なぜ若者たちは夢中になるのか?
このように今では単なるネットミームを超えたカルチャー現象となっているイタリアンブレインロットだが、なぜ若者たちはこんなにも夢中になるのか? その理由はいくつかある。
例えば、Z世代の若者たちには、このミームのキャラクターが持つくだらなさやバカバカしさがウケている。ここで重要なのは、若者たちがそういったバカバカしさを自覚しつつ、「B級映画をB級だとわかって楽しむ」感覚で楽しんでいるということだ。
また、その下のアルファ世代の子どもたちの間では、思わず口に出したくなる、イタリア語風のキャラクター名の響きに加え、その独特のキャラクター名ならではの、“大人が知らない秘密の暗号感”がウケている。さらに、わずか十数秒ほどで物語が完結するというTikTokでのスピーディーな展開も、日常的に短編動画に親しんでいるこの世代に好まれる要因のひとつになっていると考えられる。
例えば、Z世代の若者たちには、このミームのキャラクターが持つくだらなさやバカバカしさがウケている。ここで重要なのは、若者たちがそういったバカバカしさを自覚しつつ、「B級映画をB級だとわかって楽しむ」感覚で楽しんでいるということだ。
また、その下のアルファ世代の子どもたちの間では、思わず口に出したくなる、イタリア語風のキャラクター名の響きに加え、その独特のキャラクター名ならではの、“大人が知らない秘密の暗号感”がウケている。さらに、わずか十数秒ほどで物語が完結するというTikTokでのスピーディーな展開も、日常的に短編動画に親しんでいるこの世代に好まれる要因のひとつになっていると考えられる。
@hosea.tampan #fyp #tralalero tralala #suara hiu asli ini lah suara hiu asli kalian udah dengar kan
♬ suara asli - botak putih😁 - botak putih😁
「誰もがクリエイターになれる」AI時代を象徴する現象!?
こうしたさまざま理由で、若者に親しまれているイタリアンブレインロットだが、その大きな特徴として挙げられるのが、ユーザー参加型の創作文化という点だ。
このミームを構成するキャラクターの多くは、ディスニーやポケモンのように特定の企業やクリエイターチームによって生み出されているわけではない。主にAI画像や合成音声生成ツール、および動画編集アプリを使う一般ユーザーによって、UGC(ユーザー生成コンテンツ)として制作されている。
このような特性から、イタリアンブレインロットは、中央集権的なコンテンツではなく、デジタルツールによるクリエイティブの民主化によって作られる“現代の民話”のようなものと例えられる。その意味でこのミームは、「人間がAIと共に創作する未来」の先取りであり、そこから生まれる新たなクリエイティブカルチャーの可能性を示す象徴的な現象であるとも言える。
このミームを構成するキャラクターの多くは、ディスニーやポケモンのように特定の企業やクリエイターチームによって生み出されているわけではない。主にAI画像や合成音声生成ツール、および動画編集アプリを使う一般ユーザーによって、UGC(ユーザー生成コンテンツ)として制作されている。
このような特性から、イタリアンブレインロットは、中央集権的なコンテンツではなく、デジタルツールによるクリエイティブの民主化によって作られる“現代の民話”のようなものと例えられる。その意味でこのミームは、「人間がAIと共に創作する未来」の先取りであり、そこから生まれる新たなクリエイティブカルチャーの可能性を示す象徴的な現象であるとも言える。
看過できない問題点もある
一方で、このような革新的な現象の裏には深刻な問題も潜んでいる。そのひとつが特定の文化の異なる文脈での借用だ。この例として、よく挙げられるのが「トゥントゥントゥン・サフール(Tung Tung Tung Sahur)」というキャラクターだ。インドネシアのイスラム教の神聖な伝統儀式であるラマダン期間中に行われる「サフール」(断食中の夜明け前に摂る食事)の呼びかけに使う太鼓がモチーフになっている。
このキャラクターは、特に人気が高く、その知名度から人気EDMユニットのW&Wが同キャラクターをモチーフにした音楽を制作するほどだ。
このキャラクターは、特に人気が高く、その知名度から人気EDMユニットのW&Wが同キャラクターをモチーフにした音楽を制作するほどだ。
W&W - Tung Tung Tung Sahur (Italian Brainrot)
via www.youtube.com
しかしミームでは、サフールの時間に姿を現し、眠りこけて食事を取ろうとしない人間を察知すると、その家の前へと静かに歩み寄り、バットや太鼓を打ち鳴らして警告するという、恐ろしくもコミカルな存在として描かれている。このように元の宗教的・文化的伝統という文脈から切り離されたキャラクター像に対し、本場インドネシアからは「神聖なものを勝手に使わないでほしい」という批判の声も上がっている。
また、一部のミームに対して、宗教への冒涜や戦争を軽視する内容も含まれているという厳しい批判、そして、それを子どもたちが意味を知らないまま口ずさんでしまうことに対する強い懸念もある。
それだけに今後、イタリアンブレインロットがカルチャーとしてさらに発展していく上では、こうした問題点をクリエイターコミュニティーの中でコンセンサスを取りつつ、改善していくことも求められるはずだ。
また、一部のミームに対して、宗教への冒涜や戦争を軽視する内容も含まれているという厳しい批判、そして、それを子どもたちが意味を知らないまま口ずさんでしまうことに対する強い懸念もある。
それだけに今後、イタリアンブレインロットがカルチャーとしてさらに発展していく上では、こうした問題点をクリエイターコミュニティーの中でコンセンサスを取りつつ、改善していくことも求められるはずだ。
インターネットミームの中から次の時代を象徴するカルチャーが生まれる!?
イタリアンブレインロットは、今や単なる遊びの枠を超え、AI時代における文化創造の新しいかたちを示す現象として、広く世の中に浸透しつつある。筆者としては、その発展を見守りつつ、この後に続くインターネットミームの中から新たに時代を象徴するカルチャーが生まれるかどうかにも、注目していきたい。

Jun Fukunaga
ライター・インタビュワー
音楽、映画を中心にフードや生活雑貨まで幅広く執筆する雑食性フリーランスライター・インタビュワー。最近はバーチャルライブ関連ネタ多め。DJと音楽制作も少々。