芥川賞×SF作家・円城塔という人選をどう読むか
2025年4月に発表された座組では、監督をモコちゃん氏(『ダンダダン』副監督)、キャラクターデザイン・総作画監督を半田修平氏が務め、アニメーション制作は『犬王』『映像研には手を出すな!』のサイエンスSARUが担う。そして特に注目すべきが、シリーズ構成・脚本を手掛けるSF作家、円城塔氏である。
円城氏は第146回芥川賞(『道化師の蝶』)と第39回日本SF大賞(『文字渦』)の双方を受賞した、純文学とSFの境界に立つ作家だ。経歴も異色である。東京大学大学院で博士号(学術)を取得し、複雑系研究で知られる物理学者・金子邦彦氏に師事博士研究員などを経て、小説家へ転じた。ペンネーム自体、金子氏の著作に登場する物語生成プログラムの名に由来する。この人選から、新作のSF的な作り込みが濃密になることはまず間違いないだろう。
しかし注目すべきは、円城氏のアニメ脚本デビュー作が、渡辺信一郎総監督のコメディSF『スペース☆ダンディ』(2014年)であるという点だ。担当した第11話「お前をネバー思い出せないじゃんよ」と第24話「次元の違う話じゃんよ」は、SF的アイデアをギャグとして成立させている。
小説でも、初期作『Self-Reference ENGINE』(2007年)以来、大真面目な理屈が積み上がるほどおかしくなる、という独特のユーモアが散りばめられている。その笑いは言語遊戯的でナンセンス系のもので、士郎作品の身体的で漫画的な笑いとは質が異なる。しかしハードSFと笑いを同居させられる書き手という点では、この人選に異論はないのではないだろうか。
円城氏は第146回芥川賞(『道化師の蝶』)と第39回日本SF大賞(『文字渦』)の双方を受賞した、純文学とSFの境界に立つ作家だ。経歴も異色である。東京大学大学院で博士号(学術)を取得し、複雑系研究で知られる物理学者・金子邦彦氏に師事博士研究員などを経て、小説家へ転じた。ペンネーム自体、金子氏の著作に登場する物語生成プログラムの名に由来する。この人選から、新作のSF的な作り込みが濃密になることはまず間違いないだろう。
しかし注目すべきは、円城氏のアニメ脚本デビュー作が、渡辺信一郎総監督のコメディSF『スペース☆ダンディ』(2014年)であるという点だ。担当した第11話「お前をネバー思い出せないじゃんよ」と第24話「次元の違う話じゃんよ」は、SF的アイデアをギャグとして成立させている。
小説でも、初期作『Self-Reference ENGINE』(2007年)以来、大真面目な理屈が積み上がるほどおかしくなる、という独特のユーモアが散りばめられている。その笑いは言語遊戯的でナンセンス系のもので、士郎作品の身体的で漫画的な笑いとは質が異なる。しかしハードSFと笑いを同居させられる書き手という点では、この人選に異論はないのではないだろうか。
エンジニアの士郎、理論家の円城
では、肝心の「ハードSF」の要素はどうか。ここでも、士郎氏と円城氏の方向性は若干異なっている。
士郎氏のハードさは工学側にある。人体工学に基づくメカの描き込み、重心や遠心力を感じさせる「現実に存在しそうな機械」としての説得力は、メカデザイナーの山下いくと氏ら、さまざまな識者が繰り返し証言するところだ。義体やサイボーグ技術が社会制度や警察実務の中でどう運用されるか、その実装まで突き詰めて想像するのが士郎流である。
一方、円城氏のハードさは理学側にある。数理、情報理論、自己言及といった抽象構造そのものを、物語の駆動装置にする。円城氏がシリーズ構成・脚本・SF考証を務めた『ゴジラS.P<シンギュラポイント>』(2021年、これも筆者が大好きな作品だ)でも、理論先行の作風は存分に発揮された。エンジニアの士郎、理論家の円城。同じ「ハードSF」の看板を掲げていても、その足場は異なっている。
しかし体質はよく似ている。士郎作品の代名詞といえば、前述したコマの余白を埋め尽くす
「欄外注釈」だ。本編のコマの外にまで技術解説と作者の言葉があふれ出し、その過剰な情報量が作品の熱量を生んできた。円城氏もまた、注釈やメタフィクション的な仕掛けで本を埋め尽くす作家である。2人に共通するのは、本編に収まりきらない情報を、大真面目に、どこかおかしく注ぎ込んでしまう体質だ。士郎氏の欄外注釈を読んで「真面目すぎて笑ってしまう」あの感覚は、円城作品のユーモアと地続きといえるのではないだろうか。
したがって、ハードSFという点で、2人の資質は「補完」として働くだろう。とりわけ原作後半では、ネットと意識の融合を巡る抽象度の高い議論へ踏み込んでいく。あの領域こそ、理論家・円城氏の独擅場(どくだんじょう)となるはずだ。
もちろん、放送前の現時点で作風を断定することはできない。公式が明らかにしているのは座組と映像の断片だけであり、本稿の見立ては期待を込めた予想にすぎない。
それでも、この座組が「原作の温度」に向けて組まれているように見えることは強調しておきたい。鍵は脚本の円城氏だけではない。監督のモコちゃん氏はコメディアクションとオカルトの快作『ダンダダン』で副監督を務め、サイエンスSARUはコミカルで伸びやかな動きの表現に定評があるスタジオだ。脚本・監督・スタジオが、そろって「ハードSFと笑いの共存」を向いている。
円城氏は前述の「士郎正宗の世界展」に寄せた文章で「だいたいのことは士郎正宗がとっくの昔に描いていたのだが、当時の人々はその作品をうまく読み解くことができずにいた」と評している。では円城氏自身は今、30年前の原作をどう読み解くのか、新作アニメ版を期待して待ちたい。
士郎氏のハードさは工学側にある。人体工学に基づくメカの描き込み、重心や遠心力を感じさせる「現実に存在しそうな機械」としての説得力は、メカデザイナーの山下いくと氏ら、さまざまな識者が繰り返し証言するところだ。義体やサイボーグ技術が社会制度や警察実務の中でどう運用されるか、その実装まで突き詰めて想像するのが士郎流である。
一方、円城氏のハードさは理学側にある。数理、情報理論、自己言及といった抽象構造そのものを、物語の駆動装置にする。円城氏がシリーズ構成・脚本・SF考証を務めた『ゴジラS.P<シンギュラポイント>』(2021年、これも筆者が大好きな作品だ)でも、理論先行の作風は存分に発揮された。エンジニアの士郎、理論家の円城。同じ「ハードSF」の看板を掲げていても、その足場は異なっている。
しかし体質はよく似ている。士郎作品の代名詞といえば、前述したコマの余白を埋め尽くす
「欄外注釈」だ。本編のコマの外にまで技術解説と作者の言葉があふれ出し、その過剰な情報量が作品の熱量を生んできた。円城氏もまた、注釈やメタフィクション的な仕掛けで本を埋め尽くす作家である。2人に共通するのは、本編に収まりきらない情報を、大真面目に、どこかおかしく注ぎ込んでしまう体質だ。士郎氏の欄外注釈を読んで「真面目すぎて笑ってしまう」あの感覚は、円城作品のユーモアと地続きといえるのではないだろうか。
したがって、ハードSFという点で、2人の資質は「補完」として働くだろう。とりわけ原作後半では、ネットと意識の融合を巡る抽象度の高い議論へ踏み込んでいく。あの領域こそ、理論家・円城氏の独擅場(どくだんじょう)となるはずだ。
もちろん、放送前の現時点で作風を断定することはできない。公式が明らかにしているのは座組と映像の断片だけであり、本稿の見立ては期待を込めた予想にすぎない。
それでも、この座組が「原作の温度」に向けて組まれているように見えることは強調しておきたい。鍵は脚本の円城氏だけではない。監督のモコちゃん氏はコメディアクションとオカルトの快作『ダンダダン』で副監督を務め、サイエンスSARUはコミカルで伸びやかな動きの表現に定評があるスタジオだ。脚本・監督・スタジオが、そろって「ハードSFと笑いの共存」を向いている。
円城氏は前述の「士郎正宗の世界展」に寄せた文章で「だいたいのことは士郎正宗がとっくの昔に描いていたのだが、当時の人々はその作品をうまく読み解くことができずにいた」と評している。では円城氏自身は今、30年前の原作をどう読み解くのか、新作アニメ版を期待して待ちたい。

小林 啓倫
経営コンサルタント
1973年東京都生まれ、獨協大学外国語学部卒、筑波大学大学院修士課程修了。システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米バブソン大学にてMBAを取得。その後外資系コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業などで活動。著書に『FinTechが変える!金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』(朝日新聞出版)、『IoTビジネスモデル革命』(朝日新聞出版)、訳書に『ソーシャル物理学』(アレックス・ペントランド著、草思社)、『シンギュラリティ大学が教える 飛躍する方法』(サリム・イスマイル著、日経BP)など多数。














