生成AIの進化でさらに台頭する「AIインフルエンサー」の存在感

小林 啓倫

AISpecialカルチャーテクノロジー

AIが人間以上の説得力を獲得する?

こうしたAIインフルエンサーが普及する背景にはもちろん、「コストを削減したい」「スキャンダルを回避したい」、あるいは「よりブランドイメージに合ったモデルを採用したい」といったブランドや広告代理店、マーケティング担当者側の思惑もある。ただ、やはり大きい要素はテクノロジーの進歩だ。

実在しない人間を生み出して宣伝活動をさせようという発想は、かなり昔から存在した。約90年前の1932年には、レスター・ギャバという彫刻家が人間そっくりのマネキンを作成して「シンシア(Cynthia)」と命名。小売店のディスプレイも手掛ける彼は、宣伝効果を高めるために、より自然で人間らしいマネキンを作成したのである。シンシアは大人気となり、『ライフ』誌の1937年7月12日号の表紙を飾るまでに至った。さらにギャバは1953年に1万ドルをかけ、シンシアが動き、しゃべるように改造したそうだ(ニュースサイトLittle White Liesによれば、これは今日の10万ドル、日本円で約1440万円に相当するという)。

しかし、こうしたマネキンを作るのには手間暇がかかり、毎回1体に数百万、数千万円などというコストもかけていられない。CGの場合も同様であり、リアルな人物像を描き、それを動かそうとすれば、人間のモデルを雇った方が早くて安上がりなほど時間と予算が必要だったわけである。
CGによるバーチャルインフルエンサーの例としてはLil MiquelaやImmaなどがある

それを一変させたのが、最近のAI技術の向上だ。特に生成AIの進化により、一般の人々でもリアルな人間のCGを生み出せるようになっている。X(旧Twitter)上で「#AIアイドル」や「#AI美女」といったハッシュタグを検索してみれば、個人のユーザーが画像生成AIを活用し、無数のAIアイドルを毎日のように投稿していることがわかるだろう(ただし現状では、これらのハッシュタグでは露出の高い女性の姿が投稿される比率が高いため、閲覧の際にはご注意を)。

その結果、セレブからデートに誘うDMが届くほどリアルな女性を従来より安価にCGで描いたり、たった16万円で1日24時間稼働する「CGマネキン」を手に入れられたりする時代が到来した。レスター・ギャバが生きていたとしたら、彼が求めていたことを100分の1のコストで、しかも手軽に実現できる状況を見てどう思っただろうか?

さらにいま、興味深い研究結果が出ている。それは2023年11月にオーストラリア国立大学の研究者から発表されたもので、生成AIが白人の顔の画像を生成した場合、実際の人間よりも人間らしく受け取られる傾向があるという内容だ。

研究では124名の被験者を集めて人間の顔写真を見てもらい、それが本当の人間か、それともAIが生成した画像かを識別させた。リアルとCGの割合は半々で、したがって両方のクオリティが等しかった場合、正答率は50%になるはずである。しかし被験者は、平均するとAIが生成した顔の3つのうち、2つを本物の人間と答えたそうだ。この研究ではまた、間違えた判断をした人ほど、自分の判断に自信を持つ傾向が見られる、という逆説的な結果も確認されている。

興味深いことに、「人間である」と判断される傾向が最も高かった顔トップ5のうち、トップ3までがAIが生成した画像で、本当に人間だったのは1枚だけだった。研究者らはこの「AIがリアルに描いた顔画像の方が、本物よりもリアルに見える」現象を「ハイパーリアリズム」と呼んでいる。そしてこのハイパーリアリズムが発生する傾向は、自分のフェイク判定能力に自信を持っている被験者ほど強く見られたのだ。

高品質で安上がり、スキャンダルのリスクもない――そんなAIインフルエンサーのメリットに、今後は「人間よりも説得力がある」という点が加わるかもしれない。

この「人間以上の説得力」という長所は、今後さらに向上することが期待されている。伊藤園の事例が示しているように、CGであるAIタレントは、個々のニーズに合わせてさまざまな姿を取ることができる。伊藤園のCMでは「若いうちからお茶を飲んでいれば歳を取っても元気でいられる」と訴えかけるために、同じAIタレントが「30代前後の女性の姿」と「初老の女性の姿」を取ったわけだが、それは「特定の年代層に訴えるために、AIタレントにその年代層に近い姿を取らせる」ことも可能なことを意味する。

現在の技術では、100人のターゲットに合わせて100人の異なるAIタレントを描くのは、まだまだコストに見合わない。しかし生成AI技術の急速な発展により、誰もが自分の「#AIアイドル」を生成して投稿できるようになったように、視聴者の属性に合わせてその場でAIインフルエンサーの姿形を変える対応も、容易にできるようになると予測されている。広告内容をターゲットに合わせて変化させる技術は、既にテキスト(メール)、動画広告の分野では実現している。いずれAIインフルエンサーの世界でも、同じことが行われるようになるだろう。

人間を使うよりも安上がりでリスクが少なく、しかも消費者個々人に合わせた対応が可能となれば、人間のインフルエンサーもうかうかしていられないだろう。もちろんすべてがバーチャルな存在に置き換えられるとは考えにくいが、中国のように、いま人間のモデルに任されている仕事の多くをAIが奪うようになるかもしれない。

マネキンのシンシアは複数体制作されたが、初代のシンシアは、美容室で髪を整えてもらっていた際に、ミスで椅子から落ちてこなごなになってしまったそうだ。マスコミはそれを本物の人物の「死」であるかのように報じ、その後シンシアのブームも下火になってしまったという。その点、CGであるAIインフルエンサーは、そのデータが保管されているデータセンターが停止でもしない限りこなごなに壊れてしまう恐れはない。ただし、それでもハッキングなどのリスクは残る。アイタナのようなAIインフルエンサーがどこまで定着し、生き残っていくのか、真価が問われるのはこれからだ。
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小林 啓倫

経営コンサルタント
1973年東京都生まれ、獨協大学外国語学部卒、筑波大学大学院修士課程修了。システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米バブソン大学にてMBAを取得。その後外資系コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業などで活動。著書に『FinTechが変える!金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』(朝日新聞出版)、『IoTビジネスモデル革命』(朝日新聞出版)、訳書に『ソーシャル物理学』(アレックス・ペントランド著、草思社)、『シンギュラリティ大学が教える 飛躍する方法』(サリム・イスマイル著、日経BP)など多数。

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