、基本的な仕組みは全く一緒と言ってよい。

ただ、1つだけ現実とバーチャルが違うところがあるとすれば、Gと呼ばれる重力がドライバーにかかることがないだけだ。高速道路などを走っていて、緩いカーブでややスピードを出しすぎると体がカーブの外側に引っ張られるような体験をしたことがあるのだろう。このGが、レーシングカーの中では10G(1Gは自分の体重)にも及び、しかも前後左右にかかっている状態で運転するのだ。

しかし、バーチャル・レーシングではそれを再現することはほぼ不可能(コストをかければ不可能ではないが)なので、基本的にはそうしたGを感じないで走るのが大きな違いだが、それさえ意識しなければ同じように値段がつけられないF1カーでも、数億円のスーパーカーでも望みの車をドライブすることができる。

5Gや6Gなど新しい通信技術の応用例の一環

社内に設置している本格的レースシミュレータ

そう説明してくると「KDDIとモータースポーツの取り組みまではわかった、でもブレインテックと両方組み合わせたのって何だ?」というのは当然の疑問だ。シンプルに筆者もそうした疑問を抱いたので、そのことをご本人達に聞きに行くことにした。

今回答えてくれたのはKDDIの伊藤悟氏(5G・xRサービス企画開発部サービス・プロダクト企画2Gグループリーダー)や、話題のブレインテックのユニットを作り上げたVIE STYLEの茨木拓也CNTO(Chief Neuro Tech Officer)など、実際に実証実験に関わったメンバー。

左からKDDIの伊藤悟氏(事業創造本部 5G・xRサービス企画開発部サービス・プロダクト企画2G グループリーダー)、VIE STYLEの茨木拓也CNTO(Chief Neuro Tech Officer)

この実証実験に関わったKDDIの伊藤氏は「当社は既にサービスインしている5G、そして遠い将来に導入されるであろう6Gなどを見据えてさまざまなアプリケーションの実証実験を行っています。今回行っているeモータースポーツ×ブレインテック実証もその1つで、明日からサービスを開始するというアプリケーションというよりは、もっと長い未来を見据えてさまざまな実証実験を行なっているものの1つになります」と説明してくれた。

通信キャリアであるKDDIにとって重要な事は、高速で安定した回線をユーザーに提供することだ。しかし「高速な回線を提供できるようになりました、皆さん使ってねー、よろしく~」で済むかと言えばそうではない。最初のうちはある程度どうやって使うのか、それを具体的なアプリケーション(応用例)として指し示す必要がある。

例えば、3Gの時代には写メ(写メ―ル)と言われていたフィーチャーフォンのカメラ機能がその代表例だったし、4Gの時代はスマートフォンだろう。では5Gの時代には何があるのかと言われると、今の所それは1つではなく、VRやARなどのXRや、クラウドゲーミングなどがその代表例となりつつある。通信キャリアとしてはそうしたより高速な回線を提供するにあたり、その上で必要とされるアプリケーションの例をさまざま検討している、伊藤氏の部署ではそうしたことを多数研究しているのだという。

今回KDDIが各社と共同で行っているものも、そうした先行開発事例の1つで、まずはやってみて、そこから何が生まれてくるのかを考える、そうしたプロジェクトであると伊藤氏は説明した。
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笠原 一輝

ライター
1994年よりテクニカルライターとして活動を開始。90年代はPC雑誌でライターとして、2000年代からはPC WatchなどのWeb媒体を中心に記者、ライターとして記事を寄稿している。海外のカンファレンス、コンベンションを取材する取材活動を1997年から20年以上続けており、主な分野はPC、半導体などで、近年はAIといった分野での執筆が増えている。

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