Arc XPはもともと「Arc Publishing」という名前で開発されていた、ワシントン・ポスト内のデジタル・パブリッシング用CMS(Contents Management System)である。記事の作成や編集、公開の管理といった基本的な機能のほか、新聞業界のさまざまなニーズに対応しており、モバイル版や動画の組み込みといった新たなトレンドも取り入れている。またデータマイニングの機能を備えており、編集者は単に記事を公開するだけでなく、どのような記事がどのような読者に読まれたのかといった分析を行うことも可能だ。ワシントン・ポストはこのツールを社内で独占するのではなく、他社も利用可能なデジタル・プラットフォームとして公開し、新たな事業の柱にしようとしているのである。
これはまさに、AmazonがAWSで進めた戦略と一緒だ。もともとAmazonの社内IT基盤として整備が進められたAWSは、外部の企業も利用可能なクラウド・プラットフォームとして公開されたことでコストセンターからプロフィットセンターとなり、現在はAmazonの営業利益の大半がAWS事業からもたらされている。
ワシントン・ポストの発表によれば、現在Arc XPは世界で1900以上のサイトで利用されており、それを利用するユニークユーザー数の合計は毎月15億人以上に達するそうである。同社はArc XP事業の年間売上高を1億ドルにまで成長させることを、数年前から目標として掲げている。また2019年の段階で、シャイレシュ・プラカシュCIOは、同事業がワシントン・ポストにおける第3の収入源になっていると述べた(ブルームバーグの記事)。AmazonにおけるAWSと同様に、「サイドビジネス」が中核事業として存在感を示しつつあると言えるだろう。
これはまさに、AmazonがAWSで進めた戦略と一緒だ。もともとAmazonの社内IT基盤として整備が進められたAWSは、外部の企業も利用可能なクラウド・プラットフォームとして公開されたことでコストセンターからプロフィットセンターとなり、現在はAmazonの営業利益の大半がAWS事業からもたらされている。
ワシントン・ポストの発表によれば、現在Arc XPは世界で1900以上のサイトで利用されており、それを利用するユニークユーザー数の合計は毎月15億人以上に達するそうである。同社はArc XP事業の年間売上高を1億ドルにまで成長させることを、数年前から目標として掲げている。また2019年の段階で、シャイレシュ・プラカシュCIOは、同事業がワシントン・ポストにおける第3の収入源になっていると述べた(ブルームバーグの記事)。AmazonにおけるAWSと同様に、「サイドビジネス」が中核事業として存在感を示しつつあると言えるだろう。
ベゾスが示した「フライホイール」の威力
さて、こうしたAmazon流のDXを表現する言葉のひとつに、「フライホイール(flywheel、日本語では『弾み車』などと訳される)」がある。本来フライホイールとは、自動車などで使われている機械部品の種類を示す言葉で、遠心力を活用して回転運動を安定させることができる。以下に簡単な説明動画を掲載しておこう。
Working of Flywheel | Theory of Machines
フライホイールの解説動画
via www.youtube.com
とはいえ、フライホイールの技術的な知識や理解は必要ない。経営戦略の文脈でこの言葉が使われる際、「組織の勢いを継続・加速させる仕組み」、あるいはもっと簡単に「好循環を維持する仕組み」を意味すると理解していれば良いだろう。そうした仕組みをつくり出し、回し続けることが重要であるとAmazonの幹部は考えており、同社で数週間働けば、必ず「フライホイール」という言葉を耳にするとされている。
この概念はもともと、『ビジョナリー・カンパニー』などの著作で知られるコンサルタント、ジム・コリンズが提唱したものだ。米国でいわゆる「ドットコム・バブル」が崩壊し、Amazonを含む多くのテクノロジー企業が経営危機に直面していた2001年、ベゾスはコリンズをAmazonに招いて経営陣を指導するよう依頼した。その際、コリンズは「フライホイール」を構築し、それを回し続けることでビジネスの勢いを増していくよう幹部たちに訴えたのである。
ではAmazonはコリンズの言葉を受け、どのようなフライホイールを構築したのか。Amazon自らが、「ジェフ・ベゾスが紙ナプキンに描いた」とされるコンセプト図を公開している。
この概念はもともと、『ビジョナリー・カンパニー』などの著作で知られるコンサルタント、ジム・コリンズが提唱したものだ。米国でいわゆる「ドットコム・バブル」が崩壊し、Amazonを含む多くのテクノロジー企業が経営危機に直面していた2001年、ベゾスはコリンズをAmazonに招いて経営陣を指導するよう依頼した。その際、コリンズは「フライホイール」を構築し、それを回し続けることでビジネスの勢いを増していくよう幹部たちに訴えたのである。
ではAmazonはコリンズの言葉を受け、どのようなフライホイールを構築したのか。Amazon自らが、「ジェフ・ベゾスが紙ナプキンに描いた」とされるコンセプト図を公開している。
「ジェフ・ベゾスが紙ナプキンに描いた」とされるコンセプト図 https://www.amazon.jobs/jp/landing_pages/about-amazon
この図の左上から見ていこう。「低コスト構造(lower cost structure)」を構築できれば、それで浮いたコストを原資に、「低価格(lower prices)」を実現できる。低価格はより良い「顧客体験(customer experience)」をもたらし、さらなる「アクセス流入(traffic)」をもたらす。それは多くの「小売業者(sellers)」を呼び寄せ、顧客にとっては「選択肢(selection)」が増えることにつながるので、さらに顧客体験を改善できる。すると……というように、この好循環が回り続けることで、「成長(growth)」が達成できるというわけだ。さらに成長によって資金が手に入れば、それを低コスト構造の構築に再び振り向けられる。それもこの好循環を回し、さらに加速させるエネルギーとなるだろう。
もちろんこれを実現するには絶え間ない努力が必要であり、概念を理解しているだけでは文字通り「絵に描いた餅」になってしまう。しかしベゾスは、最新のデジタル技術を積極的に取り入れてフル活用すると同時に、時に「冷酷」とも評されるほどの断固たる姿勢でAmazon幹部らを指揮し、幾度となくこのフライホイールの構築に成功しているのである。
そしてもちろん、前述のワシントン・ポストにおけるDXの事例でも、このフライホイールを見いだせる。ベゾスはIT技術者と編集者の双方を強化・維持することで、優れた顧客体験を実現。それがアクセス流入を招き、ワシントン・ポストは有料版読者から支払われる購読料と、広告料という収入を増やすことに成功した。それを元手として、顧客体験をさらに高めるための投資を行い、そこからArc XPというサービスも誕生。それが新たな収益源となり、さらに成長を加速させようとしているわけである。
多くの企業は、DXを文字通りの「改革」、すなわち一度限りのプロジェクトだと考えてしまっている。もちろん改革に取り組むというのは大事業であり、それに1回成功するだけでも称賛されるべきだろう(それが真の意味で改革と呼べるような変化であればの話だが)。しかしそれだけでは次第に改革の効果が薄れたり、競合他社にまねされ、追い付かれたりしてしまう。DXを成功させ、かつそれを維持するためには、改革の中でフライホイールを構築しなければならない。
逆に自社にとってのフライホイールとはどのようなものかを見いだし、それを実現できれば、事業を成長軌道に乗せる仕組みが手に入る。それこそDX最大の武器であり、メガトレンドが自社にとって逆風であっても前進を続けられるような、強力な推進力となるのである。
もちろんこれを実現するには絶え間ない努力が必要であり、概念を理解しているだけでは文字通り「絵に描いた餅」になってしまう。しかしベゾスは、最新のデジタル技術を積極的に取り入れてフル活用すると同時に、時に「冷酷」とも評されるほどの断固たる姿勢でAmazon幹部らを指揮し、幾度となくこのフライホイールの構築に成功しているのである。
そしてもちろん、前述のワシントン・ポストにおけるDXの事例でも、このフライホイールを見いだせる。ベゾスはIT技術者と編集者の双方を強化・維持することで、優れた顧客体験を実現。それがアクセス流入を招き、ワシントン・ポストは有料版読者から支払われる購読料と、広告料という収入を増やすことに成功した。それを元手として、顧客体験をさらに高めるための投資を行い、そこからArc XPというサービスも誕生。それが新たな収益源となり、さらに成長を加速させようとしているわけである。
多くの企業は、DXを文字通りの「改革」、すなわち一度限りのプロジェクトだと考えてしまっている。もちろん改革に取り組むというのは大事業であり、それに1回成功するだけでも称賛されるべきだろう(それが真の意味で改革と呼べるような変化であればの話だが)。しかしそれだけでは次第に改革の効果が薄れたり、競合他社にまねされ、追い付かれたりしてしまう。DXを成功させ、かつそれを維持するためには、改革の中でフライホイールを構築しなければならない。
逆に自社にとってのフライホイールとはどのようなものかを見いだし、それを実現できれば、事業を成長軌道に乗せる仕組みが手に入る。それこそDX最大の武器であり、メガトレンドが自社にとって逆風であっても前進を続けられるような、強力な推進力となるのである。
小林 啓倫
経営コンサルタント
1973年東京都生まれ、獨協大学外国語学部卒、筑波大学大学院修士課程修了。システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米バブソン大学にてMBAを取得。その後外資系コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業などで活動。著書に『FinTechが変える!金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』(朝日新聞出版)、『IoTビジネスモデル革命』(朝日新聞出版)、訳書に『ソーシャル物理学』(アレックス・ペントランド著、草思社)、『シンギュラリティ大学が教える 飛躍する方法』(サリム・イスマイル著、日経BP)など多数。