もし生徒たちの“分身AI”がいたら、授業はどう変わるのか
田中先生は、新しい数学カリキュラムの導入を前に途方に暮れていた。「生徒たちは、この新しいアプローチを受け入れてくれるだろうか」
昨年、学校は画期的な取り組みを始めていた。全校生徒1000人と、それぞれ2時間の個別面談を実施。生徒たちの学習観、将来の夢、数学への思い、家庭環境まで、じっくりと話を聞いた。
「数学は嫌いじゃないけど、何の役に立つか分からない」とタカシは語っていた。
「公式を覚えるのは得意だけど、それを使う問題になると...」ミサキの表情は曇る。
「僕、じっと座ってるの苦手なんだ」ケンタは正直に打ち明けた。
これらの詳細なインタビューデータを基に、AIエージェントシステムが構築された。田中先生は、新カリキュラムについてのアンケートをAIに実施してみた。
「問題解決型学習についてどう思いますか?」
AIタカシ:「実生活との関連があれば興味が持てそう」
AIミサキ:「グループワークがあると、分からないところを聞きやすい」
AIケンタ:「体を動かしながら学べるなら、集中できるかも」
さらに、「このカリキュラムで数学への興味は高まりそうですか?」という質問には、予想以上に肯定的な回答が返ってきた。ただし、「段階的な導入」と「個別サポート」が必要という示唆も得られた。
この結果を受けて、田中先生は計画を修正した。いきなり全面導入するのではなく、月1回の特別授業から始めることに。そして、生徒同士の教え合いの時間を必ず設けることにした。
新学期、最初の特別授業。生徒たちは、実際の店舗経営をシミュレーションしながら利益計算を学んでいた。
「へー、数学ってこんな風に使うんだ」タカシの目が輝く。
「私の計算、合ってる?」ミサキが隣の友達に確認する。
「立って計算してもいいですか?」ケンタの提案に、田中先生は笑顔で頷いた。
AIが予測した通り、生徒たちは新しいアプローチを受け入れた。でも田中先生が一番嬉しかったのは、事前の面談で一人ひとりと向き合えたことだった。テクノロジーは、その理解を深め、より良い選択をするための道具に過ぎない。
本当の教育は、生徒を知ることから始まる。AIエージェントは、その理解を形にする新しい方法を示してくれたのだった。
昨年、学校は画期的な取り組みを始めていた。全校生徒1000人と、それぞれ2時間の個別面談を実施。生徒たちの学習観、将来の夢、数学への思い、家庭環境まで、じっくりと話を聞いた。
「数学は嫌いじゃないけど、何の役に立つか分からない」とタカシは語っていた。
「公式を覚えるのは得意だけど、それを使う問題になると...」ミサキの表情は曇る。
「僕、じっと座ってるの苦手なんだ」ケンタは正直に打ち明けた。
これらの詳細なインタビューデータを基に、AIエージェントシステムが構築された。田中先生は、新カリキュラムについてのアンケートをAIに実施してみた。
「問題解決型学習についてどう思いますか?」
AIタカシ:「実生活との関連があれば興味が持てそう」
AIミサキ:「グループワークがあると、分からないところを聞きやすい」
AIケンタ:「体を動かしながら学べるなら、集中できるかも」
さらに、「このカリキュラムで数学への興味は高まりそうですか?」という質問には、予想以上に肯定的な回答が返ってきた。ただし、「段階的な導入」と「個別サポート」が必要という示唆も得られた。
この結果を受けて、田中先生は計画を修正した。いきなり全面導入するのではなく、月1回の特別授業から始めることに。そして、生徒同士の教え合いの時間を必ず設けることにした。
新学期、最初の特別授業。生徒たちは、実際の店舗経営をシミュレーションしながら利益計算を学んでいた。
「へー、数学ってこんな風に使うんだ」タカシの目が輝く。
「私の計算、合ってる?」ミサキが隣の友達に確認する。
「立って計算してもいいですか?」ケンタの提案に、田中先生は笑顔で頷いた。
AIが予測した通り、生徒たちは新しいアプローチを受け入れた。でも田中先生が一番嬉しかったのは、事前の面談で一人ひとりと向き合えたことだった。テクノロジーは、その理解を深め、より良い選択をするための道具に過ぎない。
本当の教育は、生徒を知ることから始まる。AIエージェントは、その理解を形にする新しい方法を示してくれたのだった。
AIが「実在の1000人の思考」をシミュレート
いきなり物語から始まって恐縮だが、これはある研究論文を生成AI「Claude Opus 4」に読み込ませ、そこで解説されている「ある技術」を教育現場で使ったらどうなるか?をAIに想像させたものだ。体裁を整えるのに筆者が少しだけ文章に手を入れたものの、基本的には修正しておらず、AIから出力されたままを掲載している。
あえてAIに物語を書かせたのは、使用した論文で取り上げられているのもAI関連の技術だからだ。最新のAIがどれほど進化しているかを実感してもらうことで、これから紹介する論文の可能性を、より実感してもらえるだろう。
前置きが長くなったが、AIに参照させた論文の内容を紹介していこう。論文のタイトルは「Simulating Human Behavior with AI Agents(AIエージェントによる人間行動のシミュレーション)」で、文字通り、AIに人間の振る舞いをシミュレーションさせる研究を解説している。
執筆したのは米スタンフォード大学の研究者を中心としたグループで、GoogleのAI研究ユニットであるGoogle DeepMindの研究者も参加している。
研究者らが目標としたのは、AIを使って、大勢の実在する人びとの考え方や行動パターンを高い精度で再現できるシステムの開発だ。ここでポイントとなるのは「大勢の実在する人びと」を高い精度で再現するという点。これまでもAIに何らかの人格を演じさせるという取り組みは行われてきたが、実在する人間、しかも大勢の人びととなると、当然ながら技術的・倫理的なハードルが高くなる。したがってこの研究は、私たちの社会や仕事の進め方に大きな影響を与える可能性を秘めているといえるだろう。
あえてAIに物語を書かせたのは、使用した論文で取り上げられているのもAI関連の技術だからだ。最新のAIがどれほど進化しているかを実感してもらうことで、これから紹介する論文の可能性を、より実感してもらえるだろう。
前置きが長くなったが、AIに参照させた論文の内容を紹介していこう。論文のタイトルは「Simulating Human Behavior with AI Agents(AIエージェントによる人間行動のシミュレーション)」で、文字通り、AIに人間の振る舞いをシミュレーションさせる研究を解説している。
執筆したのは米スタンフォード大学の研究者を中心としたグループで、GoogleのAI研究ユニットであるGoogle DeepMindの研究者も参加している。
研究者らが目標としたのは、AIを使って、大勢の実在する人びとの考え方や行動パターンを高い精度で再現できるシステムの開発だ。ここでポイントとなるのは「大勢の実在する人びと」を高い精度で再現するという点。これまでもAIに何らかの人格を演じさせるという取り組みは行われてきたが、実在する人間、しかも大勢の人びととなると、当然ながら技術的・倫理的なハードルが高くなる。したがってこの研究は、私たちの社会や仕事の進め方に大きな影響を与える可能性を秘めているといえるだろう。
AIに“人間”を教えるための聞き取り調査
研究チームはまず、年齢・性別・人種・居住地域・学歴・政治的立場などが偏らないよう、米国全土から1052人の参加者を選定した。そして一人ひとりと約2時間かけて詳細なインタビューを実施し、人生経験から現在の社会問題に対する考え方まで、幅広いトピックについて深く聞き取り調査を行った。
興味深いことに、このインタビューは人間ではなくAIインタビュアーが行った。そのおかげで全ての参加者に対して一貫性のある質問ができ、かつ参加者の回答に応じた適切な追加質問もできるようになったという。
次に研究チームは、インタビューの内容をLLM(大規模言語モデル、ChatGPTのように文章を理解・生成できるAI)に読み込ませた。そして、質問に対して“インタビューを受けた本人になりきって”答えるAIシステム、つまり「AIエージェント」を構築した。
このシステムの精度を確かめるため、研究チームは次のような実験を行った。まず、インタビューを受けた参加者に、米国で広く使われている社会調査のアンケートや性格診断テスト、さらには経済学の実験などに回答してもらう。その2週間後、同じ質問を再び参加者に実施し、2回分の回答を比較した。回答したのは人間なので、当然ながら2つの間には若干の差異が生じている。
興味深いことに、このインタビューは人間ではなくAIインタビュアーが行った。そのおかげで全ての参加者に対して一貫性のある質問ができ、かつ参加者の回答に応じた適切な追加質問もできるようになったという。
次に研究チームは、インタビューの内容をLLM(大規模言語モデル、ChatGPTのように文章を理解・生成できるAI)に読み込ませた。そして、質問に対して“インタビューを受けた本人になりきって”答えるAIシステム、つまり「AIエージェント」を構築した。
このシステムの精度を確かめるため、研究チームは次のような実験を行った。まず、インタビューを受けた参加者に、米国で広く使われている社会調査のアンケートや性格診断テスト、さらには経済学の実験などに回答してもらう。その2週間後、同じ質問を再び参加者に実施し、2回分の回答を比較した。回答したのは人間なので、当然ながら2つの間には若干の差異が生じている。
AIが実在の人格を再現したといえる理由
次に研究チームは、構築されたAIエージェントに対し、人間の参加者と同じ質問を投げかけた。そして「本人の1回目の回答 vs. 本人の2回目の回答」と、「本人の1回目の回答 vs. AIの回答」を比べ、それぞれの一致率を確認してみた。その結果、AIの回答は、人間同士の2回分の回答と同程度、約85%の一致率を示した。つまりAIは、人間が自分の考えを再現するのと同じくらいの精度で、その人の考え方や価値観を再現できたことになる。
特に注目すべき成果は、このAIシステムが社会的な偏見を軽減する効果を示したことだ。従来の予測システムでは、特定の人種や政治的立場に属する人びとに対する予測精度が低くなる傾向があった。しかし詳細なインタビューを基にした今回のシステムでは、そのような偏りが大幅に改善されたという。
今回の研究で検証されたAIエージェントは、非常に幅広い分野への応用が期待されている。例えば企業が新商品を開発する際に、実際の販売前にさまざまな顧客層の反応をシミュレーションできる。
政府が新しい政策を打ち出す際にも、国民の受け止め方を事前に予測することも可能だ。あるいは、「感染予防のための手洗いをしましょう」といった公衆衛生のメッセージがどのように理解され、行動変容につながるかを事前に検証することにも使えるだろう。こうした活用をイメージしてもらうために、冒頭の物語をAIに生成させたというわけだ。
特に注目すべき成果は、このAIシステムが社会的な偏見を軽減する効果を示したことだ。従来の予測システムでは、特定の人種や政治的立場に属する人びとに対する予測精度が低くなる傾向があった。しかし詳細なインタビューを基にした今回のシステムでは、そのような偏りが大幅に改善されたという。
今回の研究で検証されたAIエージェントは、非常に幅広い分野への応用が期待されている。例えば企業が新商品を開発する際に、実際の販売前にさまざまな顧客層の反応をシミュレーションできる。
政府が新しい政策を打ち出す際にも、国民の受け止め方を事前に予測することも可能だ。あるいは、「感染予防のための手洗いをしましょう」といった公衆衛生のメッセージがどのように理解され、行動変容につながるかを事前に検証することにも使えるだろう。こうした活用をイメージしてもらうために、冒頭の物語をAIに生成させたというわけだ。

いずれさまざまな調査が、人間ではなくAIを対象に行われるようになる?(筆者がChatGPTで生成)

小林 啓倫
経営コンサルタント
1973年東京都生まれ、獨協大学外国語学部卒、筑波大学大学院修士課程修了。システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米バブソン大学にてMBAを取得。その後外資系コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業などで活動。著書に『FinTechが変える!金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』(朝日新聞出版)、『IoTビジネスモデル革命』(朝日新聞出版)、訳書に『ソーシャル物理学』(アレックス・ペントランド著、草思社)、『シンギュラリティ大学が教える 飛躍する方法』(サリム・イスマイル著、日経BP)など多数。