1個3500万円で作られた“培養肉バーガー”
今、世界で最も注目を集めている食のテクノロジーが「培養細胞性食品(Cell-cultivated products)」だ。「培養肉」という言葉を聞いたことがある人もいるだろう。牛を育てず、魚を取らず、動物の細胞だけを培養して作られる次世代の食品技術である。SF映画の中の話のように思えるかもしれないが、実はすでに“食べられる段階”に入っている。
その象徴的な出来事が、2013年8月にロンドンで行われた世界初の培養牛肉バーガーの試食会だった。開発を手がけたのは、オランダ・マーストリヒト大学の研究者マーク・ポスト博士。驚くべきことに、このバーガー1個の試作には、研究開発費を含めて約33万ドル(当時のレートで約3500万円)が投じられた。資金提供者は、Googleの共同創業者セルゲイ・ブリン氏だった。
試食した参加者の感想は、「肉のジューシーさは控えめだが、食感は完璧」「脂肪分の少ない赤身肉のようだが、普通のハンバーガーを食べている感覚に近い」といったものだった。
それから10年以上が経過し、技術は劇的に進化した。現在では、シンガポールで培養鶏肉が、アメリカでは培養鶏肉や培養サーモンが、実際にレストランで提供され始めている。
サンフランシスコの高級レストランでは、培養肉を使ったコース料理が1人150ドル(約2.3万円)で提供され、シンガポールのフードデリバリーではハイブリッド培養肉が23シンガポールドル(約2100円)で販売されている。依然として「本物の肉」より高価ではあるが、3500万円だった試作バーガーと比べれば、驚異的なコストダウンだ。
なおポスト博士によれば、理論上は数個の幹細胞から1〜5万トンもの肉を生産できる可能性があるという。あくまで理論値ではあるものの、培養技術が持つスケールの大きさを示す試算といえる。
その象徴的な出来事が、2013年8月にロンドンで行われた世界初の培養牛肉バーガーの試食会だった。開発を手がけたのは、オランダ・マーストリヒト大学の研究者マーク・ポスト博士。驚くべきことに、このバーガー1個の試作には、研究開発費を含めて約33万ドル(当時のレートで約3500万円)が投じられた。資金提供者は、Googleの共同創業者セルゲイ・ブリン氏だった。
試食した参加者の感想は、「肉のジューシーさは控えめだが、食感は完璧」「脂肪分の少ない赤身肉のようだが、普通のハンバーガーを食べている感覚に近い」といったものだった。
それから10年以上が経過し、技術は劇的に進化した。現在では、シンガポールで培養鶏肉が、アメリカでは培養鶏肉や培養サーモンが、実際にレストランで提供され始めている。
サンフランシスコの高級レストランでは、培養肉を使ったコース料理が1人150ドル(約2.3万円)で提供され、シンガポールのフードデリバリーではハイブリッド培養肉が23シンガポールドル(約2100円)で販売されている。依然として「本物の肉」より高価ではあるが、3500万円だった試作バーガーと比べれば、驚異的なコストダウンだ。
なおポスト博士によれば、理論上は数個の幹細胞から1〜5万トンもの肉を生産できる可能性があるという。あくまで理論値ではあるものの、培養技術が持つスケールの大きさを示す試算といえる。
人工だが、偽物ではない
細胞性培養食品とは、動物由来の細胞のみを培養して作られる食品の総称だ。
その製造プロセスは、実はビールの醸造にも似ている。まず、牛や魚から、筋肉や脂肪のもととなる細胞をごく少量採取する。次に、それらの細胞をバイオリアクターと呼ばれる巨大な培養タンクの中で、栄養豊富な培地を用いて増殖させる。そして最終的に、食品として成形される。
その製造プロセスは、実はビールの醸造にも似ている。まず、牛や魚から、筋肉や脂肪のもととなる細胞をごく少量採取する。次に、それらの細胞をバイオリアクターと呼ばれる巨大な培養タンクの中で、栄養豊富な培地を用いて増殖させる。そして最終的に、食品として成形される。
培養肉のupsidefoods社の施設
重要なのは、培養される細胞そのものは天然の動物とまったく同じという点だ。遺伝子を人工的に改変する遺伝子組換え食品とは根本的に異なる。また、大豆など植物性タンパク質を加工した「代替肉」とも別物である。人工的な工程を経てはいるが、原料は正真正銘の動物細胞。つまり培養肉は「人工」ではあるが「偽物」ではない。
世界が培養肉に注目する3つの理由
この技術が注目される背景には、複数の社会課題がある。
第1に環境問題だ。畜産業は温室効果ガス排出の主要因の1つで、世界全体の排出量の約14.5%を占めるとされている。培養技術を用いれば、飼料・水・土地の使用量を大幅に削減でき、森林伐採や海洋資源の枯渇を抑えることが可能になる。
第2に食の安全性である。培養環境は厳密に管理されているため、抗生物質の過剰使用、寄生虫の混入、水銀など有害物質の蓄積といった従来の畜産・水産物が抱えてきたリスクを低減できるとされている。
第3に、多様な食の志向や制約への対応だ。宗教上の理由、動物福祉への配慮、環境意識の高まりなど、これまで食事に大きな制約を抱えてきた人びとにとっても、培養食品は新たな選択肢となり得る。
第1に環境問題だ。畜産業は温室効果ガス排出の主要因の1つで、世界全体の排出量の約14.5%を占めるとされている。培養技術を用いれば、飼料・水・土地の使用量を大幅に削減でき、森林伐採や海洋資源の枯渇を抑えることが可能になる。
第2に食の安全性である。培養環境は厳密に管理されているため、抗生物質の過剰使用、寄生虫の混入、水銀など有害物質の蓄積といった従来の畜産・水産物が抱えてきたリスクを低減できるとされている。
第3に、多様な食の志向や制約への対応だ。宗教上の理由、動物福祉への配慮、環境意識の高まりなど、これまで食事に大きな制約を抱えてきた人びとにとっても、培養食品は新たな選択肢となり得る。
バーガーからサーモン、そしてマグロへ
培養食品の実用化は、技術的な難易度に基づいて進んでいる。その順序は、バーガー、次にサーモン、そしてマグロだ。
ハンバーガーのパティは、いわばミンチ肉の塊であり、複雑な組織構造を再現する必要がない。そのため比較的早期に実用化が進んだ。2023年以降、アメリカでは培養鶏肉が正式に認可され、特定のレストランで提供が始まっている。
次に登場したのが培養サーモンだ。魚の切り身に近い構造を再現するには、筋肉繊維の配列や脂肪の分布を制御する必要があり、バーガーよりも難易度が一段階高い。2025年には、アメリカのWildtypeが開発した培養サーモンが安全性評価をクリアし、世界で初めて培養魚としてレストラン提供が開始された。Wildtypeへの出資には環境分野に関心の高い著名人も名を連ねている。
ハンバーガーのパティは、いわばミンチ肉の塊であり、複雑な組織構造を再現する必要がない。そのため比較的早期に実用化が進んだ。2023年以降、アメリカでは培養鶏肉が正式に認可され、特定のレストランで提供が始まっている。
次に登場したのが培養サーモンだ。魚の切り身に近い構造を再現するには、筋肉繊維の配列や脂肪の分布を制御する必要があり、バーガーよりも難易度が一段階高い。2025年には、アメリカのWildtypeが開発した培養サーモンが安全性評価をクリアし、世界で初めて培養魚としてレストラン提供が開始された。Wildtypeへの出資には環境分野に関心の高い著名人も名を連ねている。
米Wildtype社の培養サーモン
そして現在、最も注目を集めているのが培養マグロである。
「海のダイヤ」クロマグロへの挑戦
培養マグロ最大の難関は「トロ」の再現だ。赤身の中にサシのように入り込む脂肪、その絶妙なバランスと口溶けを再現するためには、筋肉細胞と脂肪細胞を精密に配置し、天然のマグロに近い組織構造を作り上げなければならない。
アメリカでは、培養トロの開発を進めるスタートアップ・BlueNaluが商用化に向けた準備を加速させている。日本でも、水産大手のマルハニチロとバイオテック企業のUMAMI Bioworksが共同で培養マグロの研究開発に取り組んでいる。日本は、近畿大学が32年の歳月をかけて2002年に世界初のクロマグロ完全養殖に成功した国でもある。その知見を生かした、日本発の培養マグロ技術の確立にも期待がかかる。
アメリカでは、培養トロの開発を進めるスタートアップ・BlueNaluが商用化に向けた準備を加速させている。日本でも、水産大手のマルハニチロとバイオテック企業のUMAMI Bioworksが共同で培養マグロの研究開発に取り組んでいる。日本は、近畿大学が32年の歳月をかけて2002年に世界初のクロマグロ完全養殖に成功した国でもある。その知見を生かした、日本発の培養マグロ技術の確立にも期待がかかる。
米国のBlueNalu社の培養トロ
もちろん課題は多い。培養コスト、国ごとに異なる規制や基準、「人工」「実験室育ち」といった言葉がもたらす心理的抵抗感。しかし2013年に3500万円だった培養肉が、今ではレストランで150ドルで提供されるまでに進化した事実は大きい。
私たちが寿司店で「大トロを一貫」と注文するその日、「培養クロマグロの大トロでお願いします」と口にする未来は、決して遠い話ではないのかもしれない。
私たちが寿司店で「大トロを一貫」と注文するその日、「培養クロマグロの大トロでお願いします」と口にする未来は、決して遠い話ではないのかもしれない。

土江錠
ガジェットのほか、各種AIや先端技術を追いかけるテックウォッチャー。
ゲームと食べ歩きも少し詳しい。












