NHK大河『豊臣兄弟!』秀長の選択──同僚を斬り2度出奔した藤堂高虎は、なぜ秀長に心酔したのか

小林 啓倫

Special映画・音楽

秀長はなぜ「要注意人材」を破格で採ったのか

このときの秀長は、兄・秀吉が長浜城主となってまだ間もない頃であり、自身は長浜城代として北近江の実務を仕切っていた。3年前の1573年には、近江国伊香郡黒田郷の百姓たちに宛てて、戦乱で山中に避難した住民を村に戻し、兵の乱暴狼藉を禁じる書状を出している(この辺りは前回の記事で書いた通りだ)。

1574年(天正2年)には兄の代理として長島一向一揆攻めに出陣し、篠橋砦を攻め落として『信長公記』にその名が記された。民政と軍事の両面で、独立した指揮官・行政官として頭角を現しつつあった37歳の男である。

高虎との召し抱え交渉(家臣として雇い入れるための条件交渉)の中で、秀長が彼に提示した条件は300石だった。現代の感覚でいえば2000万円前後といったところだろうか。

この数字の意味は、高虎自身の前職と比べればわかる。前述の通り、織田信澄が示した評価は80石。丹波攻めで戦功を立ててなお、その程度の評価しか得られなかった男に、秀長はいきなり約4倍の報酬を示した。

もちろんその後の高虎の活躍を知っている私たちからすれば、この提示額も当然、あるいは少ないくらいだと感じられるだろう。しかし当時の高虎は、同僚斬殺・複数回の出奔という「要注意」の経歴を背負った若者である。なぜ秀長は、このような判断ができたのか。

第1に、豊臣家(当時は羽柴家)には、先祖代々仕えるいわゆる譜代家臣がいなかったという構造的事情がある。兄・秀吉は尾張中村の農民出身であり、代々の家臣団というものを持たない。組織を大きくするには、外から人を集めるしかない。つまり経歴の傷を問題視するような余裕などなかった、と考えられる。

第2に、秀長自身が現場を知る人間だったことが挙げられる。民政の書状を自ら書き、兵を率いて砦を落とした経験がある秀長には、「丹波攻めで名のある武将を討ち取った」という高虎の戦功が、どれほどの実力を意味するかが肌でわかったに違いない。信澄のようなサラブレッドの武将には見えないものが、実務で汗を流してきた37歳には見えたのだ。

第3に、秀長は過去の経歴を忌避しない判断力を持っていたのではないだろうか。同僚斬殺も出奔も、見方を変えれば「不当な評価を甘受しない強い自負心」の裏返しである。その自負心こそが、高虎の武功を支えてきた原動力でもあった。これを「危うさ」と見るか、「磨けば光る素質」と見るか。秀長は後者を選んだ。

「採用面接」など存在しない時代だが、秀長は現代的なマネジメント判断にも通じる決断を下しているのではないだろうか。

なぜ高虎は秀長に仕え続けたのか

仕官から5年後の1581年(天正9年)、高虎は但馬の一揆鎮定で戦功を挙げ、3000石を加増された。仕官時の300石からちょうど10倍、億超えプレーヤーということになる。鉄砲大将に任じられ、但馬大屋の地に陣営を構え、一族を近江から呼び寄せて新たな生活基盤を築くことも秀長から許された。栃尾加賀守祐善の媒酌で一色修理大夫の娘・久芳を正室に迎えたのもこの時期だ。

注目すべきは、これが単なる「報酬の引き上げ」ではないという点である。秀長は高虎に、武士として家を興すための基盤、すなわち領地、軍、結婚、そして一族の居場所を丸ごと与えている。

ここに、高虎の以前の主君たちとの決定的な違いがある。前の4人は、高虎の働きを「その都度の取引」として扱った。功を立てれば報いる、立てなければ放置する。しかし秀長は、高虎が能力を発揮できる場そのものを作ってやった。戦場だけでなく、生活も、家族も、将来も含めてである。この違いに、高虎は気づいていたはずだ。

もう1つ、秀長と高虎の関係を支えた要素として見逃せないのが、秀長という人物の立ち位置だ。秀長は兄・秀吉を支える補佐役に徹し、自らが天下を狙う素振りをまったく見せなかった。この「天下を狙わない」姿勢が、逆に高虎のような実力者を安心させたのではないだろうか。

野心の強い上司に仕える場合、優秀な部下は常に警戒される。主君の座を脅かす存在になり得るからだ。しかし秀長は違った。自分は兄を立てる、部下には十分な裁量と報酬を与える。この明快な役割分担が、高虎のような「扱いにくいエース」の才能を存分に開花させる環境を生んだ。
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小林 啓倫

経営コンサルタント
1973年東京都生まれ、獨協大学外国語学部卒、筑波大学大学院修士課程修了。システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米バブソン大学にてMBAを取得。その後外資系コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業などで活動。著書に『FinTechが変える!金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』(朝日新聞出版)、『IoTビジネスモデル革命』(朝日新聞出版)、訳書に『ソーシャル物理学』(アレックス・ペントランド著、草思社)、『シンギュラリティ大学が教える 飛躍する方法』(サリム・イスマイル著、日経BP)など多数。

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