大いなる力には、大いなる責任が伴うAGI(汎用人工知能)先駆者たちの挑戦

小林 啓倫

ChatGPTを開発したOpenAIや、AlphaGoを開発したDeepMind(現・Google DeepMind)、さらにAmazonも開発に乗り出しているとされる「AGI(汎用人工知能)」。前編ではその定義について述べた。後編では、各社のAGIの開発競争と、懸念されるAGIのリスクについて紹介する。

AGI実現に挑む企業

前編で述べた通り、DeepMindの定義によればChatGPTもAGIの一種であり、したがって初歩的なAGIは既に実用化されているといえる。しかし、それではAGIの開発を巡ってOpenAI社内で騒動が起きたことの説明がつかない。つまり、現段階で一般的に「AGI」と言うとき、少なくともDeepMindによる定義の中で「未達成」と評価されている「熟練級(レベル2)以上のAGI」が焦点になっていると考えられる。

「AGIの5つのレベル」出典:Levels of AGI: Operationalizing Progress on the Path to AGIより筆者作成

そうした高度なAGIの開発に乗り出しているのは、当然ながらOpenAIだけではない。実は2023年11月には、OpenAI騒動、DeepMindの定義発表と並んで、AGIに関するもうひとつ重要な動きがあった。

11月22日、米IT系メディアのBusiness Insiderが、Amazonの社内メールを入手したと報じた。それによると、同社は2023年7月にAGI開発に特化したチームを立ち上げていたのだが、その組織再編が行われ、新体制下で6つの重点分野に注力することが決定された。その6分野の中には、「あらゆるモダリティ(※テキストや画像、音声などのメディアの種類のこと)において、あらゆるタスクを安全かつ確実に達成できる、最も有能な基盤モデル(ファウンデーションモデル)を開発する」ことが含まれ、さらにそのAGI基盤モデルを活用した具体的な製品・サービスの開発を進めることが目指されていた。

基盤モデルとは、特定のタスクや分野の処理を、ある程度まで汎用的に対応可能なAIモデルのことを指す。ChatGPTを実現しているモデルであるGPT-3.5やGPT-4なども、実はこの基盤モデルの一種だ。こうしたモデルは膨大な量のデータを使って開発されているが、比較的小規模な追加データを用いて、特定の分野に特化させたAIアプリケーションを構築できる(医療関係のデータを使って医師向けChatGPTを開発するなど)。そうした「基盤」となるAIモデルのため、基盤(ファウンデーション)モデルと呼ばれている。

つまりAmazonは、そうした基盤モデルのAGI版を実現することを目指している、というわけだ。ChatGPTやGPT-3.5/4は、既に多くの一般ユーザーや企業が独自のカスタマイズを行えるようになっており、それをベースとしたさまざまな対話型AIが生まれている。同じことがAGIでも可能になれば、あらゆるビジネスや生活の場面において、AIが人間の作業を代替するようになるだろう。DeepMindの定義に従えば、「彼ら」は新しいスキルを自ら獲得できる。専門知識を持った開発者がいなくても、現場で働く人びとが普段使用している資料やデータ、アプリケーション、デバイスなどを共有するだけで、すぐに相棒として機能させることも可能になるだろう。

また、定義に関する論文を発表したDeepMind自体、当然ながらAGIの開発に乗り出している。

同社は2023年4月に、Google Brain TeamというGoogleのAI研究組織と統合し、Google DeepMindという企業として再編・再出発を果たしている。そのCEOに就任した、DeepMind共同創業者のデミス・ハサビスは、米Wired誌の取材に対し、ChatGPTより優れたAIモデル「Gemini(ジェミニ)」を開発中であると語っている。

DeepMindはAlphaGoやAlphaZeroなど、ANI(Artificial Narrow Intelligence、特化型人工知能)の分野では既に「名人級」あるいは「超人級」に達すると目されるAIの開発に成功している。実際にこれらのANIは、チェスやボードゲーム全般といった限定的な分野という但し書きは付くものの、既に人間の名人級の人びとを上回る能力を発揮している。Geminiはこうした強力なANIと、GPT-4のような初歩的なAGIを融合したものになるという。そうすることで、「計画の立案や問題解決のような新しい能力をシステムに与えることを目指している」とハサビスは語っている。

AlphaGoで証明されたように、DeepMindは特定のタスクについて、人間以上のパフォーマンスを発揮するようAIを学習させることに強みを持っている。このタスクの範囲はさらに拡大しており、実際にDeepMindは2023年11月、驚異的な精度で中期天気予報を行うAIモデル「GraphCast」を発表しているScience誌に掲載された論文によれば、このモデルは1300以上の大気変数(気温や気圧などの要素)の90%について、世界的な気象予測機関である欧州中期予報センター(ECMWF)が行うものより正確かつ迅速な予測を実現できたとしている。

予測能力は、AIが人間を上回る可能性の高い領域のひとつだ。それにChatGPTのような対話型AIが得意とする、一般の人びとにとって分かりやすい文章や表現を編み出す能力が加われば、よりハイレベルなAGIの実現に一歩近づくだろう。Geminiは2023年秋に発表される予定だったが、米The Information誌の報道によれば、英語以外で指示した際の信頼性に問題があることから、2024年初頭に延期されたそうだ。

このようにさまざまな企業や研究機関が、AGI、もしくはDeepMindの定義でいうところの「熟練級(レベル2)以上のAGI」の開発に乗り出している。それは段階的に高度化し、いずれどんなタスクを与えても、あらゆる人間を上回るパフォーマンスを発揮するAIが登場するだろう。しかし、それが野放図にされることを恐れ、CEOを電撃解任するOpenAIのような企業が既に出たほど、AGIに対して慎重な意見が多いのも事実だ。もし高度なAGIが実現されたら、どのようなリスクが生まれると考えられているのだろうか?
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小林 啓倫

経営コンサルタント
1973年東京都生まれ、獨協大学外国語学部卒、筑波大学大学院修士課程修了。システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米バブソン大学にてMBAを取得。その後外資系コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業などで活動。著書に『FinTechが変える!金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』(朝日新聞出版)、『IoTビジネスモデル革命』(朝日新聞出版)、訳書に『ソーシャル物理学』(アレックス・ペントランド著、草思社)、『シンギュラリティ大学が教える 飛躍する方法』(サリム・イスマイル著、日経BP)など多数。

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