イーロン・マスク説は本当か?ビットコイン発明者の謎を追った書籍『サトシ・ナカモトはだれだ』

小林 啓倫

Special金融・銀行・暗号資産

“ビットコイン生みの親”の正体を探る

分散型のデジタル通貨で、特定の管理者を持たず、暗号技術とネットワークで信頼性を保つ「ビットコイン」。近年は投資対象として注目されているが、テクノロジーの面でも革新的な存在として社会に影響を与えてきた。「ビットコインの発明者にノーベル賞を」との声も度々上がっているほどだ。

しかしビットコインの発明者について分かっていることは「サトシ・ナカモト」という名義だけで、これも偽名と考えられている。河出書房から出版された『サトシ・ナカモトはだれだ?』は、その正体を探ろうという一冊だ。

本書は、ジャーナリストのベンジャミン・ウォレスによる『The Mysterious Mr. Nakamoto: A Fifteen-Year Quest to Unmask the Secret Genius Behind Crypto(謎のナカモト氏:暗号通貨の秘密の天才の正体を暴く15年間の探求)』(2025年3月刊)の邦訳である。筆者が翻訳を担当した本書には、サトシ・ナカモトの正体をめぐる15年の取材内容がまとめられている。

サトシ・ナカモトとは一体誰なのか。まさにそれが本書のテーマだが、彼については名前を聞いたことがある程度という方のために、簡単に経歴をまとめておこう。

正体は謎のまま、ビットコインの論文公開から初期運用へ

便宜上「彼」と書くが、正体は一切明らかになっていない。性別や国籍はおろか、個人なのかグループなのかも分からない。ビットコインの基本的な仕組みを解説し、2008年10月31日に発表された技術論文「ビットコイン・ホワイトペーパー」の著者として記されていたのが「サトシ・ナカモト」という名前であり、いくつかの理由から偽名と見られている。

このホワイトペーパーの発表と前後して、彼は暗号技術やデジタルキャッシュの開発者、あるいはサイファーパンク(暗号技術を使って個人のプライバシーと自由を守ろうとする思想運動)といった人びととメールやメーリングリストで議論を重ね、ビットコインの理論構築に尽力している。

サトシ・ナカモトがすごいのは「信用の仕組み」を作り直したことにある。お金のやり取りは普通、銀行のような「信頼される第三者」が「誰がいくらお金を持っていて、それを誰にいくら払ったか」を確認し、保証することによって成り立つ。だがサトシ・ナカモトは、誰も信頼しなくても取引が成り立つ方法(それこそがビットコインだ)を、数学とプログラムで実現した。つまり人びとの「信頼」というものを、ソフトウェアに置き換えたのである。サトシ・ナカモトは単なる技術者ではなく、お金や信用の仕組みを根本から変えた思想家ともいえるだろう。

そのサトシ・ナカモトは2009年1月、ビットコインを実現するソフトウェアの最初のバージョンを公開し、暗号技術の先駆者で、サトシ・ナカモトから史上初のビットコイン送金を受け取った人物であるハル・フィニーらと実験運用を開始。自ら最初のブロック(ビットコインの取引記録)をマイニングしている。マイニングとは、新しいブロックを構築するために、コンピューターで複雑な計算問題を解く行為を指す。最初に計算問題を解いた人が報酬として新規に発行したビットコインを受け取れるため、金を掘り出す行為になぞらえて「採掘(マイニング)」と呼ばれる。サトシ・ナカモトは、理論と運用の両面でビットコインの普及に尽力した。

姿を消した後、「正体探し」が過熱

しかしなぜか、彼は2010年末ごろから、開発の中心をギャビン・アンドリーセン(ビットコインの黎明(れいめい)期を支えた技術者)など他の開発者たちに譲るようになる。

そして2011年初頭には、ビットコイン・プロジェクトの表舞台から姿を消してしまう。確認できる最後の行動は2014年3月7日。本書でも描かれている「ドリアン・ナカモト事件」(ニューズウィーク誌がロサンゼルス在住のドリアン・ナカモトという人物をサトシ・ナカモトだと報じ、大騒動に発展したもの)に際し、とあるソーシャルネットワーク上に「私はドリアン・ナカモトではない」と投稿した。それ以降、彼の消息は途絶えている。

一方、“サトシの正体”は、早くから多くのジャーナリストや研究者の関心事だった。過熱した例がドリアン・ナカモト事件だが、そこまで過激化せずとも、これまで多くの人びとがナカモトの謎に魅了され、仮説が記事や書籍として公表されてきた。本書の著者、ベンジャミン・ウォレスもその一人というわけだ。

ウォレスは2011年6月、米ワイアード誌の編集者だったジェイソン・タンツからビットコインの話を聞き、ナカモトの謎にも引き込まれていく。そしてナカモトが関係していたサイファーパンクやエクストロピアン(テクノロジーで人間の能力や寿命の拡張をめざす思想コミュニティ)のコミュニティに当たり、ウェイ・ダイ(暗号研究者・電子現金構想b-moneyの提唱者)やニック・サボ(暗号研究者・スマートコントラクトの提唱者)、前述したビットコインを最初に受け取ったハル・フィニーといった有力なナカモト候補に接触。

メールや対面で「あなたはサトシですか?」と率直に尋ねている。同年11月には取材結果をまとめた記事「ビットコインの盛衰」を米ワイアード誌で発表。以後、情報提供や「我こそがサトシだ」と主張する人びと、あるいは逆に「ナカモトを追うな」と批判する人びとと交流するようになる。

ところが、当初の予想に反して謎は解けないまま時間が過ぎた。ウォレス自身が「10年以上経っても彼の正体が最大の謎として残るとは予想だにしなかった」と述べているように、その後長い時間が経過しても、ナカモトをめぐるミステリーが解決されることはなかった。

最重要人物が見つかる

ウォレス自身、半ば諦めムードだったのではないだろうか。しかし2021年大晦日にサヒル・グプタという人物から届いた「ナカモト=イーロン・マスク説」のメールと、ビットコイン関連イベント「Bitcoin 2022」で目にした、熱狂的な参加者たちの姿がウォレスに火をつける。ジャーナリストとしての仕事を中断して、サトシ・ナカモトの正体を追うのにフルタイムで専念すると決意。2022年から23年にかけて、コード・スタイロメトリー(プログラムのコードの書き方に現れる癖から、それを開発した人物を特定する手法)など最新の手法を導入し、候補者を絞っていく。例えば、大手IT企業のセキュリティエンジニア、サイファーパンク系の古参プログラマー、初期のノードやサーバの運用に関わった技術者といった層だ。そうして浮かび上がった人々への取材を重ねた。

そしてウォレスは最終的に、最重要人物の一人であるジェームズ・ドナルドに会うため、オーストラリアへ赴く。ジェームズ・ドナルドは、暗号技術系メーリングリスト上でサトシ・ナカモトと議論を交わした記録がある人物だ。ウォレスが彼に何を尋ねたのか、それにドナルドがどう答え、ウォレスがどのような結論にたどり着いたのかは、本書で詳しく描かれている。
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小林 啓倫

経営コンサルタント
1973年東京都生まれ、獨協大学外国語学部卒、筑波大学大学院修士課程修了。システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米バブソン大学にてMBAを取得。その後外資系コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業などで活動。著書に『FinTechが変える!金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』(朝日新聞出版)、『IoTビジネスモデル革命』(朝日新聞出版)、訳書に『ソーシャル物理学』(アレックス・ペントランド著、草思社)、『シンギュラリティ大学が教える 飛躍する方法』(サリム・イスマイル著、日経BP)など多数。

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