権力闘争の渦中にあるアメリカのAI規制
2025年12月11日、米トランプ大統領が1本の大統領令に署名した。タイトルは「AIのための国家政策枠組みの確保(Ensuring a National Policy Framework for Artificial Intelligence)」。アメリカのAI規制を連邦政府の下に一元化しようという、野心的な命令である。
だがその前日、米連邦議会の上院はNDAA(国防授権法)からAI規制の連邦専占条項をあっさり削除していた。同じ週には36州の司法長官が、AI企業に安全対策を求める書簡を連名で送付している。ホワイトハウス、議会、州政府——同じ1週間のうちに3者がまったく異なる方向へ動いた。超大国アメリカのAI規制は今、「パッチワーク」どころか国家的な権力闘争の渦中にある。
この対立の構造と行方を理解することは、AIをめぐるビジネスに関わる全ての人にとって、避けて通れない課題だ。
だがその前日、米連邦議会の上院はNDAA(国防授権法)からAI規制の連邦専占条項をあっさり削除していた。同じ週には36州の司法長官が、AI企業に安全対策を求める書簡を連名で送付している。ホワイトハウス、議会、州政府——同じ1週間のうちに3者がまったく異なる方向へ動いた。超大国アメリカのAI規制は今、「パッチワーク」どころか国家的な権力闘争の渦中にある。
この対立の構造と行方を理解することは、AIをめぐるビジネスに関わる全ての人にとって、避けて通れない課題だ。
AI規制を巡るトランプ大統領と州政府の対立の行方は?(筆者がGeminiで生成)
州が先に動いた——連邦の「不作為」が生んだ規制の乱立
そもそもなぜこのような事態になったのか。話は連邦議会の機能不全から始まる。
アメリカにはいまだ包括的な連邦AI法が存在しない。党派対立やテクノロジー業界の強力なロビイング、そしてAI技術の進化速度に立法プロセスが追いつけないという構造的な問題が重なり、議会は身動きが取れなかった。バイデン前政権が2023年に署名したAI安全重視の大統領令(EO 14110)も、トランプ政権が就任直後の2025年1月に撤回。連邦レベルのルールは事実上白紙に戻った。
この「権力の真空」を埋めたのが州政府だ。ワシントンD.C.のプライバシー政策シンクタンクであるFuture of Privacy Forum(FPF)の調査によれば、2025年だけで42州から210以上のAI関連法案が提出された。その立法アプローチは大きく2つの類型に分けられる。
1つは「消費者保護型」だ。コロラド州AI法(2026年6月施行)はアルゴリズム差別の禁止と影響評価を義務化し、イリノイ州の人権法改正は雇用におけるAI差別を禁止した。郵便番号のような属性の代理指標(プロキシ)を使った間接的な差別も規制対象とするなど、踏み込んだ内容である。ニューヨーク市のLocal Law 144は、採用AIに対する年次バイアス監査を義務付けている。
もう1つは「透明性・開示型」だ。カリフォルニア州のSB 53はフロンティアAI開発者にリスク枠組みの公開と安全性インシデントの報告を求め、AB 2013は訓練データの透明性確保を義務化した。テキサス州のRAIGA(責任あるAIガバナンス法)は、特に医療分野でのAI開示義務や行動操作の禁止を定めている。
注目すべきは、法律だけではなく州司法長官(AG)による「実力行使」も活発化している点だ。ペンシルベニア州AGはAIプラットフォームを介した住宅管理の遅延を巡り不動産会社と和解に持ち込み、マサチューセッツ州AGは差別的なAI貸付モデルを使用した学生ローン会社から250万ドルの和解金を勝ち取った。州は立法と法執行の両面で攻勢をかけている。
アメリカにはいまだ包括的な連邦AI法が存在しない。党派対立やテクノロジー業界の強力なロビイング、そしてAI技術の進化速度に立法プロセスが追いつけないという構造的な問題が重なり、議会は身動きが取れなかった。バイデン前政権が2023年に署名したAI安全重視の大統領令(EO 14110)も、トランプ政権が就任直後の2025年1月に撤回。連邦レベルのルールは事実上白紙に戻った。
この「権力の真空」を埋めたのが州政府だ。ワシントンD.C.のプライバシー政策シンクタンクであるFuture of Privacy Forum(FPF)の調査によれば、2025年だけで42州から210以上のAI関連法案が提出された。その立法アプローチは大きく2つの類型に分けられる。
1つは「消費者保護型」だ。コロラド州AI法(2026年6月施行)はアルゴリズム差別の禁止と影響評価を義務化し、イリノイ州の人権法改正は雇用におけるAI差別を禁止した。郵便番号のような属性の代理指標(プロキシ)を使った間接的な差別も規制対象とするなど、踏み込んだ内容である。ニューヨーク市のLocal Law 144は、採用AIに対する年次バイアス監査を義務付けている。
もう1つは「透明性・開示型」だ。カリフォルニア州のSB 53はフロンティアAI開発者にリスク枠組みの公開と安全性インシデントの報告を求め、AB 2013は訓練データの透明性確保を義務化した。テキサス州のRAIGA(責任あるAIガバナンス法)は、特に医療分野でのAI開示義務や行動操作の禁止を定めている。
注目すべきは、法律だけではなく州司法長官(AG)による「実力行使」も活発化している点だ。ペンシルベニア州AGはAIプラットフォームを介した住宅管理の遅延を巡り不動産会社と和解に持ち込み、マサチューセッツ州AGは差別的なAI貸付モデルを使用した学生ローン会社から250万ドルの和解金を勝ち取った。州は立法と法執行の両面で攻勢をかけている。
ホワイトハウスの逆襲——大統領令という「力業」
この州の攻勢に対し、トランプ政権は正面から対抗した。政権のAI政策を貫く思想は一貫している。「イノベーション最優先、規制は最小限」だ。
2025年1月のバイデン大統領令撤回に始まり、同年7月の「アメリカAIアクションプラン」策定に至るまで、トランプ政権はデータセンター建設の許可迅速化やAI技術の輸出促進など、規制緩和路線を徹底してきた。
加えて「Woke AIの排除」を掲げる大統領令も発出している。これは連邦政府機関に対し、多様性や公平性などの「イデオロギー的偏見」を排除し、「真実の追求」と「イデオロギー的中立性」という基準を満たすAIシステムのみを調達・利用することを義務付けるものだ。こうした政策には、イノベーション促進とイデオロギーの2つの顔がある。
しかし、議会を通じた規制統一は壁にぶつかった。2025年7月、大規模な税制改正と歳出・債務上限調整をまとめた包括的予算調整措置「One Big Beautiful Bill法案」に盛り込まれた「州AI法の10年間モラトリアム」条項は、上院で99対1という歴史的な否決を喫した。同じ条項をNDAA(国防授権法)に挿入する試みも失敗。共和党内ですら、州の規制権限を10年間凍結するという案には賛同が得られなかった。
議会ルートが塞がれたトランプ政権は、行政権限のカードを切った。2025年12月の大統領令が打ち出した戦略は4本柱で構成される。第1に、司法省(DOJ)内に「AI訴訟タスクフォース」を設置し、州法を州際通商条項違反や連邦法との抵触を根拠に法廷で攻撃する態勢を整えた。第2に、商務省に対し「負担の重い」州法を評価・特定するよう命じた(期限は2026年3月11日)。第3に、ブロードバンド整備のための連邦補助金(BEADプログラム、420億ドル規模)の交付条件にAI規制の緩和をひも付けた。さらに全省庁に対し、裁量的補助金でも同様の条件付けが可能か検討するよう指示している。第4に、FCCにAI情報開示の連邦基準を検討させ、FTCにはバイアス是正を義務付ける州法が「欺瞞的行為」に当たるとして、連邦法で専占(プリエンプション=上書き)する方針声明の発出を求めた。
大統領令はコロラド州AI法を名指しで批判し、「AIモデルに虚偽の結果を出すことを強制しうる」と断じた。政権にとって、差別是正のための出力調整は「真実の歪曲」であり、排除すべき対象なのだ。
2025年1月のバイデン大統領令撤回に始まり、同年7月の「アメリカAIアクションプラン」策定に至るまで、トランプ政権はデータセンター建設の許可迅速化やAI技術の輸出促進など、規制緩和路線を徹底してきた。
加えて「Woke AIの排除」を掲げる大統領令も発出している。これは連邦政府機関に対し、多様性や公平性などの「イデオロギー的偏見」を排除し、「真実の追求」と「イデオロギー的中立性」という基準を満たすAIシステムのみを調達・利用することを義務付けるものだ。こうした政策には、イノベーション促進とイデオロギーの2つの顔がある。
しかし、議会を通じた規制統一は壁にぶつかった。2025年7月、大規模な税制改正と歳出・債務上限調整をまとめた包括的予算調整措置「One Big Beautiful Bill法案」に盛り込まれた「州AI法の10年間モラトリアム」条項は、上院で99対1という歴史的な否決を喫した。同じ条項をNDAA(国防授権法)に挿入する試みも失敗。共和党内ですら、州の規制権限を10年間凍結するという案には賛同が得られなかった。
議会ルートが塞がれたトランプ政権は、行政権限のカードを切った。2025年12月の大統領令が打ち出した戦略は4本柱で構成される。第1に、司法省(DOJ)内に「AI訴訟タスクフォース」を設置し、州法を州際通商条項違反や連邦法との抵触を根拠に法廷で攻撃する態勢を整えた。第2に、商務省に対し「負担の重い」州法を評価・特定するよう命じた(期限は2026年3月11日)。第3に、ブロードバンド整備のための連邦補助金(BEADプログラム、420億ドル規模)の交付条件にAI規制の緩和をひも付けた。さらに全省庁に対し、裁量的補助金でも同様の条件付けが可能か検討するよう指示している。第4に、FCCにAI情報開示の連邦基準を検討させ、FTCにはバイアス是正を義務付ける州法が「欺瞞的行為」に当たるとして、連邦法で専占(プリエンプション=上書き)する方針声明の発出を求めた。
大統領令はコロラド州AI法を名指しで批判し、「AIモデルに虚偽の結果を出すことを強制しうる」と断じた。政権にとって、差別是正のための出力調整は「真実の歪曲」であり、排除すべき対象なのだ。

小林 啓倫
経営コンサルタント
1973年東京都生まれ、獨協大学外国語学部卒、筑波大学大学院修士課程修了。システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米バブソン大学にてMBAを取得。その後外資系コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業などで活動。著書に『FinTechが変える!金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』(朝日新聞出版)、『IoTビジネスモデル革命』(朝日新聞出版)、訳書に『ソーシャル物理学』(アレックス・ペントランド著、草思社)、『シンギュラリティ大学が教える 飛躍する方法』(サリム・イスマイル著、日経BP)など多数。













